第3話 仮面の大商人① フォルスラン家
平地と自然に囲まれた街『ルミエラ』。
冒険者たちや商人たちが行き交う賑やかな街で、中央には街周辺を治める貴族の住む城がそびえ立つ。
そして街の一角には、ひっそりと存在する小さな教会があった。
その教会の扉の前には、睨みあうルカとノエルの姿があった。
「ノエル。お前、なんでこんな話を安請け合いしたんだ」
「ルカ。迷える子羊たちに救いの手を差し出すのも聖職者の務めなんだよ。一日一善は継続が大事――」
「今日はごまかされねぇぞ!」
斜め上を見上げて言い逃れようとするノエルに、苛立ったルカは詰め寄った。
「今回の件、俺たちじゃ何もできねぇだろ!」
「いやぁ……断れる雰囲気じゃなくってね……」
ノエルは視線を逸らし、苦し紛れに呟いた。
「それに……ちょっとした街の危機なんだよ……私も現場にいたんだから……」
――――3時間前、ルミエラ城下町の広場。
ノエルは、買い物ついでに商店の並ぶ通りを歩いていた。その時、広場の方が騒がしいことに気づき、様子を見に行くことにした。
「大変だ! あいつが来たぞ!」
「城の連中が、ここになんの用があるっていうんだ!」
広場では、人々がざわついていた。そして、広場中央には甲冑を着た兵士たちがずらりと並び、その重々しい雰囲気は、一目でただごとではないことを示していた。
「我は、この地を治めるフォルスラン家の当主、ルドガー・フォルスランである!」
威厳をもって名乗りを上げたその男は、装飾が施された銀の甲冑を身に着けており、ひときわ目立っていた。
名乗るのと同時に派手にひるがえされた青いマントには、フォルスラン家の家紋が金色で刺繍され、貴族としての誇りを示している。
派手な装いと自信に満ちたような顔、いかにも育ちの良さそうな容姿をしている。
彼の姿を見て、ノエルは不安げな表情を浮かべた。
「フォルスラン家の当主が、ここに何の用だろう」
ノエルは小声で呟いた。
次の瞬間、ルドガーの顔には歪んだ笑みが浮かんだ。
「ここら一帯の商店には、立ち退いてもらうことにした!」
広場は一瞬で静まり返り、次には住民たちの激しい抗議が響き渡った。
「ばかな! なんで急にそんなことを!」
「そんな横暴が通るわけないだろうが!」
だが、ルドガーは冷ややかに住民たちを見下し、嘲笑う。
「貴様らのような、税も満足に納められない愚民の声を、我が聞くと思うのか?」
「税が高すぎるんだ! 誰だって困る!」
「あんな年々増税されちまったら、払えなくなるのもわかってただろ!」
「黙れ。そもそも貴様らは、この街の利用価値を理解できていない」
「この地は、行商や冒険者どもが行き交うため、非常に商業に適した地だ」
「いわば、商業の要となる地だ。だが、貴様らはそれを活かせず、いい加減な商売ばかり。もはや、この地を腐らせる元凶だ」
「というわけでフォルスラン家が直々に、この街の商店を建て直し、管理することにした。まったく、下々の輩は上の苦労も知らずに」
住民たちの抗議はさらに激しさを増し、ついには罵声まで飛び交う始末だった。だが、ルドガーは冷酷な笑みを浮かべたままだった。
「貴族であるルドガー様を侮辱することは罪に当たる!」
兵士の一人がそう言うと、片手で担いでいた槍を両手で構え始めた。
次の瞬間、ルドガーを罵倒した男の右膝を槍が貫いた。
膝をやられた男は悲鳴を上げながらのたうち回り、ルドガーはその様子をみてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
その場は、住民たちと兵士たちとの間でまさに一触即発の状態だった。
その時、
「――――ヒール」
治癒魔法が唱えられた声が聞こえると、ルドガーを含めその場の全員が声の方へと顔を向けた。
ノエルは、膝に怪我を負った男に手をかざしていた。男は優しい光に包まれ、怪我は見事に治癒されていく。
「聖職者さん……すまねぇ……」
男の礼に、ノエルは優しい顔で首を横に振った。
「おい、聖職者。我の前で魔法を使うことは許可されていないぞ」
ルドガーは面白くなさそうにノエルを睨んだ。
「これが、この地を治める者のすることなの」
ノエルは悔しそうに、しかし冷静にルドガーを見据えた。そして、強い意志を持った声で言った。
「ルドガー! お前がほしいのは金なんでしょ!」
「だったら街の人たちの力で! この街が栄させることが出来れば文句はないんだよね!?」
「もしも、力が及ばなかったときは、今後は全てお前に委ねるよ。だけど……!」
「次の納税が問題なければ! 住民たちに今まで通り任せて!」
