第4話 仮面の大商人② 水底に落ちる獲物

「あんたが商業区域をプロデュースするだって!?」


「えぇ。そうです。私の商才をもってすれば、この街もさらに盛り上がるでしょうねぇ」


ミストの提案にルカは驚きを隠せずにいたが、ミストは涼しげに話を続けた。


簡単に話が進んでしまいそうなこの状況に、ルカは何か裏があるのではと疑いの目を向けた。そんな彼に対し、ミストは軽く笑みを浮かべながら言葉を足した。


「ただ、お二方の頼みと言われましても、さすがにリターンのない話には商人は乗らないわけですよぉ」


「リターン?」


ルカはその言葉に眉をひそめた。


「そこで、この街の商店すべて……」


「この私のものとなっていただきたい!」


ミストは大胆な要求を口にした。


その場に静寂が訪れた。ルカとノエルは唖然とし、言葉を失っていたが、すぐにミストは誤解を解くように続けた。


「なにか勘違いされてるようですがぁ。私は、店の儲けも要りませんし、今まで通り各店主が好きにやっていただいて構いません。私も必要以上に、経営方針に対して強要することもしませんよ」


まだ疑いの目を向けていたルカだったが、ミストは構わずさらに続けた。


「この私の店、というだけで良いのです。各地に店を持ってると何かと便利なものでしてねぇ」


相変わらず捉えどころがない男だった。


「まぁ確かに大商人ミストの息がかかった店、なんてなれば、拍もつくだろうしな」


「ルカ殿。大商人は単なる噂ですよぉ。しがない一人の商人でございます。」


この正体のわからない男は、単なる謙遜なのか本音なのか、二人には当然わからなかった。


「まぁ。というわけですので、お二方のお手間はとらせません。私の方で、街の皆さんには交渉させていただきますねぇ」


なんだか随分あっけなく希望が見えてきたな、などとルカは考えていた。が、ミストは何かを思い出したように再び口を開く。


「あぁ、一つだけお二方にもお願いしてもよろしいですか?」


「街がなんとかなるなら、多少のことはがんばるよ」


ノエルは前に一歩出ると、真っ直ぐとミストを見た。よほど、街のことが心配だったようだ。


「ニンジンを採取していただけますか?」


「ニ、ニンジン? ニンジンって、あの野菜のニンジンだよね?」


ノエルはなんだか拍子抜けてしまった。


すると、ミストは自分の馬車の方を指さした。そこには2頭の馬が繋がれていた。


「あそこにいるのは我が二頭の愛馬! コロネとスフレでございます!」


「なんか響きが可愛いな」


「ルカ殿もそう思うでしょう!? いやぁ、コロネとスフレというワードがなんだかわかりませんが、天啓で降りてきたのですよ!」


「で、我が愛馬たちはグルメな一面を持っていましてねぇ。特産品ってやつを食させてやりたいのです」


「変な人のところには、変な馬がやってくるんだね」


「ノエル殿、それは私たちにとっては誉め言葉でございます」


「ところで特産品ってことは、普通のニンジンじゃないのか?」


「さすがルカ殿。察しが良い」


ミストの話では、ルミエラ近くに湖があって、その湖の中では特殊なニンジンが生えるらしい。名前をウォーターキャロットと呼び、マナを多く含む水中でのみ育つため、栄養価が高く美味なんだとか。


