第25話

(うん、気持ちいいお天気ね!)


 窓から差し込む温かい日差し、小鳥のさえずりで爽やかに目が覚めた。

 庭に出て陽の光を全身に浴びれば、体中の細胞がビタミンDを合成し始める。


(今日は市場に行きましょう!)


 食料品の購入、サルシナさんの店へ素材を卸す、そして農業ギルドへの訪問が目的だ。


 農業ギルドというのは、トロピカリの農家がもれなく参加している集まりだ。

 農業とは人手と資金が要る産業なので、1人では対応できないような困ったことがあったらギルドが助けてくれる仕組みになっている。収穫量が減って資金繰りに困ったとなれば好条件で融資を受けられるし、人手が必要な作業があれば他の農家をヘルプに派遣してくれたりする。持ちつ持たれつを理念とする、心優しい組織である。

 私はガチの農家ではないものの、薬草などを育てて売っているので、登録しているというわけである。


 今回ギルドに行く理由は、ギルドが母体の総合商店に品物を卸したいからだ。


 デルさんとの専属契約が決まったので、これまで通り個別に店を回って素材を卸していると時間的に厳しいものがある。ギルドに一括で卸して総合商店―――私は勝手に業務スーパーと呼んでいるが―――に置いてもらい、そこから各自購入してもらおうという狙いだ。もちろんサルシナさんは個人的に恩義があるので、彼女だけは例外だ。

 ギルドを経由することで当然少し値上がりしてしまうが、そこは苦渋の決断だ。


 総合商店へ卸すにはギルド長の承認が必要らしい。そのために足を運ぶのだ。


 身支度を整えて素材を収穫する。

 カゴいっぱいに詰めていざ出発だ。


 雲一つない快晴、足元の芝生が生き生き青々としている。気持ちの良い一日になりそうだと心躍らせる。


「重そうだな」

「えっ!?」


 聞き覚えのある美声に振り返ると、やはり彼だった。

 いったいいつの間に来ていたのだろうか? 相変わらずの黒い衣装をまとい、長い足でさくさくと芝生を踏みながらこちらへやって来る。


「デルマティティディス様! いつの間にいらしたんですか。全然気づきませんでした!」

「あぁ、用があってな……少々抜け出してきた。……というか、なんだその呼び方は? 言葉づかいも以前と違うように思うが?」


 腕を組むデルさん。

 麗しい眉がひそめられ、なんとなく不機嫌なオーラが漂う。


(び、美人に睨まれると怖いわ……。でも親しき仲にも礼儀ありだからね、これは譲れないわ!)


 つい先日、態度を改めねばと決意したばかりなのだ。

 何事も、公私混同するとろくなことがない。専属薬師プロとして接するときは、きちんと線引きしたい。


「私はデルマティティディス様の専属になりました。ビジネスとしてきちんと仕事させていただく以上、礼を欠いた態度はとれません。これは、私のちっぽけな矜持です。……何よりあなたはこの国の王様ではないですか。今までの私の態度が間違っていたのです」


 そうきっぱり伝えると、デルさんはあからさまにしょんぼりした。

 大きな体はしぼんだ風船のように小さく見え、一気に覇気が無くなった。


(――ええ、この反応は想定内よ。デルさんは立場上1人で色々背負ってきて、気やすい友人が作れなかったんだもの。私は専属薬師だけど、兼友人ということも求められているんでしょう)


「元の世界の言葉で、親しき仲にも礼儀あり、というものがあります。どんなに親密な仲であっても守るべき礼儀があるという意味です。……ですので、デルマティティディス様は不本意かもしれませんが、仕事中や公の場ではやはり相応の態度で対応させていただきたく思います」


 しなびたデルさんが口を開いたけれど、構わず言葉を続ける。


「でももし……デルマティティディス様がよろしければの話ですが。仕事以外の場や2人で世間話をする時に関しては、今まで通りくだけた態度でお話できたらいいな、と思っております。デルマティティディス様が私に求めていることは、専属薬師兼友人であると承知しております。友人らしく愛称で呼び合うという親しさをもって、この件はご納得いただけないでしょうか?」


 ニコッと笑い、ペコっとお辞儀してみる。


 愛称呼びは中々恥ずかしい提案だけれど、デルさんの意にそぐわないことをして申し訳ないという思いはある。これで帳消しにしてもらえないだろうかと考えた。

 尚、私はセーナという短く且つあだ名の付けようがない名前をしている。だから愛称で呼び合うと言っても、正確には私がデルさんを一方的に愛称呼びするというものである。


 ……デルさんから反応は無い。両手を顔に当てて、固まってしまっている。


(マズったか)


 冷や汗がどっと吹き出し、背中をつたう。


「あ、あの、大変失礼いたしました!! 魔王様を愛称で呼びたいだなんて、不敬もいいところです。優しくしてくださるのを勘違いして、調子にのってしまいました。二度は致しませんので、どうか今の発言をお許しください……」


 芝生に正座し、深々と頭を下げた。

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