第2話 勇者が残した風景

空は澄み渡り、乾いた風が心地よく頬を撫でる昼下がり。


今日も絶好の昼寝日和である。そんな素晴らしい日にルカとノエルは、というと。


「なぁ、ノエル。この洞窟ってどこまで続いてるんだ?」


ルカは眉をひそめ、暗がりの先を見つめた。


「この洞窟は、そんなに複雑じゃないはずなんだけどなぁ。簡単そうな依頼だったから、二つ返事で受けちゃったけど」


いつもの日課の人助けで、街の近くの丘で薬草を採取してほしいというものだった。もちろん、無報酬というのもいつも通りだ。依頼だけ聞けば確かに簡単そうだが。


「ノエル、お前言ったよな? この洞窟を抜けるのが近道だって」


「言ったね」


「じゃあなんでこんなアンデッドだらけの洞窟を抜けようと思ったんだよ! というか街の近くだから、中はもっと安全なんじゃないのか!?」


「うーん……。確かに街の人はみんな洞窟を迂回して丘に行くらしいね。でも、ここのアンデッドは外には出てこないし、そこまで危険じゃないと思ったんだよ」


「洞窟に入っちまった俺たちは危険な目に遭ってるじゃないか! さっきからずっと逃げ回ってるだけだぞ……」


「悪かったって。私の神聖なヒールだったらアンデッドに効くかなって思ったんだよ」


「確証は?」


「なかったよ。勘だね」


ノエルの軽い返答に、ルカは呆れた様子で肩を落とした。


洞窟に入った当初、アンデッドを見つけたルカは隠れて進むことを提案したが、ノエルは任せてと自信満々にアンデッドにヒールを唱えた。


結果、アンデッドには何ともないようだったし、単にヘイトを集めただけだった。


私の神聖な力なら、普通のヒールでも違うと思ったんだけどな……、とノエルは独り言のように呟いたが、その言い訳はルカには響かなかった。


だが幸いなことに、ノエルは今回のような状況の対処に妙に慣れていた。アンデッドから逃げているときも的確に先導してくれていた。おかげでまだ二人とも無傷でいる。


ヒールしか使えない無能聖職者だけど、時々なんか冒険慣れしてそうな感じがするんだよな……。ルカは、まわりに注意を払うノエルに視線を向けながら心の内でそう呟いた。


その視線に気づいたノエルは、何?とルカに短く尋ねた。


「いや、ノエルって有能なのか無能なのかよくわかんないなと思って」


「君は相変わらず失礼な奴だよね」


「冒険をしてた経験があったりするのか?」


ルカの質問にノエルは珍しく答えるのをためらうように無言で返した。


そして、少し洞窟を進んだ後、


「昔、少し旅をしてたことがあるだけだよ」


それだけ言って、ノエルは歩く速度を少し速めた。


ルカは、余計なことを聞いてしまったかと思い、それ以上は何も尋ねないことにした。


それからしばらく洞窟を進んだ。アンデッドは相変わらずそこらへんをウロウロしているが、うまい具合にかわしながら進めている。


「ルカ、前! 出口が見えたよ」


ノエルに声を掛けられ、後方に注意していたルカも前方を向いた。


薄暗い洞窟の中に、太陽の光が差し込む出口がはっきりと見えた。


ようやく洞窟を抜けられた二人は、休憩をとるようにゆっくりと歩行速度を緩めた。


そして、改めて依頼内容を確認しながら、目当ての薬草を集めるため、手分けして植物を探し始めた。


薬草の必要な量がやや多めということもあって、ルカは丘の横の森林でも探したほうがよさそうだと考えた。


「ノエルー! 少しだけ森の方も探してくる!」


ルカは少し離れた場所で採取していたノエルに向かって声をかけた。ノエルは振り返り、


「危ないかもだから、あんまり奥には行かないんだよー!」


「お前は保護者かよ!」


「保護者だよ!」


ノエルの冗談に半ば呆れながらも、ルカは森の中へと足を踏み入れた。




しばらくの間、森の中を歩き回った。


道中に目当ての薬草があれば、その都度採取していった。


おおよそ必要な分は確保できたので、そろそろ来た道を戻ろうとルカは一息ついていた。


休憩を取りながらルカが頭を上げると、木々の隙間からは、ルミエラの城が見えていた。


「今日は随分と歩いたな……。洞窟を抜けて森を歩き回って……」


洞窟……。森……。城……。


何かが彼の記憶を刺激するように、微かにチクチクとした痛みが頭を襲った。


ルカは額に手を当て、深く息をつこうとするが、次第に視界が渦を巻くように歪み、呼吸が乱れる。


「……っ! ……なんなんだ……?」


痛みに耐えつつも、彼は自分の体に何が起こっているのか分からないまま、ただ混乱するばかりだった。まるで深い闇に引きずり込まれるかのような感覚が彼を襲い、ルカは必死に抗おうとする。


