第28話
「あれっ、もうお店閉めるんですか?」
持ってきた素材が重いので売ってしまいたい。そう思ってまずサルシナさんの店へ向かったところ、いそいそと閉店準備をしているサルシナさんがいた。
まだ昼前なのにどうしたのかと聞いてみれば、苦い顔で「急用が入った」と答えてくれた。
そんなタイミングで申し訳なかったけど、持ってきたものは買い取ってもらうことができた。やんごとなき人物の専属になったということを伝えるのは次回にすることにした。
サルシナさんと別れた後は、食料を買いに行く。月に一度の特売市である今日は一段と人が多い。石畳の道の両脇にはカラフルな露店が並び、店主が威勢よく呼び込みの声をあげている。
野菜を少々と、調味料、豚肉をそれぞれの露店を回って購入する。特売市なので、普段よりもお得に手に入れることができた。
「……さて、一応これで予定してた買い物は終了だね。ギルドに行く前に、ライのところに寄ってみようかな」
前回微妙な別れ方をしてしまったのが気になっていた。
もちろんデル様の専属になっただなんて口が裂けても言えないので、ちょっと顔を出してヒヨコをもふもふするだけだ。
ライの店は、今出た豚屋から5分くらいの位置にある。
流れるプールのような人ごみに身を任せ、ヒヨコをどう可愛がり倒してやろうか考えていたらすぐ着いた。
「ライ、ヒヨコさん、こんにちは!」
「おう、元気そうだな!」
「うん、すこぶる元気よ。今日は卵が欲しいわけじゃなくて、ライの顔を見に来ただけ。……それにしてもだいぶ暑くなってきたね。真夏になったら家から市場まで歩けるか心配だよ~!」
「真夏を心配する前にさ、その髪の毛をどうにかしろよ。前髪は長いし後ろはもさもさしてるし、見ててすげえ暑苦しいぞ?」
他愛もない会話でお茶を濁す。
前回の気まずい感じをライは引きずっていないみたいで安心した。むしろ何だか今日はご機嫌に見える。
そうこうしているうちに他の客が来たので、会話は切り上げて木箱のヒヨコを心ゆくまで可愛がり、店を後にした。
「さて次は農業ギルドね。ここからさほど離れていないようだけど……」
事前に調べていた地図を頼りに石畳を行けば、10分ほどでそれとおぼしき建物に辿りついた。
さすが地方都市トロピカリの農業ギルドというだけあって、3階建の立派な建物だ。何かのエンブレムが入口に掲げられ、緑が目に優しい蔦がからまったアーチが入口の前に立っている。
受付で用件を告げると3階に昇るよう指示される。ギルド長とはすぐに面会できるようだ。
トイレを済ませて3階にのぼり、廊下の椅子に腰かけて待っていると、目の前のドアが開いて声が掛かった。
「セーナさんですか? 中へどうぞ」
秘書だろうか。上品なマダムに促されて、一歩入室する。
むわん、と男性用の香水のにおいが鼻を突き、思わず顔をしかめる。
そこはいかにもお金がかかっていそうな部屋で、ふかふかの敷物と革張りのソファ、金ぴかの彫刻などが置いてあった。
正面に『ギルド長』という札がつけられた大きな執務机があり、1人の男性が着席していた。
(――日焼けしたゴツいおじ様を想像していたけど、これはまたかなりのイケメンね……)
恐らく私とそう変わらないぐらいの年齢ではないだろうか。ギルド長は、金髪碧眼を持った涼やかな青年だった。
長髪はゆるく三つ編みにして肩から垂らしており、机に置かれた手は農業をしているのか疑いたくなるほど華奢で美しい。全体的に線が細く、まるで王子様みたいだなと変に感心してしまうぐらいだ。しかし、アラサーでこのトロピカリのギルド長に就いている以上かなりやり手なんだろう。
イケメンは気だるそうに頬机をしつつ、手元の書類を見ながら話を始めた。
「あなたがセーナさん、ね。主に薬草や、調合した薬を取り扱っている、と。総合商店に卸すのはもちろん構わないんだけど、一応理由を聞いてもいいかな? あ、申し遅れたけど僕はギルド長をしているロイです」
事情を記入した申請書は事前に提出してあったので、彼の手元のあるのはその書類だろう。
名乗ったところで、ようやくロイさんは私の方を見た。
「はい、村はずれで薬師をしているセーナと申します。この度薬師として専属契約が決まりましたので、今までのように顧客1人1人の元へ卸して回ることが難しくなると予想されます。ですので総合商店に大量一括で卸させてもらって、既存の顧客には今後そちらから購入してもらうようにしようと考えました」
「……ふぅん、専属か。もっともな理由だね。うん、総合商店への卸売りを承認しよう。これが許可証だ」
随分とあっさり許可が下りた。基本断られることはないと聞いていたけれど、少し緊張していたので、ホッと胸をなで下ろす。
ロイさんは書類に大きなハンコを押して渡してくれた。初回の卸売り時に総合商店にこれを提示すれば、2回目からは自由に出入りしていいとのことだ。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
一礼して踵を返し、ドアへ向かって歩き出す。
私の背中を見つめるロイさんの瞳がキラリと輝いたことに、気付くことはできなかった。
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