暑熱

「いってらっしゃい。」


そう言って手を振って見送ってくれる白波さんに私も手を振り返し、待ち合わせ場所に向かう。


今日は彼氏とデートと言ってバチバチにヘアセットをしてもらったから春風がどんなに強くても前髪は崩れない。


やっぱり最高の美容師の白波さんとは美容師とお客さんの関係でいたい。


そう思った私は“お出かけ”に誘われたけど、しっかりと断った。


あとは年末から全く連絡をくれないケイさんからこれからもメッセージが来ないようにするのみ。


だから名残惜しいけどメッセージチャットも削除して、正しい彼女でいられるようにケイさんの連絡先も消した。


けど、ケイさんはどうなんだろう。


きっと飽きて私のメッセージチャットは他の女の子とのチャットで埋もれて既に忘れているのかも。


うん。


まあ、それが丁度いい付き合い方だったのかも。


そう1人で納得して待ち合わせ場所の改札前で彼氏を待っていると、ぽんっと背後から肩を掴まれ心臓が飛び出そうになる。


「おはよ。」


と、背後から私を驚かせた桃樹さんはしたり顔をして驚きで顔が赤くなる私を見て笑う。


優愛「驚かせないでください。」


桃樹「挨拶しただけだよー。」


私と付き合ってから普段より笑顔が多くなった桃樹さんは今日もずっと笑顔で私を高校まで送る。


桃樹「髪可愛いね。自分でやったの?」


優愛「さっき美容院行ってパーマかけてもらいました。」


春の風に泳ぐふわふわのパーマヘアに桃樹さんは目を奪われ、目の前のポールに気づかなかったので私は繋がれていた手を引き、足を止めた。


優愛「前見てください。」


桃樹「可愛いからつい。」


…はあ。


最初から一途に好きをくれる桃樹さんが好き。


そういう気持ちになりたいのに、やっぱり突っかかりがあるみたいで私からの『好き』を伝える言葉は空っぽに感じる。


やっとちゃんとした恋人が出来て、ちゃんとした恋人と外で手を繋いで、ちゃんとした恋人と外デートしたけど何故か物足りない。


それは恋人じゃない男の人たちとやってきた事に原因があるけど、それを大っぴらに打ち明けられるほどバカな女にはなれない。


けど、桃樹さんはしたいと思ったりするのかな?


私は性欲を一切見せた事がない桃樹さんの腕に抱きつき、少し胸をくっつけてみるけど桃樹さんは慣れているのか、天然で気づかないのか、この後あるバイトの賄いに心躍らせる。


優愛「…好きなの?」


桃樹「うんっ!ジェノベめちゃうまー。」


優愛「そっちじゃないー。」


桃樹「ん?」


桃樹さんは私と話が噛み合ってない事に気づき、前をしっかり見ていた目線を私に向けるとそっと頭を撫でて私の髪についていた空っぽの桜を取った。


桃樹「なにが好きって?」


優愛「私。」


そう言うと桃樹さんは急に耳を真っ赤にして目を背けた。


私は素直すぎる桃樹さんがちょっと可愛く思えてさらにぎゅっと腕に抱きつくと、桃樹さんはやっと気づいたのか私に抵抗するように体を離そうとしてくる。


そんな引っ張り合いっこをしながら学校の校門前までやってくると、クラス替えに騒ぐ生徒たちの声が校内から聞こえた。


優愛「…嫌だなぁ。」


桃樹「ここまで来たんだから行くしかないよ。」


と、ケイさんと似た事を言う桃樹さんはゆっくりと赤くなった耳を淡いピンクにさせて大人っぽい振る舞いをする。


優愛「ちゅーしてくれたら頑張れるかもです。」


そんなことはないけど、言葉以外で桃樹さんの好きを感じたかった私は離されかけた手を繋ぎ直すように指を絡めて自分に引き寄せる。


けど、桃樹さんは目を泳がせて恥ずかしがるだけで登校時間10分前になっても人1人分ある顔の距離を縮めてくれない。


優愛「はじめてのチュウっ。君とチュウ、うふふ。」


私はお父さん時代に流行ったキスの誘い歌を歌って、じっと桃樹さんの目を見つめるけど桃樹さんは私の歌を閉じ込めるように手で抑えて私の体を校門の方へ向かせた。


桃樹「…いってらっしゃい。」


優愛「いってきまーすっ。」


時間がなくなった私は今回は諦めて週末約束しているデートでまた再チャレンジすることを心に決め、憂鬱な教室へ向かった。



環流 虹向/愛、焦がれ

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