第10話 見えざる双剣士② 盾を破る剣
古い遺跡の中は薄暗く、視界が悪かった。
それでもルカが、近くにいたスズの動きを見逃すことはなかったはずだ。
しかし、ルカにはスズが何をしたのかわからなかった。
「おーい! ルカ君、かなり驚かせちゃったみたいだけど、まだまだ敵はいるんだからね!」
現在、ルカとノエル、そしてスズはスケルトンナイトの群れに出くわしていた。
「よし、息も整ってきた。ルカ君、もう一度おねがい!」
後方へ戻ってきたスズに声をかけられ、ルカは剣を構えなおす。
ルカの役目は敵を引きつけることだ。それでも、心の中では敵の大盾を攻略したい気持ちがあった。
大盾に完全に全身を隠しながら近づいてくる敵。ルカは険しい顔をしながら、その突破口を探ろうとしている。
そんな様子に気づいたスズが、
「なんだか困ってるみたいだから、あたしから1つアドバイスしてあげよう!」
そう言って、ルカの近くに寄ってきた。
「ルカ君は、前進型な戦闘スタイルだよね。けど、それは受けの姿勢をとる相手には相性が悪いんだ」
「そういった相手は、ルカ君の攻撃後の隙を狙ってくるんだよね」
ルカは、アラクネとの戦闘を思い出す。
「なるほどな。ありがとう、スズ」
そう言って、ルカは先頭のスケルトンナイトへ剣を構えながら、ゆっくりと距離を詰めていった。
「あ! まだ途中なんだけど! ……まぁいっか」
フライング気味のルカにスズは笑う。
徐々に距離を縮めてくるルカを察したのか、スケルトンナイトの群れは陣形を変えるような動きをとり始めた。
やがて敵は、お互いの隙間を埋めた状態で横一列に並んだ。
「うわぁ……。あれだとルカ君は横をとれないね」
スズが苦笑いを浮かべる中、ノエルはただ静かにルカを見守っている。
攻撃が届きそうな距離までルカが接近した時、敵は一斉に大盾を前に構えた。
まるで一枚の壁のようだ。
それでもルカは気にする様子もなく、剣を握った腕を頭上に高く上げた。
単純な攻撃では、あの盾を突破できない。スズは心配そうにルカの姿を見ていた。
次の瞬間、ルカは意外な行動をとる。
ルカは、おもむろに空いている手で敵の大盾を掴んだ。
そしてそのまま、敵から盾を引きはがすように、掴んだ腕を力任せに強く横に振り払ったのだ。
予想外の動きに対応できなかったスケルトンナイトは大きく体勢を崩してしまった。
その隙を逃さず、敵の晒された首元に向けてルカは渾身の力で剣を握った腕を振り下ろした。
頭部を失ったスケルトンナイトは、ガシャンと音をたてながらその場に崩れ落ちた。
しばらく呆気にとられていたスズだったが、しばらくして大きな声で笑い始めた。
「ルカが一人でスケルトンナイトを倒せるようになるなんてね。ありがとう、スズ」
ノエルは嬉しそうにスズに礼を言う。
「ははは! 滅茶苦茶だよ、まったく。 あたしは攻撃を誘えって意味で言ったんだけどなぁ」
スズは楽しそうに笑い続けている。そして、気が済むとルカを見つめて言った。
「やっぱりルカ君はセンスあると思うよ」
しばらく戦闘は続いたが、ルカとスズは連携をとりながらスケルトンナイトの群れを倒し終えた。ノエルが、敵の状況を逐一伝えてくれていたので二人とも動きやすかったのだろう。
ルカもスズも戦闘を終え、一息つくように地面に座り込んでいる。
「二人とも、おつかれさま。がんばったね」
ノエルは優しく声をかけると、軽傷を負った二人にヒールを唱えた。
「いやぁ、スケルトンナイトの群れが出るなんてね……。一時はどうなるかと思ったけど、ルカ君のおかげでなんとかなったよぉ」
「いや、俺はほとんど敵を引きつけてただけだ」
二人にヒールをかけ終えたノエルは、立ち上がると遺跡の奥に視線を向けた。
「スケルトンナイトの出現は、きっとギルドも想定外だよ。でも、この先に原因となるものがあるんだろうね」
「もしくは、原因となるものがいる、だな」
ルカたちは遺跡の奥へと進んだ。道中はノエルが先導してくれていたおかげで、余計な戦闘にはならずに済んでいた。
しばらく進むと、広い部屋にたどり着いた。奥には巨大な扉が見える。
ノエルはこの部屋が気になると言い、少し外から観察してみることにした。
「ノエルちゃん、あの扉かなり怪しいんじゃない? なんかお宝とかあったりしてね!」
呑気に部屋を進もうとするスズだったが、
「あ、スズ。それ以上進むと危ないかも」
ノエルが静止するように言った。だが、少し遅かったようだ。
スズが床に足を踏み入れたと同時に、壁に掛かった松明は消え、あたりは完全な闇に包まれた。
「え!? ちょ! 何が起こったの!?」
スズは突然の暗闇に慌てふためいている。
「スズ、落ち着け。魔物が寄ってくるぞ」
「なんでルカ君はそんな冷静なの!?」
「俺は暗闇でも見えるからな……」
「そ、そうだったね……」
するとスズは、先程から反応のないノエルのことが心配になった。
「ノエルちゃんは!? ねぇ! 大丈夫!?」
「スズ、落ち着いて。魔物が寄ってきちゃう」
「なんでノエルちゃんもそんな冷静なの!? ルカ君みたいに見えてるわけじゃないのに……」
「ふふ。 スズ、私の声の方を見てみるといいよ」
