第17話

朝はいつもよりも早く起きた。

三橋さんを七時の新幹線に乗せなければいけない。

店の開店時間には間に合わないが、遅れると連絡を入れているので大丈夫だと言っていた。


「お風呂、ありがとうございました」


朝ごはんを作っていたら、三橋さんがお風呂から上がってきた。

今日はまだ、両親も祖父母も起きてきていない。

私がやるから寝ていていいよ、とも言ったしね。


「朝ごはんできてるんで、よかったら食べていってください」


テキパキとご飯や味噌汁をよそい、三橋さんの前へ並べていく。


「なにからなにまですみません……」


恐縮しつつ、三橋さんはダイニングの椅子に座った。


「鹿乃子さんが作ってくれたんですか」


「はい。

お口にあうかわかりませんが」


私もエプロンを外し、一緒にテーブルに着く。


「可愛い鹿乃子さんが作ってくれた食事が朝から食べられるなんて、幸せです」


なんだか噛みしめているが……たいしたものは作っていないけどね?


「いただきます」


まるで拝むかのように手をあわせ、三橋さんは箸を取った。

そのままお椀を手に、ひとくち。


「美味しいです。

鹿乃子さんは可愛いだけじゃなく、料理も上手なんですね」


眼鏡の下で目尻を下げ、にっこりと笑われれば頬が熱くなっていく。


「……変なこと言ってないで、さっさと食べちゃってください。

間に合わなくなります」


「そうですね」


照れて、ありがとうと言えなかった。

いくら相手が三橋さんでも、そういう素直じゃない自分、嫌い。


食べ終わり、母の車で駅まで送る。


「じゃあ、次は明後日……もう、明日ですね。

来ますので」


「そんなに無理に、詰めてくることないですよ。

私は仕事ですから」


休みのたびに来るのは大変じゃないだろうか。

交通費はおいておいて、移動だけでも疲れるはず。


「私が可愛い鹿乃子さんに会いたいだけなので、気にしないでください」


「はぁ……」


さらりと三橋さんは言ってくるけど、恥ずかしくないのかな?


「今日、仕事が終わって、間に合えばそのままこちらへ来ます。

また、連絡しますね」


「だからそんな無理をしなくても……」


「私が可愛い鹿乃子さんに、一分、一秒でも早く会いたいだけなので」


……うん。

だんだん、心配するのが虚しくなってきた……。


改札の前で今日も、彼は私の手を握ったまま立っている。


「このまま、可愛い鹿乃子さんも連れていけたらいいのに……」


手が引っ張られ、前回のことがあるから踏ん張った。

けれど三橋さんの方が力が強く、結局その胸に飛び込まさせられる。


「早ければ今晩にはもう会えるのはわかっているのに、こんなにも離れがたい」


ぎゅっ、と私を包み込んだ三橋さんからは今日、父と同じボディソープのにおいがした。


「……愛してる、鹿乃子」


三橋さんの手が、私の顎を持ち上げる。

ゆっくりと顔が近づいてきて、え、まさかキスする気と怖くなって目を閉じた。


「じゃあ、また、夜」


するりと名残惜しそうに私の頬を撫で、彼が改札の向こうへと消えていく。


「……キス、しないんだ」


そっと、自分の額を押さえる。

三橋さんの唇が触れたのは、額だった。


「帰って仕事、しよ」


あの人は強引に押してくる癖に、こういうところは一線を越えない。

それはどこか、安心できたし嬉しかった。

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