「ルカ、大丈夫?」


その声に、ルカの視界は晴れた。彼が横を向くと、心配そうな顔をしたノエルが立っていた。


「こっちの採取が終わったから迎えに来てみたんだけど、やっぱり私がついてないと駄目みたいだね」


心配半分、からかい半分のような言い方をするノエル。


「ありがとう……もう大丈夫だ。落ち着いた」


素直に礼を言うルカに、ノエルは少し驚いた様子を見せた。今のルカは、ノエルにはしおらしく見えた。


弱々しくその場に座り込むルカを、しばらくノエルは静かに見つめていた。


「気分転換に何か……、じゃあこの世界の昔話でも話そうか」


ルカを気遣ってなのか、無言の時間が気まずかったのか、ノエルはある物語をルカに聞かせ始めた。


「数年前、この世界にも勇者がいたんだ。王都で選ばれた凄腕の戦士だったんだけど、その勇者は仲間を連れて魔王討伐の任務に出かけた」


ルカは、ノエルの口から語られる物語に耳を傾けた。


「勇者は強かった。世界各地の魔王軍の拠点を、仲間とともに制圧していったんだ」


「クラーケンを一撃で気絶させたり、ドラゴンの首をへし折ったなんて伝説も残っているんだよ」


それは、滅茶苦茶な脳筋戦士だな……とルカは苦笑いを浮かべながらも、静かに話を聞き続けた。


「ある日、とんでもなく強い魔族と戦ったんだ。そいつは、あらゆる強大な魔法を操り、闇夜の中ではほとんど不死身になってしまう。そんな奴と勇者は戦うことになったんだ」


「魔王軍幹部の中でも、とくに冷酷で凶悪な魔族。ヴァイパイアロード――吸血王と呼ばれたそいつに勇者たちは圧倒された」


「勇者たちは、吸血王を倒すには力が足りないことを悟った。それで、倒すことを諦めて封印することにしたんだ」


「封印……?」


ルカは眉をひそめた。


「多大な犠牲を払いながらも、封印は成功した。おかげで、その周辺の地方は平和になったそうだよ」


はい、めでたしめでたし。と話を終わらせたノエルに、ルカは疑問を問いかける。


「ノエル、それでおしまいなのか? そのあとも、その勇者たちは活躍したんじゃ――」


「その戦いで死んだよ」


ノエルがそう言い終えると、風が草木を揺らす音が森の中に響いた。


しばらく二人の間には無言の静けさが続いた。


「生き残りが一人だけいたって話だけど、その人も今ではどこにいるのかもわからないみたいなんだ」


ルカはその話を聞いて沈んだ気持ちになった。


「そうだったのか……」


残念そうな顔をするルカに、ノエルは優しい表情で話始めた。


「この昔話をしたのはね、私たちが今いるこの地方が、その吸血王との戦いがあった場所だからなんだよ」


「ここが……?」


「そう。ここが平和なのは勇者たちが頑張ったからなんだって思うんだ」


「ルカとこうして楽しく冒険できるのも、勇者たちのおかげかもしれない。そう思うと、なんだか君に話したくなった」


その時のノエルの笑顔は、いつも以上に輝いていて、心を奪われるようだった。


その笑顔に、ルカは不覚にも魅入ってしまっていた。


「何をじっと見てるのさ」


ノエルはからかうように問いかける。


「な、なんでもねぇよ!」


ルカは慌てて目を逸らしが、すぐに気を取り直すように顔を上げた。


「まぁ気分転換になったよ。ありがとうな」


そろそろ帰るか、と言いながら、ルカはノエルとともに森を出るために歩き始めた。


「教会に戻ったら、少し寝るかなぁ。久々に歩き回って疲れたし」


「ルカ、君は本当にいつも寝てばっかりだね。だから、常に瞼が半開きみたいな根暗な顔になっちゃうんだよ」


「悪かったな。というか、俺ってそんな人相良くないって思われてたのか?」


「そうだよ。ルカはいわゆるジト目ってやつだね。ジト目ニート」


「ニートはやめてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る