第9話 見えざる双剣士① 突然の依頼

陽も沈みかけた頃、ルミエラの街では賑やかな祭りが行われていた。


楽器隊が奏でる音楽とともに、酒を楽しむ人々の姿が見えた。


「一体、何のつもりだ。愚民どもは」


ルミエラの中央にそびえる城、その上層から街を見下ろす男がいた。


ルドガー…フォルスラン。ルミエラ周辺の地域を治めるフォルスラン家の当主である。


「どうやら、ルドガー様が放置していた魔物が討伐されてしまったようで。その祝祭のようです」


「なに!? あれが討伐されただと!? 一体だれが……」


「それがですね。教会に住む青年という話です」


ルドガーの隣には、宝石で飾られた衣装を纏い、贅沢に肥えた体格の商人が立っていた。


「教会……。教会と言えば、あの生意気な聖職者の女もいるのであったな……」


「あの魔物が周辺をうろつけば、愚民どもは商売どころではないはずだった」


「納税の期日を迎えた後に、我らフォルスランの兵で討伐する段取りであった」


「他の領地に、このフォルスラン家の力を示す良い機会であったというのに!」


ルドガーは憤りを抑えきれず、拳を強く握りしめる。


「あの魔物も、大した事なかったのですかね?」


「まぁ良い。どちらにしろ、この期間で納税ノルマを達成することは不可能だ」


「ルドガー様。私が調べたところ、現時点で既に達してしまっているようです。このまま期日を迎えてしまうと厄介です」


「馬鹿な!?」


「大商人ミストが絡んでいるようですね。あの男は、油断なりませんよ、ルドガー様」


「同じ商人である貴様が! なぜ途中で気づかなかったのだ!」


「ミストは、巧妙で影のような男です。私としても邪魔なので排除はしたいのですがね」


「貴様の財力と人脈があれば、暗殺もできたのではないのか!?」


「無理です。私の身が危うくなります」


即答する商人に、ルドガーは息をのんだ。


「ミストはでたらめな商人です。野心のある豪商にとっては、障害でしかないでしょう」


「過去に何人もいたのです。あの男を排除しようとした豪商は」


「そして一人残らず返り討ちにあっております」


その言葉を聞くと、ルドガーの顔は青ざめていった。


「正体も実力も何も掴めておりません。まさに、掴みどころのない男、というわけです」


「くそ! これでは役立たずの愚民を排除し、不愉快な聖職者の女を屈服させる計画も台無しではないか!」


ルドガーの言葉に、商人は冷静に返す。


「ルドガー様。いくらミストとは言え、街全体は守れないでしょうね」


「……………」


しばらくの沈黙の後、ルドガーの顔に不気味な笑みが浮かんだ。


「では、ルドガー様。私は、大事な大事な商談がありますので、これで失礼します」


そう言うと商人は、暗い廊下へと消えるように去っていった。


「ふふふ……。便利屋キンゴル、貴様は頼りにしているぞ」






翌日、ルミエラの周辺は青空に雲ひとつなく、照り返しが目に痛いほど、よく晴れていた。


「ふぅ。暑いな……」


ルカは、街近くの丘で剣を振っていた。ただただ強くなりたい一心で、鋭く、疾く、敵を倒すイメージを身体に刻んでいる。


「アラクネ……どうすればあいつに剣で勝てた?」


ルカは、二日前のアラクネとの戦闘を思い返しながら、剣を振り下ろし、突き、横に払う。しかし、どれも手応えを感じない。


「駄目か……。魔法が使えればな……」


君のマナには限りがある――――。


ノエルの言葉が、頭をよぎる。


「俺はもう魔法に頼ろうとしてるのか! 頭を冷やせ!」


「……ふぅ。ノエルとの約束だ。魔法は使わねぇ。剣で勝つ!」


その時、不意に声がかかった。


「なかなか筋がいいね! 君!」


ルカは驚いて一瞬身を固めたが、すぐに剣を構え直し、声の主を探した。


「でも、全身の使い方がイマイチかなぁ。あと動きが硬いね!」


ルカの目の前には誰もいない。しかし、声の主がどこかにいることは確かだった。


