第3話

「どうしました? 特技はありませんか?」


色々な事が頭の中を駆け巡った後ーーーー。


「拳法の型をします!」


言ってしまった。


もう、後戻りは出来ない。


小学生の頃に、寸止め空手を少しかじった程度なので、まともに型など覚えているはずがない。


それでも、うろ覚えの記憶を辿りながら無我夢中で披露した。


すべてアドリブで乗りきったのだ。


しかも、空手ではなくカマキリ拳法で。


何故、両手を鎌の形にしてカマキリになったのか私にも分からない…………。


人間追い込まれると突拍子もない事をしてしまうのだろう。


いわゆる中国拳法の蟷螂拳では、ない事は言うまでもないが。


「シャッシャッ! シャーーーー!」


気合いの掛け声もカマキリらしく決めたつもりだった。


モニター画面を見ると、息を切らした真っ赤な顔の私が写っていた。


恥ずかしいと言う気持ちもあったが、それよりもやりきった感の方が上回っていた。


そして、ギロッと厳しい眼差しを送っていた方達の顔が、少し綻んでいた。


私は、勝手に手応えを感じた。


「では、実技に参りましょう」


進行役の方が、苦笑いをしながら言った。


この方には、カマキリ拳法が通じなかったようだ。


「はい、これ」


モデルガンを手渡された。


「刑事の方を演じて下さい」


「えっ?」


「控え室で台本読みましたよね」


「台本?」


「台詞の書いた紙、担当者から受け取ってませんか?」


「あっ………… 受け取りました…………」


「では、行きますよ」


「よーい! アクション!」


台詞も覚えていないのに、いきなりアクションはないよなぁと思いつつも。


「止まれ! 撃つぞ! 撃つぞ!」


見様見真似でモデルガンを構え、適当な台詞をありったけの大声で叫んだ。


すると、中央に座っていた見るからに一番偉そうな方が立ち上がってーーーー。


「元気がいい! 合格だ!」


一瞬戸惑ったが、すかさず。


「本当ですか? ありがとうございます!」


元気だけで合格した。


しかも、鶴の一声で。


とりあえず、嬉しいと言うよりもほっとした。


安心感に浸っている暇もなく、担当者に手招きをされて別の部屋に案内された。


そして、さらさらと簡単に契約内容を説明されてサインを求められた。


アルバイトの面接でも、採用の連絡は後日しますのでと言われる場合が多いのに。


即決でした。


怪しいなぁ…………。


遺憾! 遺憾! 余計な詮索をするのはやめよう。


何はともあれ住む所を確保出来たのだから良しとしないと。


「寮に入れますよね」


私は、無事に契約を交わしたにも関わらず、しつこく何度も確認をした。


「はい、大丈夫です」


「通える範囲ではないので、逆に寮でないと」


「場所は、こちらになりますので明日からでも来て下さい」


「えっ明日からですか?」


「冗談ですよ、準備が出来たら連絡下さい」


「はい! 分かりました!」


住む所を確保出来たまでは良かったが、まさかこんなに遠い場所だとは。


果たして、その場所とはーーーー。

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