第39話

「アキヒロ、視力はいくつある?


おおざっぱなとこでいいよ」



「あ、0.8ぐらいです・・・」



先生の問いかけに、アキヒロはまだ戸惑った様子で答えた。



「裸眼では?」



「0.06ぐらいです」



「そうか。ありがとう。


悪いけど、ちょっとの間、メガネ外してくれないか?」



「・・・?」



・・・何・・・?



先生はそう言うと、何かを板書し始めた。



「そのまま、これが読めるか?」



「無理っス‼」



アキヒロは前の方の席にいるけど、それでも裸眼じゃ到底読めないだろうな。



「じゃあ、読めるところまで出て」



アキヒロが席を立ち、教卓の付近で止まった。



「そこだな?


悪いけど、もう少しそのままいてほしいんだ。



それと、美奏」



『は、はい!』


急に名前を呼ばれ、あわてて立ち上がる。



「美奏も、何も持たないで読めるとこまで出てきて」



教室がざわざわと騒がしくなった。



落ち着かないみんなの間を抜けて、

黒板の目の前までそのまま進む。



顔と黒板の距離が5~6cmぐらいに近づくと、


筆圧の強い白い文字を読み取ることができた。



「はい、二人とも音読」



・・・・・・



思わず後ろのアキヒロと顔を見合わせながら 何となくうなずき合う。




「『各々 人の気持ちを考えてから発言すること』」



これって・・・?




「お疲れさん。


2人とも席に戻っていいよ」



先生はそう言ってから更に続けた。



「このクラスは今2人が読んでくれた言葉をスローガンに行こう。



本当はこんなこと、人として当たり前のことなんだけどな」




席に着きながら、先生の話に耳を傾けた。



「美奏の視力は0.03くらいと聞いてるけど、


健常者によくある近視や乱視なんかとは全く違うそうだ。



私は美奏と同じ体になることはできないから想像するしかないけど・・・。



黒板にこれだけ大きく書いた字を読むだけだって、あんなに近づけないとダメなんだ。



一人で道路を渡って坂を上って学校に来る、



人とぶつからずに校内を歩く、



黒板をノートに写す、



そういう何気ない生活動作のひとつひとつに、


美奏は健常者が想像できないくらい、全身の神経を使って臨んでいると思うぞ」

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