第5話

朝食……というよりもブランチに彼が連れてきてくれたのは、パンケーキのお店だった。


「遠慮はしなくていい。

好きなのを頼め」


「ありがとうございます」


渡されたメニューを開き、どれにするか決める。

店員を呼んで彼は注文をしてくれた。


李依りえはここに何日いる予定なんだ?」


「え?」


つい、まじまじと彼の顔を見ていた。

まだ私、彼に名乗っていないはず。


「なんで、名前」


「パスポートを見た」


ああ、そーですね……。

ちなみにまだパスポートと財布は返してもらえていない。


「だいたい、どうやって部屋に入ったんですか?」


「ん?

ちょっとな」


なんて彼はウィンクしてみせたが……まさか、ピッキング?

いや、あんな高級ホテルの鍵がそんなので開くほどちゃちなわけがないか。


「それで、李依は何日いるんだ?」


「ハワイに六日間滞在の予定だったので、……あと五日ですね」


「わかった」


彼は頷いているが、彼の予定はどうなんだろう。

帰りの飛行機の都合などあるはず。


「……えっと」


尋ねかけて、止まる。

そういえばまだ、名前も聞いていない。


「その。

……あなたの、お名前は?」


「僕の、名前?」


不思議そうに彼が、眼鏡の下でぱちぱちと何度かまばたきをする。


「そうだった、まだ名乗ってなかったな」


くすくすとおかしそうに笑いながら彼は手を差し出してきた。


「僕は和家わけ

和家悠将ゆうすけだ。

よろしく、初見はつみ李依さん」


「短い間ですが、よろしくお願いします」


その手を笑って握り返した。


名前を聞いたところで、頼んだ料理が出てくる。


「食べようか」


「そうですね」


促されてナイフとフォークを取った。

ベリーがたっぷりのったパンケーキは美味しそうだ。


「和家さんはお仕事でいらしてるんですか?」


「仕事と言えば仕事だな」


悪戯っぽく彼は言うが、それで信じろだなんて難しい。


「こちらにはいつまで滞在予定なんですか?」


「特に決めてない」


「お仕事はなにをしてらっしゃるんですか?」


「んー、内緒」


とか言われて安心できるわけがない。


「あのー、……カタギの方、……ですよね?」


仕事は謎、それでいてきっとかなりのお金持ち。

まともな職業な人間だとは思えない。


「誓って、やましい仕事はしていない。

人よりちょーっと、稼いでいるだけだ」


なんでもない顔をして和家さんは言うが、……ちょーっと、ね。

ちょっとでリムジンを乗り回し、私を高級ホテルのスイートに連泊させられるとは思えない。


「わかりました、これ以上聞きません」


これ以上、詮索するのはやめよう。

この人を頼って、一時の夢をみる。

それでいい。


「うん、そうしてくれると嬉しい」


これでこの話はおしまい。

あとは美味しいパンケーキを堪能した。


朝食のあとはショッピングセンターへ連れていかれた。


「あのー」


「李依の服を買うって言っただろ?」


私の手を引き、和家さんは歩いていく。

適当な店で足を止めて、中へと連れ込まれた。


「そんな、服なんて買ってもらえません」


「まだ遠慮するんだ?」


服を選んでいた手を止め、彼が振り返る。


「李依は本当に可愛いな!」


「えっ、あっ!」


いきなり抱き締められて、どぎまぎしてしまう。


「よし、この店買い占めるか」


和家さんはご機嫌だが、私はなんかまた彼のスイッチを押してしまったのかな?


「さすがに店買い占めは……」


「そうか?」


彼は怪訝そうだが、もしかしていつもそういう買い方をしているんだろうか……?

店買い物は押し留め、服を選ぶ。


「これとかどうですか……?」


私の好きな、シンプルなAラインワンピースを身体に合わせてみせる。


「とりあえず試着してみろ」


「そうですね」


店員に断り、それを着て和家さんの前に出る。


「どう、ですか……?」


「んー」


しかし彼の表情は思わしくない。

それはそうだろう、自分でもいまいちだなと思っていた。


「これ。

足してみろ」


「あ、……はい」


少し考えた彼から渡されたベルトをウェストに巻く。


「うん、よくなった」


満足げに彼が頷き、あらためて鏡を見た。

確かに、さっきまでよりもメリハリが出てずっといい。


「ああいうのは悪くないんだが、李依は身体のラインが綺麗だから、出るようにしたほうがいい。

このベルト一本でこんなに違う」


私の肩に手を置き、鏡越しに和家さんが見つめている。


「……綺麗なんかじゃありません」


体型はずっとコンプレックスだった。

胸ばかり大きくて、あとは貧相。

だからいつも、大きめの服で隠していた。


「綺麗だよ。

僕は嘘をつかない」


その手が私の顔にかかり、横を向かせる。

彼の顔が近づいてきて……。


「……キスはダメです」


「それは残念」


私の手に阻まれたのに、彼はふざけるように言って素直に離れた。

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