親和

もこもこのマフラーとブレザー下にあるカーディガンから15センチはみ出たプリーツスカートが私の考える冬服の黄金比率。


それを見て学生上がりの大人はみんな寒そうって思うのだろうけど、これは高校生にしか出来ない特権だと思うし、この比率がとっても可愛いから誰になんと言われようとも変えない。


そんな自己中心的な私は家に居たくないってだけで学校から電車で30分かけて雑貨屋がいっぱい並んでいる街にやってきた。


けど、私はこの街を象徴する言葉のサブカルとかフェスとライブの違いがよく分からない。


でもこの街の雑多な雰囲気が私のぐちゃぐちゃな気持ちを溶かしてくれるような気がして当てもなくただ散歩に来てしまう。


すると、この街でよく見かけるお兄さんがまた話しかけてきた。


「カットモデルお願い出来ませんか?」


足が疲れてきた私はいつも断っていたヘアカットのモデルをして休憩時間を取ろうと微かに音楽を流していたイヤフォンを引き抜いて頷く。


すると、お兄さんはとっても嬉しそうな笑顔見せて30秒歩いた先にあった自転車屋さんの上にあるこじんまりとした美容院に連れてきてくれた。


「上着とマフラー預かりますね。」


そう言ってお兄さんは私から防寒具を預かると先に席へ案内してくれた。


優愛「…お客さんあんまりいないんですね。」


私はだいぶ静かな店内を見渡すと、私とお兄さん2人しかいないことに気がつく。


「閑散日でさっきまでいた先輩も晩飯買いに行っちゃってるんで寂しいですよね。よかったらBGM好きなのかけますよー。」


優愛「じゃあ、アリアナのこのアルバムお願いします。」


私は最近ハマっているアルバムをお兄さんに見せて1時間ちょっとの暇な時間を脳内カラオケで潰すことにした。


カット前の軽いアンケートを答えてシャンプーを終えるとちょうどコンビニ袋を下げた先輩と思われる男性がお店の中に入ってくるとそのままカット前だった私の髪の毛に触れ、パチッと目を合わせた。


すると先輩は私には何も言わず、お兄さんに耳打ちをしてそそくさと裏に行ってしまった。


「じゃあ前髪カットと全体の量を取って軽めのボブにしますね。」


そう言ってお兄さんは思ったよりも慣れた手つきでカットを進めて思ったよりもいい感じにサラッとボブを仕上げてくれた。


優愛「ありがとうございます…!また来てもいいですか!?」


「是非。じゃあ連絡先交換しときますか?」


優愛「はい!」


私はサービスでしてもらったトリートメントでせせらぎの音がするかと思うくらいサラサラの髪の毛を触れながらお兄さんと連絡先を交換する。


優愛「白波しらなみ…さん?」


白波「白波はくなです。ちょっとキラついてますよね。」


と、白波さんは少し嫌そうな顔をして鼻で笑った。


優愛「綺麗な名前だと思います。私のはありきたりでつまんないので。」


白波「そんなことないですよ。優しい愛の香りがしそうな名前です。」


優愛「ちょっときもいですよ。」


私は冗談めかしてありきたりの名前を褒めてくれた白波さんに毒吐いているとご飯を食べ終えたと思われる先輩のこうきさんがカットの最終確認をしに来た。


聖「どこか気になる箇所はありますか?」


優愛「私は特にないです。」


聖「よかったです。じゃあマッサージさせていただきますね。」


と、聖さんは私の肩にタオルを乗せ、とてつもなく絶妙な指圧で睡魔を呼び寄せてきて私の意識を飛ばそうとしてくる。


それを気力で耐えていると不意に温かい手が襟の内側に入ってきた。


驚いた私は初めて出す自分の声を聞いて目を覚まし、鏡越しに聖さんと目を合わす。


優愛「す、すみません…。寝てました…。」


聖「リラックスしてくれたみたいで嬉しいです。長い時間、ご協力ありがとうございました。」


そう言って聖さんは私の肩に置かれていたタオルをスッと外し、椅子をクルッと横に動かした。


私はそれに合わせてそっと立ち上がり小さく体を伸ばしていると、お店の扉が勢いよく開く音が聞こえた。


「やってますか!?」


と、飛び入りで入ってきたちりちりのダメージヘアが印象的な大学生くらいのお兄さんはとても焦った表情で出入口近くにあるレジのそばで作業していた白波さんに声をかけた。


私はその様子を横目で見ながら荷物を手に取り、聖さんからヘアミルクとオイルの試供品を貰っていると白波さんは飛び入りお兄さんを席に通した後、私に手を振り素敵な営業スマイルでその場のお見送りをしてくれた。


それを見て私も軽く手を振り返し、聖さんにお見送りをしてもらう。


優愛「ありがとうございました。」


階段下までお見送りしてくれた聖さんに最後のお礼を言うと聖さんは私に1枚の紙を差し出した。


聖「もし興味があったらでいいんだけど、近々系列グループの人たちと一緒にフェアやることになったから来て。」


と、ちょっと馴れ馴れしい聖さんはお得な情報が満載のクーポン付きチラシをくれた。


優愛「…1日限定なんですか?」


聖「そう。1年に1度の在庫整理のセールなんだけど、物は腐ったりする物じゃないから普段よりお得に買えちゃうよ。」


これは行くしかない。


天命に導かれた私は2年分のお年玉を握ってセール会場でお得を手に入れることにした。



環流 虹向/愛、焦がれ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る