「まぁそれくらいだったら俺とノエルだけでもなんとかなるか」


「そうだね。湖だったら、街からそこまで遠くないし」


ルカとノエルは承諾した様子で、湖の場所を確認していた。


その様子を見たミストは歓喜と感謝の言葉を並べる。


「おぉ! やっていただけるのですねぇ! 我が愛馬に代わって私から深く感謝を申し上げます」


こうしてルカとノエルは湖へ向かうことになった。その間、ミストは街の人らのところへ行くという。さすが商人、行動が早い。





ルミエラから歩くこと2時間ほど。


二人は目的の湖に到着していた。


「さっきは楽勝に思えたけど、意外と深くないか?」


ルカは湖の淵に立ち、澄んだ水面を覗き込みながら呟いた。


「底が見えないね。ウォーターキャロットも生えてるのか地上からじゃわからないし」


ルカとノエルは、しばらく作戦を考えていたが、それも諦めて正攻法を選んだ。


「とりあえず中に潜ってみるしかないか。俺は軽装だから、水中も問題ないだろうな」


そういうとルカは、両足を水中に突っ込みながら浅瀬を進んでいった。


冷たい水が足を包み、湖の深さをじわじわと感じさせる。


「? おい、ノエル。お前も早く来いよ」


「いやです」


ノエルが一向にその場から動かないのを見て、ルカは催促した。


しかし、ノエルは即座に拒否した。


「二人で手空けした方が早いだろ」


「このローブ意外と重いんだよ。溺れるかもだからイヤ」


「そんなもん脱げるとこだけ脱いで軽くすりゃ……」


ルカは効率を考えてノエルを説得していたが、ほのかに頬を赤くしているノエルを見て悟った。


「あぁ。まぁお前も一応は女だしな」


「! ルカ! ちょっとそれってどういう意味――」


ノエルが怒り出すと同時に、ルカは一気に水中へと潜り、ノエルの言葉を遮った。


ノエルは行き場のないモヤモヤを抱えたまま、ぽつりと呟く。


「なんなのさ。まったく。私だってれっきとした女の子だよ」


「いやでも同じ教会で生活してるし。女の子として見られたら、それはそれでまずい気も……」


ルカの姿が湖の中に消えていくのを見つめながら、ノエルは一人で愚痴をこぼし続けたが、やがてその愚痴も途切れ、


「はぁ。まぁいいか」


しばらくの間、青く広がる空をぼんやりと眺めていた。


「あ。そういえばこの湖って」


なにか思い出したようにノエルが口を開く。


「やばい魔物が出るんじゃなかったっけ」






湖の中、ルカは深く潜りながらも目当てのものを探していた。


うーん。自分が住んでる街の特産品なんて全然知らなかったな。


なんなら、ウォーターキャロットの見た目も知らない。水中に生えるニンジンってのもイメージできない。


そんなことを考えながらルカは、さらに深く潜っていく。


幸いなことに、ルカは暗がりでも目が利く。


そのため、水中で何かを探すこと自体は苦労していなかった。


しばらく湖の底を探していたが、そろそろ息が限界に近づいているのを感じた。


ルカは水面へ戻ろうと体を動かしたが、その時だった。


水中の空気が変わったような感覚がルカを襲い、周囲がわずかに揺れるのを感じた。彼は警戒し、周囲を見回す


ちょうどルカの向いた方には、横穴のような、奥に続く空洞があった。


そして、その奥には――――。


不気味に光る金色の大きな目が二つ。それは明らかにルカのほうに向いていた。


「…………!」


ルカは本能で危険を察知した。すぐさま必死に水面へと引き返そうとする。


だが、泳ぎなど普段から慣れていなかったルカは、その場をバタバタするだけで一向に帰ることができずにいる。


その間も、背後から何か巨大な存在が自分に近づいてくることを、ルカは感じ取っていた。


咄嗟にルカは泳ぐのを諦め、水底から生えていた手ごろな背丈の水草を、掴んでは引き寄せを繰り返して、浅瀬の方へ確実に進んでいった。


日の光が届く浅瀬まであと少し、ルカは息を限界まで絞りながらも、水面を目指して必死に進んだ。


そして、


「ノエルゥゥ!!」


ルカは息を吸い込み、ノエルに向かって叫びながら陸へと上がった。


「あんなのが水中にいるって聞いてなかったぞ!!」


「いやぁ……ごめん。私もさっき思い出したんだよ。そんなにやばそうな奴だったの?」


「やばすぎるだろ!! 水中ででかい眼に睨まれた! 大きさだって尋常じゃなかったぞ!!」


ルカは、死を覚悟したとでも言わんばかりに、必死な顔でノエルに詰め寄った。


しかし、ノエルはと言うと、ルカの頭の上を無表情でただ見つめていた。


「おい! きいてるのか!?」


「ねぇ、ルカ。そのやばい奴って――」


「あれのこと?」


ルカは、何かを察するとそのまま硬直してしまった。


そして、まるで硬くなった体を可能な限り動かすように、ゆっくりと後ろを振り返った。


「……!?」


ルカの背後には、先ほどまで自分を追って来ていたであろう巨大な影がそびえ立っていた。

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