第24話
徹夜で調合してしまった私は、軽く入浴をしたあと昼まで仮眠をとった。
そして今は日課であるスープ作りに勤しんでいるところだ。
『スープ』というのは中々侮れないものである。
たまに飲む薬よりも、毎日飲むスープのほうが体作りには重要だからだ。
漢方には医食同源という考え方があり、食べたものが体をつくる――すなわち質の悪いものを食べ続ければ病気がちな体になるし、質の良いものを食べ続ければ病に負けない丈夫な体になるというものだ。ただ単に腹を満たすだけでなく、健康維持や病気の予防に一役買っているわけである。
毎日飲むという点で言えばお茶でもよいのだけど、あれこれ具材を入れるほうが私の好みなのでスープにしている。むろんスープと茶の両方で生薬を使えば一番良いが、さすがに時間が足りないのでお茶は常にハトムギ茶をストックしている。
(大学時代は節約のために自炊していたけど、研究員時代は毎日コンビニ弁当だったなぁ……)
実験やデータのまとめに追われ、帰宅は日付が変わる頃になるのが当たり前だった。自炊する余裕は無く、帰り道にあるコンビニで夕食を買って帰るのが常だった。
(そんな生活をして免疫力が落ちていたから、ハートの悪魔なんかに感染したのかな? ま、今は健康的な生活をしているし、かなり丈夫な体になったと思うけど)
こちらに来てからは、風邪ひとつ引いていない健康優良アラサーだ。
――なんてことを考えていたが、今日の予定に思考を切り替える。昼過ぎになってしまったので市場へ行くには微妙な時間だ。そうなると畑仕事がちょうどいいだろうか? でも天気が少し怪しいか……
「……そうだ、
やることを決めたらすぐ始めたくなってしまう。ちょうど出来上がったスープを急いで飲み、準備に移る。
甘草というのは、数ある漢方薬のなんと7割に使われている素材だ。いくらあっても無駄にならない。デルさんの定期薬である
1つの処方にたくさんの素材を使う漢方薬は、ともすればそれぞれがバラバラの働きをしかねないが、甘草は諸薬を調和し諸種の毒を解する作用があり、いわば処方のまとめ役を担っている。
調合室に干して乾燥させていた甘草の根っこを回収し、小型ナイフで5mmくらいの幅にスライスしていく。断面は薄い黄色をしており、質は充実している。
(うん、中までよく乾燥しているね。においも問題ないわ)
木くずやスライスに失敗した部分は甘味料にするため退けておく。甘草はその名の通り甘味があり、それは砂糖の約70倍にもなるという。
◇
干していた甘草はかなり量があったので、スライスするだけとはいえ夕方までかかってしまった。できたものは密閉容器に入れて棚にしまっておく。
服や髪に付着した木片を落とすため、少し早いが入浴を済ませた。
「ふぃ~~~~! つ、疲れたぁ」
大きく伸びをしてベッドに倒れこむ。
突然50㎏の重みがかかったことにより、オンボロベットはギギッと悲鳴をあげた。
着ているのはお気に入りのパジャマ、高校時代のジャージとクラスTシャツだ。だいぶヨレているけれど、着心地が良いのでずっと使っている。
昨日から調合と素材の処理しかしていない。元ひきこもり研究者としては至福の過ごし方だ。
お行儀は悪いが、寝転がりながらカリカリに焼いた蛇肉をかじる。本当は栄養満点幼虫スープを作ろうとしたのだが、ミルマグの壺は運悪くからっぽだった。鶏肉も切らしている。もう面倒だから干して保存していた蛇肉でいいやということで今に至る。
「いや~、この充実感。これよ、これ」
1人、うんうんと頷きながら呟く。もしここに理系の友達が居たらきっと共感してくれるだろう。大きな実験の後や、大量のサンプルを処理した後の達成感は格別なのだ。
ふと、デルさんは理系なのかな、文系なのかなと疑問に思う。
(いや、魔王様に理系も文系もないでしょう! 体育会系ではありそうだけど……)
もぐもぐ、ごくごく。蛇肉が美味い、ハトムギ茶が美味い。
「ていうか、魔王様なわけだし、専属の雇い主様でもあるし、さん付けで呼ぶのは失礼だね。次からは様付けで、言葉も丁寧にしなきゃ。……でもデルさん、そういうの嫌がりそうだなぁ……」
次来るのは、また3か月後だろうか? できればもっと早く薬を始めてほしいけど、こちらから渡しに行く手段がない。王都のお城に住んでいるんだろうけど、ここから王都は馬車を使っても1週間はかかる。小さな薬屋にそれだけのお金は無い。
「デルさま~っ、早く来てくださ~い!」
だらしなく寝転がりながら、冗談っぽく叫んでみるものの、当然返事はない。
(ですよねぇ。あー、明日は市場に行かなきゃ)
寂しくなった食料庫を補充しなければ。専属薬師になったから、農業組合に行って手続きも必要だ。
カリカリ焼き5個を平らげたところで私は満足し、心地よい疲労感を感じながら就寝したのであった。
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