第35話

【閑話】王城の門番



 ――ブラストマイセス王国、王都アナモーラ。王城の正門前にて。


「最近魔王様、よく出かけてるわねぇ」

「ああ、俺も思ってた! ついこの間までは3か月に1回外出するだけで、あとはずっと城に居らっしゃったもんな」


 俺はエロウス。魔王様にお仕えする竜の魔物ラドゥーンだ。


 んで、こっちの女はハンシニー。凛々しい女騎士に化けているが、その実態は毒蛇の頭髪を持ち、見た者を石に変えるメドゥーサだ。


 今日はハンシニーとペアで王城の門の見張りに立っている。見張りと言っても魔王様が即位してからずっと平和だから、こうして世間話をするのが日常と化している。ぶっちゃけて言うと、暇だ。


 あ、俺はあえて弱々しそうな少年騎士に化けている。だってその方が、悪いやつ寄ってきそうだろ? 俺を見くびってかかってきた悪者をねじ伏せるのって、すげえ楽しそうじゃん。平和が一番とはいえ、そろそろ運動しないと体が鈍りそうなんだよな。


「魔王様の側仕えに聞いたんだけどぉ、最近専属薬師を召し上げたみたい。そこへ通っているのかもねぇ」


 ハンシニーが唇に人差し指を当てながら言う。

 凛々しい見た目に反して身体は無駄にクネクネ動いているが、まあコイツの場合それはいい。敵を石にすることはクネクネしていたってできるからな。


「わざわざ召し上げるだなんて余程腕がいいんだろうな、その薬師は。魔王様は例の戦争以来あちこちの医者を呼んだけど、みんなすぐ帰されてたし」

「でも、お出かけからお帰りになると、ちょっと様子がおかしいみたいよぉ? 上機嫌でお角がピカピカしていることもあれば、黙りこくってしばらく珈琲を煽っていることもあるんだってぇ」

「へぇ~、あの冷静な魔王様がそんなに分かりやすいなんて珍しいな。ま、危ない奴じゃなければ俺は何でもいいけどな~」


 門に寄りかかりながら、両手を頭の後ろで組む。

 もし魔王様に危害を加えるような奴であれば、骨までしっかり焼き尽くすまでだ。ここ100年は全然炎を吐いていないから、どれだけ火力が出るのか久しぶりにやってみたい。……食堂の種火が消えたとかで呼び出されるのは、俺の仕事じゃないからな!


「私は~、そうねぇ、若くて可愛い子じゃなければ何でもいいわぁ。魔王様はみんなの魔王様ですものぉ、抜け駆けは許さない」


 ハンシニーの赤い目が、蛇のようにぎょろりと光る。―――そうだ、こいつは魔王様に惚れているんだった。


 ハンシニーは初めて魔王様にお会いしたときに一目ぼれして、あろうことか魔王様を石にしようとした。

 愛玩用として部屋に飾るつもりだった、と後に聞いたときは「コイツやべぇ」としか思えなかった。もちろん我が魔王様にハンシニーの目線攻撃は効かず、周囲に企みがバレることもなかったが。


 ―――メドゥーサの目線攻撃が効かない、という初体験をももたらされた事によって、彼女の熱はさらに盛り上がっているらしい。こうしてペアで勤務に入ると、ひたすら魔王様のことを楽しそうに話している。俺はさほど喋るタイプじゃないから、それに適当に相槌を打つのが日常だ。

 ちなみにハンシニーいわく、石化目線攻撃は「石になーれ☆」と念じながら目線を送らないと成立しないらしい。だからこうして普段普通に目が合う分には、石になることはない。

 

 彼女には前科(未遂だが)があるので、一応くぎを刺しておくことにする。


「おい、仮に専属薬師が若い女性だったとしても石にするなよ?」

「う~ん、それは約束できないわよねぇ。だって、ずるいもの。エロウスみたいな戦うことばっかり考えてる奴に乙女心は分からないでしょうけどぉ~」


 ハンシニーは魔王様の側仕えを希望していたのだが、石化の能力を買われた結果、城の護衛として採用された。お傍にいたいのに、遠くから見守る羽目になってしまったから、何回も魔王様が会いに行く専属薬師がうらやましいようだ。


「お気に入りの薬師が石にされたら、いくら温厚な魔王様でも怒るんじゃないか?」


 それはさすがにまずいんじゃないか……いやでも、荒れ狂う魔王様がいれば、どさくさに紛れて俺が少しくらい炎を吐いて暴れても気づかれないんじゃないか? それなら悪くないかもしれない。100年前の戦争での魔王様は、なんせめちゃくちゃ恰好良かったからな。今度はぜひ俺を隣に置いてほしい。


「――ま、俺らが薬師殿に会う機会なんて無いだろうけどなあ……」


 魔王様が魔法を使って出向くぐらいなのだから、薬師殿は遠くに住んでいるのだろう。単なる騎士の俺と会うことは、どう考えてもなさそうだ。ちぇっ、面白くないな。

 平和なのはいいけどさ、やっぱ日々の刺激は欲しいよなあと思ってしまう。


 思わずうーんと伸びをすると、自然にあくびが出てしまう。


 ――城の前に広がる王都の街はガヤガヤと賑わっており、争いごとの一つも見当たらない。ちらほらと人間に化けた魔族の仲間が目に入る。あいつらも上手くやっているみたいだ。


 100年前の戦争以来、魔族俺らは表立って姿を消した。表向きには人間とは別の領地バルトネラで暮らしていることになっているが、実際は魔王様の指示で人間に化けて市中生活している。難しいことは分からないけど、人間と魔族が良い感じに関係を築けそうだとなった頃合いでネタバラシするらしい。


「人間と魔族の共存」、我が魔王様が治めるブラストマイセスは、今日も平和だ。

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