第29話
夕食は少し早めの時間に、東京タワーの真下にあるカフェレストランへ連れてきてくれた。
「ほら、東京タワーを独り占めです」
「凄く素敵です!」
内装も素敵だし、窓の外には綺麗にライトアップされた東京タワーが見える。
「こんなところで食事なんて、素敵すぎます」
喜ぶ私を見て、三橋さんも嬉しそうににこにこ笑っている。
「ここ、ウェディングもやっているんですよ。
結婚式はここでしましょうか」
「えっ、本当ですか」
「ということは、可愛い鹿乃子さんは私と結婚する、と」
言質は取った、とばかりに彼がにやりと笑う。
「うっ。
……まだ、決めたわけはないので」
もごもごと口ごもりながら誤魔化した。
でも、嘘だ。
もう半分以上、三橋さんと結婚する気になっている。
「それにここだと、チャペルですよね?
花嫁衣装は和装と決めているので……」
そうだった。
私が結婚となれば、また祖父と父が衣装を作りかねない。
作らなかったとしても祖父は、着物姿の私が好きなのだ。
打ち掛け姿の私を、見せてあげたい。
「そうですね、私もウェディングドレス姿の可愛い鹿乃子さんに興味はありますが、きっと和装の方が似合うと思います」
想像しているのか、三橋さんがうっとりとした顔になる。
勝手に思い浮かべられるのは恥ずかしいが、さっき自分も同じことをしたので止められない。
ロケーションも最高だったが、料理も最高だった。
堪能して店を出て、本日のメインイベント、東京タワーへ登る。
「……綺麗、ですね」
「……はい」
後ろから私を包み込むように三橋さんが立つ。
展望台から見える東京の街は、とてもキラキラしていた。
「夜景もですが、鹿乃子さんも綺麗です」
「……ありがとう、ございます」
手すりへ置く私の手へ、三橋さんの手が重なる。
「今日は貴重なお休みなのに、私のために使ってくださってありがとうございます」
「可愛い鹿乃子さんが喜んでくれるのなら、なんだってすると言ったでしょう?」
ちゅっ、と私のつむじへ、口付けが落とされた。
さっきからなぜか、気持ちがざわざわして落ち着かない。
今日の三橋さんはどこか、わざとはしゃいでいるように見えた。
「明日はお仕事なんですよね?
私も……」
「鹿乃子」
唐突に呼び捨てにされ、ぴくりと指が反応する。
「少し、黙ってろ。
いまはただ、鹿乃子とこうしていたい」
「……はい」
口を噤み、窓の外を眺めた。
少し上げた、視線の先のガラスには、三橋さんの顔が映っている。
……なにを、考えているのだろう。
体温を感じるほど近くにいるのに、その顔は酷く遠く感じた。
「……鹿乃子を、愛してる」
「……」
「……鹿乃子だけを、愛してる」
ぎゅっと強く、三橋さんの手に力が入り、痛い。
「……みつ、はし、……さん?」
怖い。
怖くて怖くて堪らない。
次になにが、彼の口から出るのか。
「結婚が決まりました」
ふっと急速に彼の纏う空気が緩んだ。
「……え?」
結婚って、誰と、誰の?
「すみません、昨日は嘘をつきました。
最後に鹿乃子さんと、楽しい一日を過ごしたくて」
「……嘘?」
混乱する私を置いて、彼は淡々と言葉を紡いでいく。
「結納、だったんです。
昨日。
仕事ではなくて」
「……結納?」
でも今日、今後のために、ベッドを買って、カーテンも買って、それで……。
「もうこれで、鹿乃子さんとはさようならです」
気持ちが緩んだんじゃない、これは諦めたんだ。
すべてを。
――私を妻にすることを。
「……イヤ。
そんなの、イヤ」
ぶるぶると首を振る。
振り返ってその顔を見たいのに、させないかのように私の手を押さえる三橋さんの手は緩まない。
「金沢のあの家は、好きにしてください。
購入で支払いをしておきます」
「三橋さんのいない、あんな家、いらない!」
「鹿乃子さん!」
無理矢理、身体を捻ったら、三橋さんが手を離した。
後ろを向き、羽織の衿を掴んで彼の顔を引き寄せる。
「三橋さんは私を、妻にするんじゃなかったんですか」
私から視線を逸らし、なにも言わない彼に感情はヒートアップしていく。
「貴方の辞書に、諦めるなんて言葉はないと思っていました!」
「……諦めたく、ない」
覆い被さるように、彼は私を抱き締めた。
「私は鹿乃子さんを、鹿乃子さんだけを妻にしたい」
「なら、諦めないでください」
その大きな背中へ腕を回し、ぎゅっと抱き締め返す。
「明日、ご両親に会わせてください。
言ったでしょう?
三橋さんは私が守ってあげます、って」
「……そう、でしたね」
「はい。
だから私が、婚約者から三橋さんを奪還します。
三橋さんは私のものです。
誰にも、奪わせたりしない」
うん。
三橋さんは私のものだ。
きっと強いこの人が、私の前でだけ弱い顔を見せてくれる。
私に甘い癖に、ダメなところはちゃんとダメだと言ってくれた。
私に嫌われるのが怖いと言いながら、すべてを晒す決心までしてくれた。
こんなに私と真剣に向き合ってくれる人を、好きにならない方がおかしい。
「……私は鹿乃子さんのものですか」
「はい、三橋さんは私のものです」
ようやく顔を上げた彼の目尻には、涙が光っている。
「明日、両親に会わせます。
でも、無理はしないでくださいね」
「いま無理をしないでいつ、無理をするんですか?
……ほら、今日はもう帰りましょう。
明日に備えて英気を養わねば」
「そうですね」
軽く彼の手を引っ張り、歩きだす。
決戦は――月曜日。
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