第28話

いったん、マンションへ荷物を置きに戻って、また街へ出た。


「お昼を食べたあとはどこへ行きましょうか?

スカイツリーでも登りますか?」


ランチは、レトロ調のカフェに連れてきてくれた。

オススメだというオムライスは、間違いなく美味しい。

ここは三橋さんの数少ない、お気に入りのお店らしい。


「そう、ですね……。

スカイツリーもいいですが、私としては東京タワーがいいです」


別に高いところが苦手というわけではないが、ツン、とすましたスカイツリーよりも、どこかレトロな東京タワーの方が好きだ。


「東京タワー、ですか」


少し、意外そうな顔を彼がする。


「はい。

可愛くないですか、東京タワー。

なんだかレトロチックで」


「やはり、可愛い鹿乃子さんは可愛いですね。

そこは私も、同意見です。

では、このあとは東京タワーへ行きましょう」


三橋さんが嬉しそうに頷く。

好みがあうって、いいよね。


またタクシーで移動の間、三橋さんは携帯でいろいろ調べて計画を練っていた。


「すみません、ずっと放っておいて」


「別にかまいませんよ」


タクシーを降り、恐縮しながら三橋さんが私の手を掴んでくる。

私のためにやっていたのはわかっているし、それに。

真剣な三橋さんの顔は何時間でも眺めていられる、なんて内緒だけれど。


三橋さんが決めたプランに沿ってお庭や公園をのんびり散策する。


「寒くないですか」


「はい、大丈夫です」


ちゃんと羽織を着てきたから心配はない。

しかし、日本庭園と着物の三橋さんって絵になるなー。

自然と手がバッグから携帯を出し、かまえていた。


「鹿乃子さん?」


「えっ、あっ、えっと、……もうちょっと、右で!」


「はいはい」


くすくすと笑いながら、彼が指示どおりの場所に立つ。


「うん、最高。

最高です」


シャラララ……とシャッターの音が、静かに響く。


「というか、連写する意味があるんですか?」


「あります!」


はぁはぁと息の荒い自分は、完全に不審人物な自覚はある。

でも、背が高くてスタイルのいい男が、羽織ありでダークブラウンの着物を着ているんだよ?

さらに顔もよくて、ひとつに結んだ長髪を背中に垂らし、遊び心で眼鏡は太めの黒フレームなんてこんな上物、見逃せないって!

しかもそれがこうやって不審者丸出しで写真を撮っても怒られない相手なら。


「美味しくいただかせていただきました」


「は?」


拝む私に三橋さんは笑顔のまま固まっている。


「私ちょっと、いままでを無駄にしていました……」


いくら撮っても撮り足りないが、あまり撮るとメモリが心配になってくるので、やめた。

あと、周りの目も。


「そんなに?」


「はい。

失敗です……」


結婚なんて絶対しない!と突っぱねていたせいか、目が曇っていた。

いや、まだ結婚を決めたわけではないが。

しかしこんな逸材を放置していたなんて。


「今度、兼六園に行きましょう。

あ、でも、もう寒くなりますね。

ちなみに、三橋さんの着物用防寒着は?」


「コートは一応、持っていますが」


「種類は?」


「二重回しです」


……なんだそれは、最高か……!

想像しただけでごはんが何杯もいけそうです……。


「寒くなったらぜひ、コートを着て写真撮影に行きましょう!」


がしっ、と思いっきり、三橋さんの手を両手で掴む。


「はぁ……。

別にいいですが……」


「これで楽しみができたー!

……あ、すみません、なんかひとりで」


困惑気味な三橋さんの顔を見ていたら急速に興奮が収まっていき、反対に恥ずかしさが襲ってきた。


「可愛い鹿乃子さんが喜んでくれるのなら、私はなんだってしますよ」


くすくすと笑いながら私の手を取り、三橋さんがゆっくりと歩きだす。


「……なんだって、です」


すっ、と急に笑い声が途絶え、ぽつりと呟かれた声は思い詰めているようで、気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る