第22話

最後はまた通り過ぎていく風のイメージ。


余韻を残して静かに指を離す。



よかった・・・、


ちゃんと覚えてた。


一度も間違えずに弾けたことに、ホッと胸を撫で下ろす。




パチパチパチパチ



突然聞こえた拍手。



あわてて我に返ると、江崎君がそばの机に腰かけたまま 拍手をしていた。



「ホントに暗譜なんだね」



『うん』



去年のコンクール以来、よく言われるセリフだ。



(それまでは、人前でピアノを弾いたことなんてなかったから、言われようがなかっただけなんだけど)



あたしの視力は左右とも0.02しかない。



生れつきの病気のせいだから、メガネもコンタクトも効かない。



何を読むにも書くにも、紙と顔がくっついてしまうんじゃないかってくらいに近づけないと見えないくらいだから、


譜面台に立てた楽譜を見ながらなんて、


どう逆立ちしたってムリだ。



「普段のレッスンも?」



『そうだよ』



あたしにとっては普通のことだけど、


初めての人にしてみれば不思議なことなんだろうな、きっと。




「・・・・・・!」


「・・・・・・!」



急に廊下の方が騒がしくなった。



「もう始まるの?」



『うん、そうっぽい』



あたしは腕時計に目をやりながら返事をした。



「じゃ、僕 そろそろ行くね。


ジャマしてごめん」



『あ・・・、あたしこそ ジャマしちゃって・・・


ごめんなさい・・・』




あたしが言い終わるか終わらないうちに、


彼は音楽室を出て行った。




あたしは、



なんとも不思議な気持ちでそれを見送っていた。

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