スズは、ノエルの声の方へ顔を向けた。
すると、微かに薄っすらとノエルが翠色の光に包まれていた。
「なんかヒールって意外に発光するみたい」
「綺麗だな」
「ノエルちゃん、ヒールで遊ばないで……」
スズは呆れて肩を落とす。
すると、ルカが急に真剣な声で話した。
「扉の前にいるやつ。あいつは本当に刺激しないほうがいいかもな」
「ルカ、どんなのがいるの?」
「スケルトンが扉にもたれ掛かってる。けど、スケルトンナイトの何倍も大きいぜ。あとは、高そうな鎧を着けてる。なんかデカい剣を抱えてるな」
ルカは、暗闇の中を凝視しながら、特徴をノエルに伝えていた。
そして、それを聞いてノエルも真剣な声色に変わった。
「ありえないよ。そいつは、こんなところにいて良いような魔物じゃない」
スズは、ノエルの言葉に驚いたものの、その正体がわからないまま恐怖を感じている様子だった。
「ノエル、あれが問題の原因だとしても起こさないほうがいいのか?」
「そうだとしても、今の私たちは戦わないほうがいい相手だよ」
「そしたら静かに退くぞ。俺が先導す――」
撤退のために、来た道を戻ろうと振り返ったルカは、言葉を失った。
「スズ、ビビるだろうけど、声を上げずに静かに聞いてくれ」
スズは、両手で口元を覆いながら頷いた。
「来た道が壁で閉ざされてる。まずいな」
撤退の道を閉ざされた状況でも、ノエルは皆を不安にさせないよう状況の観察と整理を始めた。
「床を踏むと、暗闇の中で強制戦闘になるトラップみたいだね。なんでこんな仕掛けがあったんだろう」
「ノ、ノエルちゃん。もしかして、そのスケルトンを倒さないといけない感じ……?」
「多分そうかもね。スズ、戦えそう?」
「そ、そろそろ気合い入れないとだね。ほとんど見えないけど、少し目も慣れてきたし」
その時、スケルトンの目が青白く光り始めた。
そして、軋むような音を立てて徐々に体を起こしていった。
「立ち上がるとデカいのがよくわかるな……。ノエル、こいつは一体何なんだ?」
全長は5メートル以上あるであろうスケルトンは、豪華なマントが着いた鎧をまとい、右手に背丈ほどの大剣を握っている。
「スケルトンキング。……『魔物としてのスケルトン』なら多分一番強いよ」
「そ、そうかよ……。でもサーペントやアラクネほどじゃないだろ!」
ルカは、腹をくくったように剣を抜くと、スケルトンキングに向けて構えた。
ルカに続くように、スズも戦闘態勢に入る。
「けど、このデカさ……。どこをどう狙えばいいんだろうな……」
スケルトンキングも同じく戦闘態勢に入っており、両手で大剣を構えている。その巨体のどこに急所があるのかと、ルカは探していた。
ルカが攻めあぐねていると、スズはおもむろに一歩前進して言った。
「ルカ君。あたしが突破口を見つけてくるよ」
「お、おい! スズ!」
「ノエルちゃんも。何かわかったらルカ君に教えてあげてね」
ノエルは、わかった、と静かに頷いた。
「ルカ君には二度見せてるけど、もう一度見せてあげるよ。あたしの戦い方」
そう言うとスズは、大きく深呼吸をした。
「ルカ君、あたしは呼吸を止めてる間だけ――」
「姿を消せるんだよ」
次の瞬間、スズの姿がその場から消えた。
ルカがスズを探すようにあたりを見回していると、スケルトンキングが大剣で何かを受け止めていた。そして、その何かを弾くように剣を振り払うと、そこには空中を跳んだスズの姿があった。
「ッ! 呼吸が続かないと解除されちゃうんだけど、ね!」
スズはそのまま地面で受け身をとり、改めて構え直す。
もう1度深呼吸をすると、すかさず姿を消す。
突然、スケルトンキングの足がぐらついた。
足元では、スズが敵の右膝の裏に剣を突き刺していた。
「……ッ! 硬いなぁ! もう!」
スズは声を荒げると、もう一本の剣も同じ部位に力強く突いた。
ガガッと岩でも斬っているかのような鈍い音が響く。何事もないようにスケルトンキングは、スズを目掛けて大剣を振り下ろす。
慌てて後方へ退いたスズは、再び呼吸を整える。
「……ふぅ。姿勢でも崩せたら良かったんだけど、全然効いてないみたいだねぇ」
一呼吸おいた後、スズはまた消える。
「くそ……! このまま続けてても先にスズの息が上がっちまう!」
その時、ノエルが冷静にルカに声をかけた。
「ルカ、よく聞いて。スケルトンキングの弱点を伝えるから」
「ノエル!お前まさか、あんなのと戦ったことあるのか!?」
「あるよ。でも私じゃ戦闘は役に立てない。だからルカに手伝ってほしいんだ」
ルカは、傷をつけられずとも果敢に攻め続けているスズを見て、苦し気に顔をしかめる。
「わかった! なんでも言ってくれ!」
ルカの力強い返事にノエルは一瞬だけ微笑んだが、すぐに真剣な眼差しでに戻る。
「スケルトンキングの……マナの心臓を破壊してほしいんだ」
ノエルは、普段あまり見せないような勇ましい表情でルカを見つめていた。その灰色の瞳は、まるで強い意志が宿っているかのように、清らかな輝きで満ちていた。
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