その迫力に、さすがのルドガーも一瞬ひるんだ。
「ルドガー様。こんな戯言など無視すればよろし――」
「いや、待て」
兵士の言葉をルドガーが遮る。
ルドガーはすぐにニヤリと笑い、言った。
「おい、聖職者。その提案受けてやる。ありがたく思え」
「ただし、次の納税さえもこいつらが満足にできないようなら……」
「必ず立ち退け。次も逆らった者は捕らえ、強制労働だ」
住民たちは、誰もが悔しそうに歯を食いしばっている。
「そして、聖職者――――」
「貴様は、『今後は城で奉仕させてください』と、我に請え」
「なにを言って……!?」
「聖職者には、そんなこと要求できないとでも思ったか? もちろん強制はしていない。貴様が勝手に請うのだ。嫌ならば、こいつらには今からでも立ち退いてもらうぞ」
ノエルは、血の気の引くような顔をした。
しかし、すぐに強い意志の宿ったように輝く灰色の瞳で、ルドガーを睨んだ。
「わかったよ! 約束は破らないでよ!」
「もちろんだとも。約束しよう。貴様こそ、精々余計なことに首を突っ込んだと後悔したまえ」
そういうと、ルドガーは高笑いしながら兵士を引き連れ城の方へ去っていった。
ノエルは、安堵のため息をつきながら胸を撫でおろした。
「聖職者さん! すまねぇ巻き込んじまって……」
「でも聖職者さん……何か妙案があるのか?」
「いや! この方なら本当になんとかしてくれるかもしれねぇ!」
ノエルが気を休める間もなく、たちまち住民たちに囲まれてしまったのだった。
――――そして時は戻って現在、小さな教会前。
「それで、こんな無茶な話を押し付けられたと」
「もう、ルカ! 押し付けられたんじゃないよ。どうにかしないといけないって思ってるし」
「それが失敗して、ノエルが城に行っちまうなんて俺が許さねぇからな!」
自分を案じてくれてるルカに、ノエルは思わず笑みをこぼした。
「ノエルがいなくなったら……俺が生活できなくなる……」
「ルカってときどき最低だなって思うよ」
ノエルは、先ほどの笑みを後悔した。
「大体こういうことは、本人たちが考えて解決しないといけないんじゃないのか?」
「そんな冷たいこと言わないで」
ノエルは悲しそうにうつむいてしまった。ルカも言い過ぎたと反省しながら尋ねた。
「当主の言う約束の期日ってのは、いつなんだよ」
「え? えぇと、次の納税日だから20日後かな」
「そうか。まだ少し時間はあるけど、俺らに何かできるもんかな……」
二人は教会の前でしばらく考え込んでしまった。しかし、何も思いつかないまま時間だけが過ぎていく。
「おや?お二人とも浮かない顔をしてますねぇ」
ルカとノエルは驚きながら、同じタイミングで声のする方に振り向いた。
そこには、行商人の馬車が停まっていて、馬の後ろには御者の姿が見えた。
黒色の襟付きコートを羽織り、同じく黒色のハットを被っている。左目の位置に円状の穴を空けただけのシンプルな仮面で顔を隠しており、赤と黒の入り乱れたような髪が仮面の両側を覆っている。
「ノエル殿。ルカ殿。ご機嫌いかがでしょうかぁ」
飄々とした様子で、仮面の男は再び二人に声をかけた。
「ミスト!」
ルカがミストと呼ぶ仮面の男は、以前からこの街に行商に来ている。
二人は、この男とは当然のように顔見知りのようだった。
「おい、ノエル。ミストって確か大商人って噂だよな?」
「あ、たしかに。なんか妙案があるかもね」
ルカとノエルは、ひそひそとと話し合っていると
「ふむ。お二方、何か困りごとでも?」
気づくとミストは、二人の背後に既に立っていた。
ルカは、ゆっくりとミストの方へ向き直る。
2メートルを越えるミストの背で、ルカの顔に影ができている。
ルカはミストを見上げながら、広場での件について話した。
「なぁるほど。貴族相手に啖呵を切るとは、よくやりますねぇ」
「はは……」
呆れたように呟くミストの言葉に、ノエルは恥ずかしそうに笑う。
「いっそのこと、お二人で城を攻めたらいいんじゃないですか?」
「そんなことできるか!」
軽口をたたくミストに、ルカはすかさず突っ込んだ。
「冗談です。それに策がないこともないんですがねぇ」
「本当か!?」
その言葉にルカは期待を寄せ、身を乗り出した。
「えぇ。まぁ街の方々が私に協力してくれたら、ですがねぇ」
「ミストの助言なら皆きいてくれそうだけど……何をするの?」
ノエルが問いかけると、ミストは薄く笑いながら答えた。
「単純なことですよぉ。私に、この街をプロデュースさせていただければいいんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます