第49話

「あ……。

すみません、気になるとなんでも訊ねないと気が済まない質なので」


一通り訊き終わって気が済み、冷静になると恥ずかしくなってきたのか、明希さんは頬を少し赤らめた。


「いえ、別にかまいません」


彼女の質問の中で、自分で気づけなかったいくつかの問題点もわかった。

これだけでここへ連れてきてくれた漸にも、いろいろ訊ねてくれた明希さんにも感謝だ。


「いろいろ訊いたのに申し訳ないですが、うちはオリジナルのみを販売なので子鹿工房さんの商品を置くことはできないんです」


「そう、ですか……」


ここへうちの商品を置けたら素敵だろうな、とかいつのまにか思っていた。

そんなの、無理だって少し考えればわかるのに。


「あ、あの!

でもですね!」


あまりに私が落ち込んでいたから、明希さんが慌ててフォローしてきた。

それがさらに、私を落ち込ませる。


「うちから依頼という形で、商品を作っていただくことは可能でしょうか?」


それって、オーダーしてくれるってこと……?

俯いていた顔が、上がる。


「はい、それは大丈夫です!」


仕事が、もらえる。

どんな形にしろ、自分の作品をこの店で売ってもらえる。

これからの期待で、一気に胸が膨らんでいく。


「細かい話はまた……って、子鹿工房さんは金沢、でしたよね?」


こういうとき、地方の私が恨めしい。

いや、住むなら断然、金沢だけれど!

「大丈夫ですよ、金沢から東京まで二時間半もあれば着きますし、それに私がちょくちょく東京には来ますから有坂さんの代理でお話ができます」


それまで黙って話を聞いていた漸が、加わってくる。

目があって、任せてくださいと漸が小さく頷いた。


「なら、大丈夫ですね。

じゃあ……」


そのあとは見本や価格表など、必要なものの話をした。


「では、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


いきなりの商談は思いのほか上手くいき、上機嫌で店をあとにする。


「漸、ありがとうございます。

私に仕事の話を持ってきてくれて」


さりげなくタクシーを停め、私を乗せる。

当然、漸もそのあとから乗り込んできた。


「明希さんの店は鹿乃子さんの作るものに向いているな、と以前から思っていただけですよ。

オーダーなんて考えてくれたのは明希さんですし、そうさせたのは鹿乃子さんの真摯な対応です」


ぽんぽん、とあたまに触れた手は、褒めているようだった。

でもやっぱり、子供扱いなんだよね。


「けど、漸が連れてきてくれなければ、こんな機会はなかったです。

ありがとうございます。

……明希さんと漸との関係は気になりますが」


あんな、美人だよ?

しかも至極、まっとうな人。

漸だって少しくらい、よろめいたんじゃないかな。

それにあそこの店は女性ものばかりで男性ものはなかった。

怪しい。


「また、ヤキモチですか」


軽く握った手を口もとに当て、くすくすとおかしそうに笑われて顔が熱くなる。

こんなことばかりしているから、子供扱いされるんだろうか。


「明希さんのご主人は、副業のクライアントで着物仲間なんですよ。

デニムの着物の着こなし方など、教えてくれたのは彼です」


「……ご主人、ですか」


「はい。

私が明希さんと知り合ったときにはすでに、彼と結婚していました。

だからどうこうとかありえません」


漸ははっきり言い切ったが、本当にそうなんだろうか。

実は気持ちはあったけれど、そういう事情だから諦めただけとか?

……ううん、もうこの件はそれ以上、考えない。

だっていま、きっぱりと漸がないと言い切ったのだから、過去にもしそういう感情があったとしても、現在はないはずだ。


「ところで、漸。

これはどこへ向かっているんですか」


タクシーには乗ったが、彼が運転手へ告げたのはマンションの場所ではなかった。


「どこへ行くかもわからないのに、鹿乃子さんは乗ったんですか?」


くすくすとまた漸は笑っているが、だってそうでしょう漸が乗れって言うから。


「ダメですよ、どこに連れていかれるのかわからないのに、簡単に乗ったりしたら。

もし、とんでもないところだったらどうするんですか」


ちょっとだけ漸の声が、心配そうになった。


「……わかってますよ、それくらい。

漸だから信頼して乗ったに決まってるじゃないですか。

他の人だったらちゃんと確認します」


「あ、怒った」


またもや子供扱いされて私がぷーっと頬を膨らませ、漸は楽しそうに笑っている。

小さな子供じゃないんだから、それくらい私だってわかっている。

なのにそれを、いちいち注意してくるなんて。

もしかしたら漸から見たら、私は完全に子供なんだろうか。

いままで、考えたこともなかったが、可愛いも、小さくて愛らしい、子供に向けるそれと一緒で。


「……漸って私を、子供だと思ってます?」


「いいえ。

立派なレディだと思っています」


さっきは笑っていた癖に、すました顔で言われたって信じられない。

さらにレディなんて胡散臭すぎる。


「どーせ私は、漸から見たら子供ですよ……」


なんで私は、漸よりも一回りも年下なんだろう。

同じ年とは言わないから、せめて二つ三つの年の差で生まれていれば。

いや、五つ六つの差だっていい。

十二の年の差よりはずっとマシだ。


「だから、子供だなんて思っていませんよ。

対等な、ひとりの女性だと思っています。

だからこんなに、……愛おしい」


漸の手が私の頬にかかり、自分の方へ向かせる。

レンズの向こうで少し目尻の下がった目は蠱惑的で、喉がごくりと鳴った。


「本当に鹿乃子さんは、可愛いですね……」


漸の甘い重低音が、鼓膜を揺らす。

自然と、目を閉じ……。


「お客さん、着きました」



運転手の声に驚いて、反射的に目を開けた。


「あ、えと」


「……はい」


目を逸らした漸の顔も、少し赤かった。

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