第49話

今日の練習の仕上げ。



前奏が終わり、揃った声が歌を紡ぎ始める。




山の頂上の風景を連想させる曲に、

フレッシュな1年生の声もよく似合う。




これから1年間、

この声を支えていくんだね。




あたしは



主役のみんなが気持ち良く歌えるためなら



何でもするよ・・・。
















『ありがとうございました!



お先に失礼します!』



「お疲れー、川島」


「また明日ね。お疲れ様」


「ありがとうございました!」




音楽室に残っている人達に挨拶を済ませ、あたしは教室に向かった。




『うわ・・・、眩し・・・』



教室のある本館への渡り廊下に差しかかると、

西向きの窓から傾いた陽射しが廊下いっぱいに差し込んでいた。



今日はいつもより早めに終わったからか、感じる人の気配が普段より多い。




マサトは多分まだ部活かな。






何人かの人とすれ違いながら教室に入ると、


思った通り、マサトの姿はまだなかった。




いつものようにバッグから楽譜を取り出す。




今ね、レッスンで新しい曲をやり始めたんだ。




このところ、どんどん渡される曲が難しくなってってて 覚えるのも弾きこなせるようになるのも大変なんだけど、



大変になればなるほど燃える自分がいる。







「美奏っちー!」



譜読みを始めて10分もたたない頃、



戸口の方から聞き慣れた声が飛んできた。



『直ちゃん!』



あたしが顔を上げ、声の方へ振り向くと、

声の主は小走りにあたしの席へ向かってきた。



「久しぶり♪」


『うん、そうだね』



同じ隣のクラスでも、4組だったら体育や家庭科で一緒になるけど、

2組だとほとんど接点がなくなってしまう。



部活も違うから、ゆっくり話をするのは 新歓以来だ。



…って言ったって、1週間しか経ってないんだけどさ。



「席、ここなんだ?」


『うん。居心地いいよ。あったかいし』


「いいなぁ。あたしなんて、廊下側の一番前だよ。


すぐ当てられるし、もう最悪」


『ずーっと真ん中の一番前に座らせられてたあたしの気持ち、わかった?』


「うん。マジ最悪」



直ちゃんはゲンナリしたように言うと、前の席の椅子を出し、あたしに向き合うように座った。

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