第14話
「これとか、いかがですか」
「え、えーっと……」
勧めてくれるのがコンパクトカーなのは非常に助かるが、……やはり価格が。
さりげなく見た支払いモデルは月々一万以下でこれなら、とは思ったものの、ボーナス払いでガン!とくるのを確認して胃が痛くなった。
個人事業主の私に、ボーナスなど存在しない。
「遠慮しているのですか」
「……はい」
するに決まっている。
しない方がおかしい。
「やはり鹿乃子さんは可愛いですね!」
大きな声と共に三橋さんが半ば私を抱き抱え、店内の全員がこちらを見た。
「えっ、おろ、降ろして!」
「……すみません」
さすがにすぐに三橋さんは私を降ろし、手を離す。
「これくらい、お給料の他に収入がありますからね。
気にすることはないのですよ」
器用に彼が、パチッ、と私へ片目をつぶる。
「え、三橋さん、って……」
「ただの呉服屋の若旦那ですよ」
ふふふっ、なんておかしそうに笑っているが、なんか謎だ……。
結局、私がサブカーとして欲しいから買うんだったらいいですよね、なんて押し切られ、コンパクトカーを買うことになった。
「……ありがとうございます」
「いいえ。
私は可愛い鹿乃子さんを妻にするための経費は惜しみませんから」
「うっ」
どんどん、断りづらく追いやられていく。
それでもまだ、私は彼と結婚する気なんてさらさらないけれど。
「今日はこれから……」
まだ、夕食には少し早い。
それに帰るのか泊まるのかで行動も変わってくる。
「そうですね……」
――チロリロリン!
ディーラーを出て車に戻る。
また、前回と同じ選択を迫られたらどうしよう、なんて戦々恐々としながらシートベルトを締めたところで携帯が通知音を立てた。
「ちょっとすみません」
断りつつ、携帯を確認する。
そこには母からメッセージが届いていた。
「あの。
お時間に余裕があるなら、家で一緒に夕食はどうですか、……と、母が」
ぱっ、と嬉しそうに私の顔を見た彼だが、続く言葉で少し残念そうになった。
「私などがお邪魔してもいいんでしょうか。
その、私はおじい様から嫌われていますし」
しゅん、とみるみる三橋さんの背中が小さくなる。
「あー、祖父は三橋さんじゃなくても、私の男ってだけでああなるので気にしなくていいです」
有坂は可愛いが、恐ろしいじいちゃんがついているから手を出せない、……などと中学の頃は噂されて男子から遠巻きにされていたくらいだ。
三橋さんだから祖父がああいう態度なのではない。
「〝私の男〟……ですか」
ふふっ、と小さく笑った三橋さんは上機嫌になっている。
「あ、えっと。
言葉の綾という奴ですよ」
返事を待たずに家に向けて車を出す。
「〝私の男〟は私の他に、いままで何人いたんですか」
「え?」
三橋さんの声ですっ、と背筋が冷えた。
「いえ、この話はまたにしましょう。
……おじい様には可愛い鹿乃子さんと一緒に暮らす許可をもらわないといけませんからね。
頑張りますよ」
彼はガッツポーズなどして気合いを入れているが、さっきのあれは……嫉妬、していたんだろうか。
私の過去の男に。
酒屋に寄ってほしいと言われ、車を回す。
「おじい様と飲みたいのですが、なにかオススメはありますか」
「え……」
三橋さんはどれにしようか吟味しているが、マズくないだろうか。
祖父はザルどころかワクなのだ。
ザルはまだ酒が残る部分があるが、ワクなので完全に素通りなので果てがない。
そんな祖父の酒に付き合ったら確実に、彼が潰れる。
「あー、えっと。
今朝、腰をやってましたし、飲ませない方がいいんじゃないですかね……?」
さりげなく提案し、そーっと三橋さんの案を却下してみる。
「ああ、そうですね。
お身体の調子が悪いのにお酒はマズいですね……」
手に持っていた酒瓶を棚に戻す三橋さんは残念そうだが、それでいい。
よし、これで危険回避だ!
なんて思った私が、甘かった。
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