第62話

お先にどうぞと言われたので、素直に先に入る。


「エロ……過ぎ?」


帰ってきたらそうなるのはわかっていたので、東京でセクシー下着を買ってきた。

ええ、立本さんと一緒に行くわけにもいかず、最終日に迷いながら手に入れてきましたが、なにか?


「そもそも、漸の趣味がわかんないんだよね……」


エロの定番といえる黒にしようとしたが、それには私では魅力が足りないので赤にした。

しかし世間には清楚な白派と可愛いパステル派もいるのも知っている。


「それとなく立本さんに確認してみればよかった……」


立本さんなら絶対に黒派だから赤も喜んでくれそうだ。

……いや。

漸と立本さんは見た目と車の趣味が正反対だから、案外、立本さんが白で漸が黒?

なら、いける。


「ま、いっか。

違ったら次、漸の好みのを買えばいいわけだし!

……ぜーん、あがりましたー」


結論を出してパジャマを着る。

私が浴室を出ると、入れ違いで漸はお風呂に入った。


寝室で漸を待ちながら……緊張してくる。

よく考えたら私は……あれが好きではないのだ。

前の彼氏のときは全然気持ちよくなかった。

まあ相手が気持ちいいのならいいか、くらいの感じで少しばかり我慢していたが、彼もそれを感じ取っていたらしく三回寝たところで別れた。


「漸ともそーだったらどうしよう……」


いまさらながら男を喜ばせるテクとか携帯で検索をかける。


「鹿乃子さん、あがりました」


検索結果一番上のをタップしようとしたところで、漸が寝室に来た。

つい、慌てて携帯を隠した。


「ああ、うん。

はい」


別に悪いことをしていたわけでもないのに、心臓はばくばくと落ち着かない。


「どうかしましたか?」


「えっと、なんでもない、です」


笑って誤魔化したものの、内心、だらだらと汗を掻いていた。


「そうですか?」


「はい」


……うん。

これは次の課題、ってことで。


「その。

もし、ダメだったときは鹿乃子さんだけでも気持ちよくして差し上げますので、心配しないでください」


「……漸……」


少し思い詰める漸の首へ、抱きついていた。


「きっと、大丈夫ですよ。

それに私、漸とできなかったとしても、こうやって一緒にいるだけで幸せです」


「……鹿乃子さん……。

ありがとう、ございます」


ようやく笑ってくれて、ほっとした。


電気はダウンライトにして、少し暗めにしてくれた。


「……鹿乃子さん」


漸の、欲に濡れる声が私の鼓膜を揺らす。

少し抑えめの、この声に呼ばれるだけで身体が熱くなるのはなんでだろう?


「今日は貴方を全部、私のものにさせてください」


ゆっくりと眼鏡を外し、漸はサイドテーブルの上に置いた。

顔が近づいてきて、唇が重なる。

けれど軽く食むだけで離れていった。


「……」


目尻を下げ、漸が私を見ている。

自然とまた、目を閉じた。

唇が触れ、そして離れる。

その間隔は次第に短くなっていき、……そして。


耐えきれなくなった漸の手が私の顔を掴み、深く唇が交わる。

すぐにぬるりと、舌が入ってきた。

漸の舌が私に触れ、甘いさざ波が全身を襲う。


「……ん……ふ……」


甘ったるい吐息が、鼻から抜けていく。

……キスって、こんなに気持ちいいものだったっけ?

あたまの芯がじんじんと痺れて、熱を持った。


「……はぁーっ」


離れたふたりのあいだに銀糸の橋が架かる。

すぐにぷつりと切れたそれが、名残惜しい。


「……もう、とろんとした顔をして。

可愛い」


「ふぁっ」


漸の唇が耳朶に触れるだけで、ビリビリと弱い電気が走る。


「鹿乃子さんってけっこう、耳が弱いですよね」


「ふぁっ、あっ」


耳もとで囁きながら、漸がパジャマのボタンを外していく。


「ねえ。

なんで話しているだけで、そんなにビクビク震えているんですか」


「……!」


ちゅっ、と耳に口付けを落とされただけで、つま先から小さな波があたまのてっぺんへと駆け登ってきた。


「本当に可愛いですね、鹿乃子さんは」


私をそっと横たわらせた漸の手がズボンへとかかる。

するりと簡単に抜け取られ、下着姿にされた。


「……もしかして下着、今日のために準備してくれましたか?」


少し涙の浮いた目で、こくこくと頷いた。


「嬉しい」


ふふっ、と小さく笑い、唇を重ねてくる。


「鹿乃子さんの白い肌に赤が映えて、とても興奮します」


プチプチと漸が自分のパジャマのボタンを外していく。


「……漸。

興奮、してる?」


「はい。

安心なことに、ちゃんと。

さっきから鹿乃子さんの可愛い声といい匂いで、興奮しています」


「……いっ」


証明するかのように漸が私の首筋を舐める。

さらに軽く、歯を立てられた。


「すみません、食べてしまいたいほど美味しそうな匂いがするので」


「あっ」


漸がまた、唇を重ねる。


そして――。


「鹿乃子さん」


ご褒美だと、唇が重なる。


「よかった、漸とひとつになれた」


「はい」


「漸と、ひとつに、なれた……!」


嬉しくて目から涙がぽろぽろ零れていく。

心の底から幸せに満たされた。


「可愛いな、鹿乃子は」


漸の唇が私の涙を拭う。


「動くから、痛かったら言うんだぞ?」


「はい」


私を気遣って、ゆっくりと漸が動きだす。


そこからはひたすら熱い波にさらわれ、意識を手放した――。

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