第17話

あたしはお弁当箱をしまうと、立ち上がった。



「何? 怒ってんの?」



あたしの気持ちも知らずに、マサトはのんきな調子だ。



『別に怒ってないよ』



ホントはちょっと怒ってる。



確かに、子供っぽいこだわりに見えるのかもしれない。



マサトにしてみれば、あたしがいじめられてたことなんてのは もう時効なのかもしれない。




だけど…。




つい半年くらい前まで、ずっといじめられてたんだよ?



小さい頃の 保育園や小学校での楽しい思い出なんて、ひとつもないんだよ?




先生にわからないように 裏で殴られたり蹴られたり、悪口言われたり…。



当たり前のように 毎日されて、



それが何年も何年も続いたんだよ?



それを たった半年やそこらで 忘れることなんてできない。



今はとても平和で、


部活にもクラスにも自分のポジションがちゃんとあって、


毎日がすごく楽しいよ。




でも、


常に不安と隣り合わせ。



何かの拍子に、またいじめが復活してしまうんじゃないか。



せっかく手に入れた幸せな毎日が奪われてしまうんじゃないか。



そんな思いが時々頭をよぎるんだ。




あたしをずっと守ってくれてたマサトだけど、



こんな胸のうちだけは


やられた本人にしか わからないのかもしれないよね…。






「俺、何か悪いこと言った?」



『ううん、何でもないよ』



これ以上グチグチ言ったらケンカになるような気がして、


あたしは笑顔を作った。



納得したわけじゃないけど、


こんなことで言い争いになるのは気持ち悪い。



「どこ行くんだよ?」



立ち上がって校舎の方に向かおうとするあたしに、マサトが少し慌てたように聞いた。



『音楽室!


今日 久しぶりの曲やるから、頭慣らしとくの!



後でね、マサト』



あたしの様子に半分ついてけないでいるマサトを残し、


あたしは階段の方に向かって歩き出した。

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