第8話 真紅の焔③ 嵐が去ったあと

アラクネとの戦いから一夜が明けた。


ルカとノエルは、馬車が襲撃されたと聞く街道まで足を運んでいた。


ノエルの提案で、犠牲者たちに花を手向け、せめて祈りを捧げたいという思いからだった。ルカは、彼女が無事だったことに安堵してはいたが、それでも他の犠牲者たちの存在には胸を痛めていた。


ルカは、馬車に白装束の聖職者が乗っていたと聞き、ノエルが巻き込まれたのではと早とちりしていたことをノエルに話していた。


教団の聖職者はみんな白装束だよ、とノエルは教えてくれた。


それにノエルは、帰りは馬車を使わず一人徒歩で街へ戻ってきたのだという。そのへんは、さすが過去に旅をしていただけある、とルカは納得した。


それでも、ルカが一人で強力な魔物を退けたのはすごいと、ノエルは自分のことのように誇らしげだった。


「その魔物も目撃されなくなったみたいだな。なんか俺が討伐したみたいなことになっちまったけど」


「きっとルカの魔法が効いて、逃げる道中に力尽きたんだよ」


少し困惑気味のルカを、ノエルは褒めたたえたが、何か考え込む様子で続ける。


「と、言いたいところなんだけど。私は逃げ切ったんじゃないかって思うんだけどなぁ」


ノエルは、何か考え込むように口を開いた。


「聞いた感じだと、そのアラクネは魔物というより魔族だと思うんだ」


「魔族は、魔物よりも遥かに力も知能も高いはずだからね。魔王軍の主要な戦力は、すべて魔族で構成されてるんだよ。そいつがやられたってなると……」


「俺の魔法が、想像以上に強力だったって可能性もあるのか?」


「それもあるかもしれないけど、あるいは――」


「アラクネよりずっと強い存在に道中出くわしてしまったか」


しばらく二人の間に沈黙が流れる。そよ風が、ルカが持つ花束をやさしく揺らしていた。


「まぁそうだとしたら敵とは言え、不運だったかもな」


ルカは、あんな目に遭ったにも関わらず、どこかアラクネに対して同情的な口調で言った。


「そんなふうに思えるんだね」


ノエルは、小さくクスッと笑う。


「アラクネは許す気はないけどな。まぁ魔物にでも同情するときは同情するぜ」


「人間でも、あの当主みたいなクズ野郎もいるしな」


「ふーん。種族に捉われないんだ。面白いね、ルカは」


「なんだよ。そんな変なことか?」


二人は軽口を交わしながら、馬車が襲われた跡地に到着した。ノエルは花を手向け、祈りの言葉を静かに呟く。その光景をルカは見守っていた。


用事を済ませた後、二人は教会へ戻ろうと街道を歩き出した。


後方から馬車が来ることに気づいたので、ルカがノエルに声をかけると、二人は端に寄るように歩く。


馬車が、二人の隣を通り過ぎようとしたとき。


「おやぁ。ルカ殿。ノエル殿。ご機嫌いかがでしょうか」


「あぁ。行商人かと思ったら、ミストか」


馬車から声をかけてきたのは、ミストだった。彼はルカとノエルの知り合いで、いつものように飄々とした口調で話しかけてきた。


「左様ッ! 一介の行商人、ミストでございます!! お二方は街まで行くのですか? よろしければ、荷台に乗っていかれます?」


「お、いいのか?」


「それじゃ、お言葉に甘えようか、ルカ」


ミストのご好意で二人は荷台へ乗り込むと、腰掛けに座り足を休ませた。ミストの馬車は穏やかに進んでいく。


「そういえば、ミスト。街の発展の話だけど、かなりいい感じだってみんな言ってたぞ」


「それはそうでしょうねぇ。私の商才があれば、あの程度のことは容易いことです」


「もうあれから15日くらい経つし、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないか? 一体なにやったんだよ」


「ふふふ。仕方ないお方ですねぇルカ殿は。良いでしょう! 私の完璧なルミエラ発展計画をお聞かせしましょうとも!」


ミストは嬉しそうに話を続けた。


「ルカ殿。ルミエラの近隣には、実はダンジョンが多く存在することをご存じでしたか?」


「私は、そのすべてのダンジョンに知り合いの腕の立つ冒険者を派遣いたしました。内部のマッピング、生態系の記録、宝箱の出現頻度を調査させ、それらの情報をギルドに提供したのですよ! 冒険者にとっては、よりカジュアルな探索を可能となりました。」


