救護

「大人ってなに?」


この質問を即答で答えた人と、唸ってひねり出してくれた人がいる。


だから私は一番大人なはずの親からの『社会貢献してから』と『成人したら』と即答された答えを一旦忘れて七星ちゃんからひねり出してもらった回答を口に出す。


優愛「自分より下の子に“お姉さん”か“おばさん”って言われたら大人だって。」


年末最後の学校見学から直でお店に来た私はカットとトリートメントを終え、パーマが落ちてきた髪を生き返らせるようにアイロンを当ててふわふわにしてくれる白波さんにヒントを出す。


白波「なるほどねー。優愛ちゃんはおばさんって言われたいの?」


と、白波さんは私にわざと煽るようなことを言って後ろ髪を巻き始めた。


優愛「まあ、おじさんにおばさんって言われても意味ないけどね。」


私は鏡ごしに白波さんと目を合わし、煽り返す。


白波「俺は可愛い妹みたいって思ってるよー。」


優愛「ふーん。近親じゃん。」


私がギリギリのことを言うと白波さんの笑顔が固まり、私の髪を燃やさないようにアイロンを離した。


白波「…すいません。」


優愛「別に。」


白波さんはとっても気まずそうにするけど私のワガママを叶えるためにまたヘアセットを進めてくれる。


優愛「私もいいお兄さんだと思ってるよ。」


私はヘアカットだけで会う関係になった美容師の白波さんが大人で好きということを伝えると、白波さんはあんまり嬉しそうじゃない笑顔をした。


白波「最初から対象じゃないと。」


優愛「そっちもじゃん。」


白波「年下で可愛い女の子を一番いい表現で伝えるのは妹って存在でしょ。」


優愛「それじゃあ元から対象じゃないじゃん。」


前に本気で好きっぽいこと言ってくれたのにただの妹としてしか好きじゃなかったのか。


本当、男の人って意味が分かんない。


白波「アイドルって言ったらガチ恋勢のキモオタみたいじゃん。」


と、白波さんは巻き終えた髪からアイロンを離し、オイルで私の毛先に潤いを与えてくれる。


白波「 最近、全然“らむちゃん”更新してないね。」


優愛「あんまりログインしてないもん。」


白波「なんで?」


優愛「なんか、もういいかなって。」


ネットで『可愛い』って言われるより、リアルで言われた方が嬉しいって事を知っちゃったし、好きな人に言われたらもっと嬉しいからもう必要ない気がしてSNSさえろくに使ってない。


白波「残念。まあ、ここで会えるからいいけど。」


そう言って白波さんは私のヘアセットを終えてお会計をすると、お店の階段下まで見送ってくれる。


白波「春頃にパーマ挑戦しようね。」


優愛「うん。」


まだ大人の回答を終えていないのに私に手を振る白波さんの手を私は掴んで下に下ろす。


白波「…どうした?」


優愛「質問。大人ってなに?」


白波「あー…」


白波さんはすっぽり私の質問を忘れてたらしく、今になってまた考え始めた。


私は大人なのに忘れっぽい白波さんを見上げながら睨んでいると、帰宅ラッシュ時の周りの声が私の耳に届いてくる。


「あの2人って恋人?」


「さすがに違くない?」


「でしょ。制服着てるじゃん。」


「でも、手繋いでない?」


「繋いでるって言うか、掴んでるって言うか。」


そんな声がちらほら出てきて私は思考に集中している白波さんから手を離す。


優愛「…遅い。」


私はさっきの視線と言葉の槍が1人だった学校生活を思い出してしまいもう帰ろうか迷っていると、白波さんはそっぽ向きかけた私の頬を掴んで自分に向かせた。


白波「俺の場合、懐かしいが増えるたびに大人になったなぁって思うよ。」


と、白波さんは社会的抹殺を気にせず、自分のお店の前で私にキスしてきた。


白波「ここで優愛ちゃんのヘアカットするのも、話せるのも、手繋げるのも懐かしくて嬉しいって思った。」


なにも聞いてないと思ってた白波さんはわざと人に見せつけるためにキスをしてきた事が分かり、私が反射で顔が赤くなってしまうと白波さんはその顔を見て笑う。


白波「大人になりたいなら俺とまたデートする?」


白波さんが温かい目で私を見つめてきてなんだか心が全部持ってかれそうになる。


けど、白波さんが言った懐かしさはまだ私の中には生まれなくてまたデートするのも躊躇してしまう。


優愛「…考えとく。」


白波「うん。またね。」


私は嫌な懐かしさをまた思い出したけど、いい思い出にするためにまた春に白波さんと会うことにした。



環流 虹向/愛、焦がれ

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