「ただ、戦闘をイメージした動きは凄くリアルだったよ! 本当に敵と戦ってるみたいだった! 自分より大きい敵を想像してたのかな?」


「誰もいない……。が、絶対にそこに誰かいる」


これがもし敵の奇襲だとしたら――――。ルカは深く集中を始める。


目を鋭く尖らし目の前に全神経を注いだ。


すると、視界に映る岩の正面に、微かに気配を感じた。


ルカは、気配のする位置へ向かって無言で剣を構えた。


「あ、あれ? もうバレた!? 待って待って!」


そう言うと、声の主は徐々に姿を現していく。


「あたしの腕もまだまだだなぁ……」


ルカの目の前には、二本の剣を腰に差した女性が立っていた。


桃色の長い髪を一つにまとめて、後ろで高く結い上げている。そして、太陽のような明るい表情が特徴的だった。


「探したよ! 君が、街を救った剣士のルカ君だね!」


「ええと……どちら様だ……?」


「あたしはスズ! 双剣士だよ!」


「あぁ……。俺はルカ、剣士だ。初めましてだな」


「これでもルミエラに住んでるんだけどなぁ。それよりさ、ルカ君に手伝ってほしいことがあるんだ」


そう言うとスズは、依頼票を取り出してルカに見せてきた。


「スケルトンウォーリアーを討伐! 近くのダンジョンだから夜には帰ってこれると思うんだよねぇ」


「討伐か。スケルトンウォーリアーなら二人でなんとかなりそうだな。ちょっと待っててくれ。ノエルに一言伝えてくる」


「ノエルちゃん? ノエルちゃんならそろそろ来るんじゃないかな」


スズは、ノエルを既に知っているようだった。


「そうなのか? ってかノエルとは知り合いなのか」


「いやいや。ルカ君に会いに、さっき教会までいった時に初めて会ったんだよ」


「ルカ君に手伝ってほしいって伝えたら、ノエルちゃんもくるって」


「でも手伝うならノエルだけでも良かったんじゃないのか? 双剣士と聖職者ならバランス良いだろ」


スズは頬を膨らませた後、ルカに笑顔を向けた。


「ルカ君は乙女心をわかってないなぁ。あたしはルカ君に会いに教会までいったんだよ?」


一瞬困惑したルカだったが、すぐに視線を逸らし、肩をすくめた。


「まぁ、もっと爽やかで男前な人をイメージしてはいたんだけどね」


「でも君みたいなミステリアスな感じも悪くないかも」


ルカの表情は、照れくささと疑問が入り混じり、どこか気乗りしない様子がにじみ出ていた。


「二人でなにしてんの」


突然声をかけられたので振り向くと、ノエルが無表情で立っていた。


「ノ、ノエル! 助かった!」


「ルカ、嬉しそうだったけど」


「そんなわけねぇだろ! お、おい。ノエル、なんか不機嫌じゃないか……?」


「別に」


ノエルは無表情のまま、ルカから顔をそらした。


少し気まずそうな二人を気にも留めずに、スズは明るく掛け声をあげた。


「よし! それじゃあ討伐に向かおう! 二人とも頼りにしてるよ!」






しばらく三人で歩くと、スズが古い遺跡の前で足を止めた。どうやら目的地に到着したようだ。


「やっぱり今回も無報酬でスズを手伝うんだな……」


「そうだよ、ルカ。一日一善は継続が大事なんだよ」


ふふん、とノエルは誇らしげに言った。


「はは。あたしは山分けでいいって言ったんだけどね」


いつものことだ、とルカはため息をつくと、気を取り直して遺跡の外観を眺めた。


「なぁ、ノエル。近隣のダンジョンってギルドが管理してるんだったよな?」


「そうだよ。ここのダンジョンは最近魔物が活発化してるみたいだから、荒れる前に手を打っておきたいってことだろうね。ダンジョンが荒れたら、客足も遠のくだろうし」


「そういうことか。でも活発になってるんだったら原因があるのかもな。一応気をつけていこうぜ」


ルカは慎重に言ったが、スズはその言葉ににんまりと笑う。


「ルカ君、なんか頼りになるって感じだね! ルカ君に頼んでよかったなぁ」


その褒め言葉にルカは苦笑いで返す。


