第9話

次の日、食堂で朝食を食べていたら異様に腕の太い者が話しかけてきた。


「昨日、見とったでえ、あんた凄いやん」


「…………」


「無視せんでもええやん」


「…………」


(また変わった者が近寄ってきた………… 関わりたくないなぁ…………)


「なぁ、わしとアームレスリングしようや」


腕の太い者が、袖を捲り上げて威嚇してきた。


「アームレスリング?」


私は、ピンとこなかったので問いかけた。


「あぁ、分かりやすく言うたら腕相撲や」


「腕相撲なら知ってるよ」


「まぁ、厳密に言うたら全然ちゃうけどなぁ」


「がはははははっがはははははっがははははは」


そう言って豪快に笑う腕の太い者。


何がそんなに面白いのか理解に苦しむが。


「なぁ、やろうややろうややろうや」


「別にいいけど」


執拗に迫ってきて面倒臭いので引き受けた。


「ほんなら、いつでもきいやぁ」


腕の太い者が、テーブルに肘を付いて腕相撲の構えをとった。


こんなに上から目線で小馬鹿にされたように言われると、流石の私もプライドが傷つけられてしまう。


まがりなりとも、スポーツトレーナーとして筋肉とパワーを売りにしていたのだから。


私は、相手の誘いに乗りガッチリと手を組んで腕相撲の体勢をとった。


「ええよ、早よきいや」


何処から、その自信が溢れてきているのか不思議な位の態度だった。


私は、ムカついたので一気に勝負に出た。


「おりゃぁ!!!」


(うっ! 嘘だろ! 全く動かない…………)


「どないしたん? 力入れてんのん?」


私は、もう一度全力で力一杯頑張ったが、結果は同じだった。


(強い………… 強すぎる………… レベルが違う………)


今になって、あの溢れる自信が頷けた。


「こんどは、わしの番や」


バン!!!


結局、力を全て受け止められた後、あっさりと瞬殺されてしまった。


「これがアームレスリングや!」


腕の太い者は、遠くを見ながら男前の顔を作ってそう言った。


「ちょっと種あかし、したろか?」


「種あかし?」


「わしから言わせると腕相撲は、素人の力比べやん」


「アームレスリングは、当然力も必要やけどテクニックがあんねん」


「テクニック?」


「そうや、わしと手を組んだ時に勝負は始まってたんやでぇ」


「どういう事?」


「手の組み方一つにもテクニックがあんねん」


「どんな?」


「力が入りにくくなかったか?」


「そう言われてみれば…………」


「あんたの親指殺しとったからな」


「えっ! 全然気付けなかったし気にもならなかった」


「これがアームレスリングや!」


出た! 本日、二度目の遠くを見ながら男前な顔を作っての台詞。


「アームレスリングって奥が深いのだね」


社交辞令で言ってしまった。


「まぁ、何事も奥が深いけどアームレスリングは特にやろなあ」


「がはははははっがはははははっがははははは」


出た! 本日、二度目の何がそんなに面白いのか理解不能な豪快な笑い声。


気分を良くした腕の太い者は、豪快な笑い声と共に食堂の厨房の中に去っていった。


後で聞いたら、アームレスリングの全日本クラスの選手だったとか。


どうりで、素人の力自慢が勝てる訳ないか…………。

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