第13話

レジデンスに帰り、私の部屋だって言われた部屋に引っ込む。

そこは前に住んでいたマンションの部屋に近い状態にしてあった。


「じゃ、はじめますかね」


パソコンを起動させ、求人情報サイトをさすらう。

御津川氏は遊んで暮らせばいい、という口ぶりだったが、そんなの嫌だ。

そもそも仕事を辞めたのだって、私だって寿退社できるのよ、って見栄を張っただけで、一年くらいしたらまた、仕事をはじめるつもりだったし。


「どこかに引っかかるといいんだけどなー」


めぼしい会社のエントリーシートを片っ端から埋めていく。

転職斡旋サイトにも登録した。

ずっと画面を見ていて、凝り固まっていた肩をほぐす。

時計を確認したら、すでにお昼を回っていた。


「お昼ごはん食べよ」


レンジで買ってきたお弁当を温め、ダイニングテーブルで食べる。


「さすが、米沢牛」


値段だけ、いつもコンビニで買って食べるお弁当よりも美味しかった。


食後はすることもないので、テレビを観ていた。


「え、これもあれも観られるの!?」


各種オンデマンド契約をしているみたいで、観たかった映画やドラマが見放題なのが嬉しい。

さらに音響設備もかなりいいものを設置してあって、臨場感もある。


「どうしよう、天国すぎて困る……」


ほくほくで見逃した映画を観ていたら、スーパーのスタッフが配達に来た。

買ったものをしまおうと開けた冷蔵庫の中は、案の定のほぼ空だった。


「ですよねー」


テキパキと位置を決めてしまい、さらにキッチンをチェックする。


「調理道具は一応、揃ってるんだ」


鍋もフライパンも、取っ手の取れるタイプのが大中小揃ってしまってあった。

包丁とまな板も発見したが、どれも使った形跡がない。


「ほんとに外食派なんだ。

でもこれなら、いけそうかな?」


手早く髪を結び、私はキッチンに立った。




「李亜、ただいま」


帰ってきた御津川氏は今朝と一緒で、私にキスをした。


「食事に……って、これ、どうしたんだ?」


ダイニングテーブルの上を見て、彼はそのレンズの幅と同じくらい、目を見開いた。


「作ったんですが、お口にあわなかったらすみません」


「いや、あわないなんてことはないだろ、李亜が作ったんだから」


脱いだコートを椅子にかけ、待ちきれないかのように彼がテーブルに着く。


「いただきます」


彼はわざわざ手をあわせ、置いてあるスプーンを取った。


「うん、旨い。

李亜は料理もできるなんて、凄いな」


ホワイトシチューを一口食べ、彼はにこにこ笑っている。

その顔になぜか、胸の中が温かくなった。


「普通ですよ、これくらい」


「いや、凄いって。

俺はいい嫁さんもらったな」


またシチューを一口食べた、彼の目尻が眼鏡の奥で下がる。


「……喜んでもらえたならよかったです」


顔が熱くなって、気づかれないように俯いた。


――結婚して、夕食を作って旦那様の帰りを待つ。


それは、私の憧れだった。

だから今日、夕食を作ったといってもいい。

でも期待なんてしていなかった。

ただ、文句さえ言わずに食べてくれればいいと思っていた。

なのに、喜んでくれるなんて。


夕ごはんは穏やかに進んでいく。


「今日はなにをしていたんだ?」


「今日は買い物と、あとは映画を観ていました」


なんとなく、職探しをしていたことは隠した。

反対される気がするから。


「そうか。

李亜はどんな映画が好きなんだ?

今度、オススメのを一緒に観よう」


嬉しそうに笑って食べている御津川氏を見ていたら、普通にごはんを食べているだけなのに心がほっこりする。

この人との結婚生活も悪くないのかもしれない、なんて考えていた。

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