「とりあえず中に入ってみよう! ルカ君は片手剣士なんだよね? そしたら正面からの戦闘は任せていいかな?」


「あぁ。盾は持ってるわけじゃないから得意って感じでもないけど、慣れてるからいいぜ」


ルカは承諾すると先頭を歩き始めた。二人もルカの後に続いて歩く。


「ルカ君、助かるよ。あたしは奇襲向きだからさ」


スズが嬉しそうに言いながら、ノエルに目を向けた。


「ノエルちゃんは対アンデッドの魔法とか使えたりするの?」


「私はヒールしか使えないよ」


「そうなの? なんか強そうな聖職者に見えるから意外だね」


ノエルは実際に教団の聖職者ではある。そのため、高尚な雰囲気は確かに纏っていた。


「そしたら、あたしが後ろでノエルちゃん守ってたほうがいい?」


「大丈夫だ。ノエルは、こういう探索にかなり慣れてる」


ルカが、ノエルのことを信用しているのがよくわかる力強い一言だった。


「ふぅん。信頼してるんだね」


スズが、ルカをちらっと見ながら小さい声で言う。


と、そんな会話をしてるうちに、目の前の暗がりから何かが軋む音が聞こえた。


何かがいる、とスズは反射的に身構える。


遺跡内は薄暗く視界が悪いが、夜目がきくルカには奥にいるそれがよく見えていた。


重厚な鎧をまとい、頑強な大盾を構える骸骨のような姿が、静かにこちらを睨んでいる。


「スケルトンウォーリアー……なのか?」


ルカは顔をしかめながら、目を尖らせて睨み続ける。


よく目を凝らすと、その奥にも何体も同じような魔物がいることに気づいた。


「ねぇ! ルカ君! 何が見えてるの!?」


「スケルトンウォーリアーじゃない!」


ルカが叫ぶと、暗闇の中からそれらが姿を見せるように近づいてきた。


「スケルトンナイト。ウォーリアーより少し厄介な奴だね」


「これじゃ依頼内容と違うじゃん! いったん逃げようよ!」


ノエルが冷静に敵を観察していると、スズは撤退を提案した。


「たしかに。あの数は骨が折れそうだし、それが賢明かもな」


「けど、次の討伐隊がくるまでに被害が出るかもしれない。だろ?」


「俺は逃げないぞ。逃げてばっかじゃ強くなれないからな」


ノエルは、ルカが撤退に賛同すると思っていた。しかし、その意外な答えにノエルは少し驚くようにルカを見る。


たとえ僅かでもあってもルカが確実に成長していることに、ノエルは小さく微笑んだ。


「それじゃ、がんばろっか。後ろは注意しておくから、正面に集中していいよ」


「うぅ、わかったよ……。言い出しっぺのあたしも気合い入れないとね!」


スズも覚悟を決めたように構える。


「二人とも、くるぞ!」


スケルトンナイトの群れがじりじりと距離を詰めてくる。動きは鈍いが、集団での陣形はルカたちを包囲しつつあった。


最初に仕掛けたのはルカだった。踏み込みの姿勢から強く地面を蹴ると、素早く接近した。先頭の敵の頭をめがけて、ルカの突きが放たれる。


「……! くそ!」


しかし、それは大盾によって防がれてしまった。

盾はスケルトンの全身を覆うほどの大きさで、ルカの攻撃は届かない。


続けてルカは剣を振るが、そのすべてが敵の本体に届かずにいた。ルカは一度距離を取り直すと、息を整えた。


「ルカ君! そのまま引き付けといて!」


スズが双剣を構えながら、ルカの後ろを走り出す。スズは、振り返ったルカと目が合うと、得意げに笑った。


「正面からでも奇襲できるってとこ、見せてあげるね」


次の瞬間、スズの姿が消えた。と、同時にルカの正面にいたスケルトンが突然倒れこんだ。


「今、何をしたんだ?」


ルカは、呆気にとられていた。


ノエルも、驚いた様子で倒れたスケルトンを眺めている。


「どうだった? あたしもなかなか戦えるでしょ?」


地面に伏している敵の後ろにはスズが立っていた。そして、二人に満面の笑みを向けた。

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