第13話

今日も不動産屋さんに二軒ほど、内覧に連れていってもらった。


「日当たりも間取りもいいんですが、なんだか少し淋しい気がします。

鹿乃子さんはどうですか」


「そう、ですね……」


特段、三橋さんの決定に不満を言う気はない。

だって私には関係ない……はず、だから。

しかしながら今日の二軒はこのあいだの家みたいに、こんな家で生活できたら素敵!とかいう高揚感はない。


「前回、見た家がやはりいいと思うんですが、鹿乃子さんはいかがですか」


「そう、ですね」


「ですよね!

じゃあ、あの家で決定ということで」


三橋さんも同意見だったらしく、そのままあっというまに手続きに入った。

しかもなるべく早く住めるようにしたいと、必要になるであろう書類まで揃えてきている。


「鹿乃子さん。

ここ、サインをお願いします」


「へ?」


やはり、冬場の柄は雪の輪が定番だよね……と新作の半襟の構想をぼーっと考えていたところに声をかけられ、変な声が出た。


「サイン?

私が、ですか?」


なにゆえに三橋さんが家を借りるのに、私のサインがいる?

あれか、保証人か。

とか思いつつ書類を見たら、同居人の欄だった。


「同居人……?」


「はい。

引っ越しはいつにしますか?

もちろん、私も手伝いに来ます」


三橋さんはにこにこと笑っているけれど。

同居人で引っ越しって、私にあの家で暮らせ、ということですか?


「え、私は引っ越すなんてひと言も……」


「結婚後の暮らしに早く慣れていた方がよくないですか?」


「うっ」


私の手を両手で掴み、ずいっ、と彼が顔を寄せてくる。


「でも、お断りしたあとに困りますので」


さりげなく手を外し、目を逸らす。

そうじゃないと圧に負けてしまいそうだ。


「絶対に私は可愛い鹿乃子さんを妻にしますから、そんな心配はご無用ですよ」


なのにまた、私の手を掴んで彼は顔を近づけた。

レンズ越しにキラキラとした目で見つめられたら、ノーと言えなくなってしまう。


「え、えーっと……」


「ん?」


負けちゃダメだと思うけれど、……無理だった。


「……わかりました。

でも、家族の許可が取れてからです」


「あー……」


みるみる三橋さんの笑顔が萎んでいくが、間違えてはいないはずだ。


「……おじい様の説得、頑張ります」


三橋さんは自信なさげだが……まあ、仕方ない。


不動産屋を出て、適当なカフェで昼食を取る。


「このあとは車のディーラーへ行きませんか」


「別にかまいませんが……」


今度は車でも買おうというんだろうか。


「こちらでの足が必要ですからね。

毎回、お母様の車をお借りするのも悪いですし」


「それはそう、ですね」


私の車があればいいんだろうが、前の職場はバス通勤できたし、いまも毎日、車で出掛けるほどじゃないから母との共用で事足りていた。

しかし頻繁に三橋さんがこちらに来るようになれば彼ひとりで行動するときに困るだろうし、必要かもしれない。


「はい、それじゃあ、お願いします」


「わかりました」


まあ、車くらいはね……なんて考えた私が甘かった。


「あの、本当にここですか」


「はい」


もう場所は調べてある、なんて三橋さんのナビで連れていかれたのは、外車のディーラーだった。


無言で建物を見上げる。

まあ、あの三橋呉服店の若旦那だ。

車だってそれなりのものに乗りたいのだろう。

とか、納得しつつ彼と一緒に店に入る。


「鹿乃子さんはどれがいいですか」


どれ、とか訊かれても困る。


「三橋さんがいいのでいいんじゃないですか」


「んー、これとかどうですか」


三橋さんが選んだのはSUVタイプだった。

なんかちょっと、意外。

彼のイメージからだと定番セダン、って感じだ。


「いいんじゃないですか」


別に彼がどんな車を選ぼうと私には問題ない。

だって、私が運転するわけじゃない。


「それともこっち、ですかねー」


お店の中をくるくる見て回る彼について歩く。

すっごい、嬉しそう。

車、好きなのかな。


「うん、じゃあ決めました!」


最初の車を試乗させてもらい、それが決定打になったようだ。

もともとその気だったのか、今回も必要な書類を三橋さんはあらかた準備してきていた。


「鹿乃子さんも使っていいですからね」


「……ん?」


私はなにか、大きな思い違いをしていないだろうか。


「これから私を迎えに来るときは、この車を使ってください」


「……ん?」


この車が納車されるのは今日決めてきたあの家で。

そしてたぶん、私はあの家に住むんだろう。

と、いうことはあそこから駅まで彼をお迎えに行くのは……この車になるのか?


「えっ、あっ、無理!

無理です!

こんなに大きな車、私は運転できません!」


父のステーションワゴンですら私の手には余るのだ。

長さはあれと同じくらい、幅はさらに大きな車を運転できるはずがない。


「なら、可愛い鹿乃子さんの車も買いましょう!」


「へ?」


想定外の答えが返ってきて、変な声が漏れる。


「ここは大きな車しかありませんからね。

小型車の取り扱いがあるのは……」


三橋さんの口から出たのは国産メーカーではなく、なんとしてでも私に外車を買いたいらしい。


「あの。

車とか高価なプレゼント、いただくわけにはいきませんので!」


「なんでですか?」


さも不思議そうにパチパチと、眼鏡の下で何度か三橋さんが瞬きをする。


「家からご実家の工房へ通う、足が必要になりますよね?」


「うっ」


それは確かにそうですが!

あそこからは実家最寄りバス停への直通バスはない。


「それに妻の生活に必要なものを買うのに、なにか問題でも?」


「うっ」


正論すぎて言葉もない。

しかしながら。


「……私はまだ、妻ではないので」


精一杯、嫌みを言って反撃する。


「すぐにそうなりますから、間違いはありません」


けれど三橋さんには効かないらしく、涼しい顔で返された。


車がいる必要性は理解した。

がしかし、外車、しかも新車をおいそれと買ってもらうわけにはいかない。


「中古の、国産軽自動車でかまいませんので……」


それでもまだ、畏れ多い。

しかしそれならいざとなれば、出してもらったお金を貯蓄で返せないこともないから気が楽だ。


「百歩譲って国産車はいいですが、軽自動車でしかも中古なんてダメです。

もし、事故にでも遭ったとき、心配ですから」


「えっと……」


軽自動車と中古も譲ってくれないかな?

なんて思ったけれど、どうも無理そうだ。

仕方なく、郊外にある大手ディーラーへと車を向ける。

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