第32話

ゆっさゆっさと私を担いで、どこかへ急ぐ男たち。

 袋の布目から、月明かりがぼんやりと感じられる。男たちの荒い息遣いと、しゃくしゃくと草やら落ち葉を踏みしめる音だけが耳に入る。


 (いったいどこへ向かっているのかしら……? 明日はライと採集に行く予定だったから、私が来なければ攫われたことに気づいてくれるかもしれないわね……)


 妙に冷静な気持ちになり、そう考えた次の瞬間――――


 ――――――カッ!!!


 袋の中からでも分かる凄まじい閃光が走った。

 ほんの一瞬、まるで昼間かのように明るくなる。

 

(!?)


 遅れて耳をつんざくような轟音が鼓膜を震わせた。

 地面が地震のように細かく振動し、空気が一気に張り詰めるのがわかった。


 私を担いでいる男が、ぐらりとふらつく。次の瞬間、私入りの袋は地面に放り出された。


(痛~ッ!! 近くに雷でも落ちたのかしら!?)


 地面にがっつり腰と肩を打ちつけ、じんじんと痛みが襲ってくる。

 幸い森の柔らかい地面の上なので、大きな怪我ではなさそうな感じだ。


 もごもごと蠢いてみるが、袋の口はしっかり閉じられており脱出することはできない。

 芋虫のようにクネクネするしかない私だが、この張り詰めた空気感に本能が警鐘を鳴らしていた。


 ――――何かかなりヤバいものが近づいている気がする。この誘拐犯共なんて比じゃなく、圧倒的な覇者のオーラを感じる。空気がぶるぶる震えていて、全ての森羅万象をも跪かせるような、全てを超越するような存在―――


 と、男たちの焦った声が耳に入ってきた。


「おい、これってもしかして」

「どうする!? 見つかったら生きて帰れないぞ」

「……チッ、女は捨てろ。仕切り直しだ」


 短いやりとりの後、慌ただしく走り去る足音が聞こえた。


 どうやら私は捨てられたらしい。

 こんな危険な場所に置いて行かれるくらいなら、いっそ連れて行ってほしかった。誘拐されるか、これからここに来るであろうとんでもないモノに殺されるかの二択であれば、答えは100%前者だ。


(誰か! 誰か、助けて~!!)


 口に噛まされている布越しに大声を上げる。

 しかしそれは、ただのうめき声にしかならない。それでも必死に声を上げ続ける。


 ド―――――――ン!!!


 再びの、衝撃音。

 突き上げるように地面が揺れて、思わず身を固くする。


 一拍遅れて、何かが爆散したような衝撃波と熱風を感じる。パラパラと枝や小石が、布袋の上に落ちる振動を感じる。


(ほんとに何なの、どういう状況!?)


 目まぐるしく変わる状況に頭が付いて行けない。手足と口を不自由にされているせいで恐怖の逃げ場がない。呼吸と不安だけが増えていき、すごく息苦しい。


 ――今回の爆音は先ほどの雷と違って少し離れたところのようで、私にはこれといって被害はなかった。

 例のヤバそうなモノが、何かを攻撃しているのだろうか? 日ごろ平和ボケしている私にすらハッキリ分かる殺気が感じられる。


(まだ死にたくない……誰か助けて……)



 なすすべもなく脱力して転がっていると、しばらくして空気の張り詰めが少し緩んできているのを感じた。

 周囲の森全体がホッと安心して一息ついているような……例えるならそんな感じだろうか。あのヤバそうなモノは去ったのだろうか? 


(助かるかもしれない……)


 熱風にあてられたからなのか極度の緊張からなのか、すごく喉が渇いてきた。水、水が欲しい。

 誰かに気づいてもらいたくて必死にクネクネしていると、向こうから草を踏みしめる足音が聞こえてきた。


(誘拐犯が戻ってきた? それとも別の人かしら。ええい、もう誰でもいいからここから出して! そして水を飲みたいわ!)


 こんな深夜に外をうろついている奴はロクな人間でないだろうが、もう何だっていい。とりあえず水をもらって、怪しいヤツだったら不意を突いて股を蹴り上げて逃げればいいやと思う。睾丸は人体の急所の一つであり、力のない女性でも大きなダメージを与えることができる極めて合理的な攻撃方法だ。


 足音の主は私に気づいたのだろうか、こちらに駆け寄るように早くなり、頭の横でピタリと立ち止まったのが分かった。


「セーナ、大丈夫か!? 遅くなってすまない!」


(!?)


 口に布をかまされているので声が出ないが、この声の主を私は知っている。

迷いのない手つきであっという間に袋が開封され、私はひんやりとしたシャバの空気を吸い込む。


こちらを覗き込んでいたのは――――月明かりに琥珀が妖艶に照らされた、魔王様だった。

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