「最近では、戦闘ができない者でも護衛を雇って見物を楽しむ、なんてお客様もいるそうですねぇ」


ルカは、最初は興味を示し聞いていたが、やたらと具体的で現実的な話に苦手意識を感じ始めていた。


「な、なるほどな……。そういう話は、あんま得意じゃないな……」


「ふぅむ。まだまだ、お話ししたい改善策はあるのですがねぇ。まぁルカ殿がそうおっしゃるのでしたら、これくらいにしておきましょうか」


少し物足りなさそうに、ミストは肩を落とす。


「周辺との往来もかなり増えておりますし、商店も体制を整えておりますので、問題なく繁盛しているそうですよ。ノエル殿」


ノエルはそれを聞いて、少し安心した様子だった。


「フォルスラン家が、かつての由緒正しい騎士団のままでしたら、それも良い客引きにもなったんですがねぇ」


「やっぱりお二方で城を――」


「攻めないぞ」


ミストがおどけたように軽口をたたくと、ルカはすかさず突っ込む。


もはや定番のやりとりだ。


「そうでした! お二方、本日の街の祭りには参加されるのですよね?」


「なんだそれ? 初耳だぞ」


「そういえばなんか街の人たちが準備してたね。ルカは教会からあんまり出ないから知らないかもだけど」


「別に引きこもってないぞ」


ノエルは、ルカをからかいながら楽しそうに笑う。


「実はですねぇ。街の方たちの納税ノルマは、現時点で、ほとんど達成されているんです」


「そして、最も不安の種だった魔物も、ルカ殿が討伐なされた!」


「撃退しただけだぞ」


「まぁまぁ。それで街では、一層の商売繁盛と凄腕剣士ルカの活躍を盛大に祝おうと言うわけです!」


「剣は手も足もでなかったぞ」


「なのでぇ。あなたが主役でもあるんですよ、ルカ殿」


突然の主役宣言に、ルカは面倒そうに顔をひきつらせた。





街に到着すると、たしかに祭りの準備が進められているようだった。


大通りは華やかに飾り付けられ、商店が店前に露店をだしている。楽器隊が広場に集まって準備を進めていた。


「では、お二方。私は別の商談がありますので、このへんで失礼いたしますねぇ」


ルカとノエルは、ミストと別れた後、しばらく街を見て回った。


街全体がこんな楽しそうなのも久しぶりだね、とノエルは嬉しそうだった。


「お! ルカとノエルじゃねぇか!」


二人に声をかけてきたのは、ギルドによく入り浸っている男だった。まだ祭りも始まっていないのに既に片手には酒瓶が握られている。


「ルカぁ! 魔物をやっちまったんだってなぁ! 俺はお前ができるやつだと思ってたぜ!」


「ぎりぎりで追い払えただけだって」


「まぁいいじゃねぇか! あれから目撃されてないみたいだしよぉ!」


既に酔いがまわっている男は、ルカの肩に腕をかけながら陽気に大笑いした。


「そうだ! 二人とも俺の店にも顔出してくれよな。サービスするぜ!」


「装飾品の店だっけか? てか、酒飲んでていいのかよ、店は……」


「心配ないぜ。ウチのかみさんが見ててくれてるからな」


ルカは思い出す。たしか美人で愛想の良い女性と結婚してたんだっけか。装飾品を作る腕は確かだが、それにしてもこんな男にはもったいないくらいだ。


「お前……あんな良くできた人、なかなかいないぞ。もっと大事にしてやれよ」


「なんだよルカぁ。生意気言いやがってよぉ。その言葉、そっくりそのまま返すぜ」


は? と、ルカは何のことかわからない顔をしていたが、男はニヤつきながら口を開く。


「ノエルちゃんほどのいい子、お前はこの先絶対に出会えないぞ」


「は、はぁ? 余計なお世話だ」


「誰にでも優しく、教会も一人で切り盛りできる器量。おまけに、なかなかのべっぴんさんだしな」


そう言い終えると、男はルカを見ながら、ため息混じりに続けた。


「ルカ。お前こそ、その子を大事にしてやれよ。じゃないと……捨てられちまうぜ?」


男は笑いながらルカの背中を叩く。ルカをからかうのを楽しんでるようだ。


「う、うるせーな……」


「いいや、ルカ。これは大切なことだぞ。それこそ、将来一緒になりたいならな」


男はキメ顔でそう言ったが、ルカは腕を振り払い、少し距離を取った。


「おい! いい加減にしろって!」


「ははは! この辺にしといてやるか! 今度、気が向いたらプロポーズの仕方でも教えてやるよぉ」


男は気が済んだようで、酒瓶を握った腕を振りながらギルドの方へ歩き出した。


酔っぱらいの絡みが終わり、一息つこうとしたルカだったが、


「おっと、まずは告白の仕方からだったか?」


最後に投げられた言葉にルカは固まり、男の去り際の笑い声だけが遠ざかっていった。


「んなことしねぇよ! ったく。酔っぱらいめ……」


「ふーん。してくれないの? ルカ」


不意に横から声をかけてきたノエルに、ルカは心臓が止まりそうになる。


「びっくりした……。お互いそういう感じでもないだろ……お前も迷惑だろうし」


「迷惑じゃないって言ったら、してくれるの?」


ノエルは真顔でルカの顔をじっと覗き込んだ。


「そんなつもりもねぇよ……。け、けどノエルが他の男とそうなるのは……なんか、嫌かも、な」


言葉を口にした瞬間、ルカは自分が何を言ったのか気づき、慌てた。


ノエルも、そんなルカの意外な言葉に驚いているようだった。


「いや! 忘れてくれ! 今のはナシだ! ナシ!」


ルカは焦って手を振り回すが、ノエルはくすくす笑いながら前を向き、歩き出した。


「冗談だよ。つい楽しくなっちゃった」


弱った様子のルカは、ノエルに続いて歩き出した。


「でもルカ。さっきの言葉、ちょっと嬉しかったよ」


ノエルは、振り返ってルカに微笑んだ。灰色の瞳が柔らかく美しく輝く。その優しい笑顔が、何故かとても綺麗に見えた。ルカは、しばらくの間、ノエルに魅入ってしまっていた。


動けないままのルカに、ノエルは早く行こうと促す。


「あ、あぁ」


ルカは慌ててノエルの隣に駆け寄り、二人で大通りを歩き出した。二人は、他愛のない会話をしながら、祭りが始まるのを楽しみに待った。

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