第17話

……結局。


「ご両親、許してくれてよかったな」


「そうですね」


私と手を繋ぎ、和家さんはご機嫌だ。

帰りの新幹線も車両貸し切りだった。

こういう普通じゃないところは、少しずつ慣れていくしかないのかな……。


「それにしても李依のお父さん、こ、怖かったな……」


思い出しているのかぶるぶると和家さんが震えだす。

それがおかしくてつい笑っていた。


「そうですね、私も怖かったです」


けれど、真摯に話したらちゃんとわかってくれ、祝福してくれた。

とやかく言うヤツがいたら、俺がぶっ飛ばしてやるとまで。

いい父親で私は幸せだ。


「李依のお父上もお母上もとてもいい人で、温かくて……羨ましい」


「和家、さん?」


最後、ぽつりと落とされた言葉は酷く淋しげで、気になった。


「僕に両親はいないという話はしたよな?」


「……はい」


あのとき、和家さんにとって家族の話は地雷のようだったので、触れるのはよそうと誓った。


「物心ついたときから、両親は家にいなかった。

仕事を理由にしていたが、実際はどうだったんだか」


はっ、と吐き捨てるように和家さんが笑う。


「小学校に上がる前に、両親は離婚した。

珍しく家にいるかと思えば、どっちが僕を引き取るか、僕の目の前で醜く押しつけ合っていたな」


つらい過去のはずなのに、和家さんの声はおかしそうだ。


「育ててくれた祖母に恩はあるが、最後まで心は開けなかった」


後悔かのようにふーっと重い息を吐き出し、和家さんは目を閉じて深くシートに背を預けた。

ぽつんとひとり、家にいる子供の和家さんを想像したら、悲しくなってくる。

しかもやっと両親が家にいると思ったら、目の前で自分はいらない子だと言われるだなんて。

そんな子供時代を送ったら家は嫌なところとインプットされ、帰りたくない場所になるだろう。


「……私は」


これは、私の想い。

私の決意。


「和家さんとの子供をいらない子だなんて絶対に言いません。

愛情を注いで育てます。

和家さんとも温かい家庭を築けたら、と思っています」


妊娠がわかったとき、ひとりで育てる困難には憂鬱になったが、産みたくないとは思わなかった。

和家さんとの子供だから、産みたい。


「私は和家さんが、好きなので」


ハワイでのあの日々で、私は和家さんを好きになっていた。

ただ、まだあの人に未練があって一歩が踏み出せなかっただけだ。

しかしその未練はハワイに捨ててきた。

もう私を縛るものはなにもない。


「……嬉しいな」


ゆっくりの眼鏡の奥で彼の目が開く。


「李依が僕を好きだと言ってくれるなんて」


こちらを向いた彼と視線が合った。

ゆっくりと彼の目尻が下がる。

それはとても幸せそうで、それでいて今にも泣きそうに見えた。


「こんな幸せ、あっていいのかな」


「いいんですよ」


勝手に手が伸び、彼の顔を自分の胸に押しつけた。


「私はこの子も、和家さんもひとりにしたりしません。

私の全部で愛して、幸せにするって誓います」


「李依……」


和家さんの身体は、心細そうに震えている。

ずっとひとりで淋しかった和家さん。

きっとそれを、口にすらできなかった。


「李依が僕を幸せにしてくれるように、僕が李依を、李依と子供を幸せにすると誓うよ」


顔を上げた和家さんの目尻には、僅かに涙が光っている。

そんなあなたが――酷く愛おしい。


「……はい」


私の頬に彼の手が触れ、唇が重なる。

今ばかりは車両貸し切りでよかった。

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