第21話

「部活・・・?」



江崎君は怪訝な様子で言った。



「川島さん、



ピアノ、真剣にやってるんじゃないの?」



『え?』



部活をやってると ピアノをまじめにやってないことになるんだろうか?



『あたし、ちゃんとピアノやってるよ?


じゃなきゃ、合唱部の伴奏者だってやってけないし』



「いや、


本気で将来のためにピアノやってたら


人の伴奏なんてやってるヒマなんかないんじゃないかと思って」



何? この人・・・。



『そういう江崎君は、本気でピアノやってるの?』



「あぁ、やってるよ。



音楽高校にも音大にも行きたいし、


留学もして プロになるのが夢だよ」




そんな先のことまで考えて、ピアノをやってる人もいるんだ・・・。




「君は、そういうこと、考えないの?」




『あ・・・、あたしは・・・』



ぶっちゃけ、そんな先のことなんて考えたことない。



だいたい、

つい半年前まで 生きてること自体に絶望してたような人間に、


急に将来の夢なんか持てるわけない。




今のあたしに言えることは・・・。




『これは、あたしの夢だから』




「え・・・?」



彼は驚いた様子であたしを見た。



『部活やるの、ずっと夢だった』



それだけ言って、ピアノの方へ向かう。



『ピアノ、使うね』



返事を待って、鍵盤に指を置く。



「あ・・・、うん・・・」



そっと指を落とし、


あたしは今日の練習曲の 『虹』のイントロを弾き始めた。



一音一音はっきりと、


でも大事に 大事に・・・。



やさしい小川のせせらぎを抜けて、


緑の葉が生い茂った木々の枝を揺らす 16分音符の風。



ひと息おいて


みんなの歌声を頭に思い描きながら、ひとつずつ和音を重ねていく。



歌を引き立てつつ 自分の音もしっかり歌わせる。



歌パートの一瞬の休符は ピアノにとってはアクセント。



山場に向かって 徐々にクレッシェンドさせて・・・。




一番の山場は、小節の始めを意識しながら大きく 大きく。




あたしは、手が小さいのと

腕の筋肉があまりついていないのが災いして、


フォルテとか ダイナミックさが要求されることに ちょっと弱い傾向がある。



精一杯 歌わせながら 手に力をこめる。



最後のソプラノのソロパートは、


苦手なアルペジオがあるから注意して。

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