第22話

厳しい練習に耐えきれず、辞めていく者が続出する中ーーーー。


性懲りもなく、また新人が入ってきた。


元プロボクサーらしい。


毎朝の十キロマラソンを軽くこなし、地獄の筋トレも涼しい顔をしてクリアする。


元とは言え、流石はプロボクサーだ!


背も高く端正な顔立ちで男前、身体もしなやかで細マッチョ。


アクション講師に誉めらる程、殺陣のセンスも良く芝居も上手い。


いつの間にか女子からの人気もうなぎ登り!


まぁ、俺達素人とはスタートが違うからなぁと憎まれ口を叩く者まで現れる始末。


確かに、天は二物を与えた! いや、二物どころの騒ぎではない。


非の打ち所がないとは正にこの事。


しかも、体力が半端じゃない。


桁外れで群を抜いていた。


そんなものだから、毎朝の十キロマラソンでは走り足りないと言って、更に朝早く起きて海岸沿いを十キロ走っているらしいのだ。


私達は、プロと素人の体力の差をまざまざと見せつけられた。


悔しい思いをして寝付きが悪いかった夜ーーーー。


「ドンドンドン!」


真夜中にドアをノックする音がした。


内心イタズラか嫌がらせだと思ったので、ドアを開けるのをやめようしたのだが。


執拗にノックすをるものだから、緊急性を感じ開けてしまった。


ドアを開けた瞬間、物凄いスピードで部屋に入ってきた者が、元プロボクサーなのでした。


「どうしたの? こんな真夜中に!」


「正直迷惑なんだけど!」


私は、半分キレながら言った。


「…………」


元プロボクサーは無言。


しかし、酷く怯えているように見えた。


私は近づき、うずくまっている元プロボクサーの背中に手を当てて優しく話しかけた。


「何があったの?」


元プロボクサーは、小刻みに震えていた。


兎に角、落ち着きを取り戻すまで待つ事にした。


足が痺れてきた頃、水を一杯飲ませたらようやく話せるまでに回復した。


「バカにしないで聞いてくれるか?」


「当たり前だよ」


「実は………… 目を閉じると………… まぶたの裏に………… 人の顔が焼き付いて………… 見えるんだ…………」


「どう言う事?」


「死んでいた人の顔なんだ…………」


「意味が分からないのだけど」


「今朝、海岸沿いを走っていたら海に何か浮かんでいたので、近づいて確かめにいったら…………」


「なんだったの?」


「土左衛門だったんだよ…………」


「えぇぇっ?!」


「当然、すぐ警察に電話したよ」


「それでどうなったの?」


「第一発見者と言う事で、ずっと疑われて…………」


「気持ち分かるわーーーー」


「同じ経験あるの?」


「まぁね、死体ではなく拳銃だけど」


「えぇぇっ? そっちの方がやばくない?」


「いやいや、やばさで言えばそっちだよ」


「俺………… そっちの方が良かったよ…………」


「どうして?」


「さっきも言ったけど、土左衛門の顔が目に焼き付いていて………… 眠られないんだよ…………」


「そうなんだ…………」


「だから、今日泊めて欲しいんだけどいい? 怖くて一人じゃ…………」


「まぁ、いいけど」


その日を境に、一人で寝られなくなった元プロボクサーは毎晩、日替わりで仲間達の部屋を順番に渡り歩く事になった。


暫く精神科にも通うようになったが、改善の余地が見られないと言う診断がされ、とてもじゃないがアクションスターを目指している場合ではなくなり、いつの間にか原始時代村を辞めてしまったようだ。


実は努力家であんなに才能に溢れていたのに、本当に残念でもったいない…………。


“好きこそ物の上手なれ”とは正に元プロボクサーの為にあるような言葉だった。


ちなみに、“下手の横好き”の者が多いのは気のせいか…………。

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