第16話
翌日は和家さんと一緒に実家へ帰った。
「……車両貸し切り」
「どうかしたのか?」
「いえ」
笑顔を作って和家さんの隣に座る。
実家まで車だとかなり遠いが、新幹線なら二時間かからないからそちらになった。
……のはいいが、車両貸し切りは意味がわからない。
「李依のご両親ってどんな人なんだ?」
私の手を握り、和家さんが聞いてくる。
「普通の人ですよ。
父は普通の会社員ですし、母もパートです」
だから私のでき婚以上に、相手がこんなセレブだなんて知ったら、気絶しかねない。
「そうか。
も、もし、ハワイ離婚して弱っている娘につけ込んで孕ませるなんてとか、言われたらどうしよう」
想像しているのか、和家さんは青くなってガタガタ震えている。
この人でも結婚相手の親に会うのは怖いのだと意外だった。
「大丈夫ですよ、私こそ旦那と別れた直後にそんなふしだらなってち、父に……」
今度は私が、みるみる血の気を失っていく。
……怒鳴られる。
確実に怒鳴られる。
ううっ、今すぐこの新幹線を止めたい……。
「大丈夫だ。
僕がきちんと説明をする」
私を力づけるようにきゅっと、和家さんの手に力が入った。
「いえ。
これは私の問題なので、私がちゃんと説明します」
あの夜、それを和家さんに許したのは私なのだから、私の責任だ。
彼に負わせるわけにはいかない。
「そういう李依、格好よくて惚れ直す」
ふふっとおかしそうに彼が笑い、頬が熱くなっていった。
「けれど僕にも説明させてくれ。
李依ひとりに守られているだけだなんて、格好悪すぎるだろ」
ちゅっと和家さんの唇が私の頬に触れる。
「でも……」
これは私の問題。
私だけの問題だ。
和家さんに迷惑をかけるわけには。
「ひとりで背負わない。
子供はひとりで作れるものじゃないだろ?」
軽く、彼が私の額を弾く。
「僕にだって責任はある。
それにまだ籍は入れてないとはいえ、僕たちはもう夫婦だ。
だから李依の問題は僕の問題」
和家さんはそれが当たり前といった顔だが、本当にそうなんだろうか。
「なんでもかんでも自分のせいだと思わない。
それは、李依の悪いところだ」
「ふがっ!?」
黙っていたら鼻を摘ままれた。
「そういう悪いところは直そうな」
「……はい」
ヒリヒリ痛む鼻を押さえた私を、和家さんは笑って見ている。
これだけ言われても、やはりわからない。
でも悪いところと言われるのなら、そうなのかな……。
駅からはさすがに、タクシーだった。
それもチャーターした高級車だったが。
「……ただいま」
おそるおそる、実家のドアを開ける。
「おかえり。
……あら、まぁ」
出迎えてくれた母は、和家さんの顔を見てぽっと頬を赤らめた。
「はじめまして、お義母さま」
「あらあら、まあまあ。
さあさ、お上がりなって?」
さらにはこれ以上ないほどいい顔で和家さんが挨拶をしたので、母がそわそわしだす。
〝お上がりになって?〟なんて言葉遣いを母から聞いたことがない。
「おとーさん、ただいま……」
「やっと帰ってきたか。
あれから元気に……」
私に気づいて新聞から顔を上げた父は、後ろに立っている和家さんを見て言葉を途切れさせた。
「……誰だ、お前」
父の声は低く、和家さんに喧嘩を売っていた。
「その。
紹介したい人がいるって言ったでしょ?
結婚しようと思っている、和家さん」
「和家悠将と申します」
和家さんが頭を下げたが、父は憎々しげに睨んでいる。
「もう、立ったままでなんなの?
どうぞ、お座りになって」
微妙な空気をぶち壊すかのように、母の声が響いた。
しかし今はグッジョブ、お母さんだ。
父と向かい合って座る。
母もすぐにお茶を出してテーブルに着いた。
それを合図に、父が口を開く。
「ハワイでアイツと別れたと聞いたが、それからふた月ほどで別の男と結婚するとは、どういう了見だ?」
父は暗に、私が原因で別れたんじゃないかと言っている。
しかも娘が悪くないと思いたいのか、その視線は和家さんに向いていた。
「あの人と別れてホテルも追い出されて、途方に暮れていた私を助けてくれたのが和家さんなの。
だから、やましいことはなにもない」
嘘偽りはないと真っ直ぐに父を見る。
「それが事実だとして。
それでもこんなに急いで結婚なんてする必要ないだろうが。
疑ってくださいと言ってるみたいなもんだ」
父の言うとおりだけれど、私たちには早くしなければならない事情があるのだ。
それを言えば、さらに父を怒らせる。
今ですら、かろうじて怒鳴るのを抑えている状態だ。
言ったあとを考えると、怖い。
「李依。
僕から言おうか?」
なかなか答えられずにいる私の手を、そっと和家さんが握ってくれた。
それに黙って首を振る。
これは私の問題。
どれだけ言われようと、和家さんにさせるわけにはいかない。
自分の口かきちんと、話さなければ。
「お父さん、お母さん。
私、和家さんの子供を妊娠しています。
和家さんの子供を産みたいんです。
和家さんとの結婚を許してください」
精一杯の気持ちで両親へ向かって頭を下げた。
「僕からもお願いします。
李依さんと結婚させてください」
和家さんも私の隣で頭を下げる。
父と母から返事はない。
許してくれなくても、私は和家さんの子供を産む。
それだけは私の中で揺るがなかった。
「……もう一度、順を追って説明しろ」
ようやくかけられた父の言葉で頭を上げる。
その声はさっきまでとは違い、静かだった。
「はい」
きっと両親はわかってくれる。
そう信じて、私はこれまでの経緯をあらためて話した。
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