ニセモノの恋人 最終話 対決
「まずいな」
秋は思わずいった。
夏山千鶴と亜門犬成の向かった先はラブホテルだった。ストーカーの加害者と被害者がラブホなんて、笑えない状況だった。
「どうしましょう」
楓の顔がまたまた赤くなってしまう。
「おそらく亜門犬成の能力は精神系。ボクなら解除させることはできるけれど」
超能力犯罪の中でも人の脳に直接働きかける精神系の能力を使うことは断トツに罪が重い。犬成が超能力者である証拠はなく、これを秋の立場で行ってしまうことは、もはや個人の問題では済まない。
「わたしが先輩を転移します。精神系能力者お相手するのは先輩の方が向いてると思うので」
「でもそんなことしたら姫ちゃんも――」
「このままじゃあの人の心に一生の傷が残ります。わたしだって、覚悟はできてます」
「わかった。なら頼む、姫ちゃん」
「転移」
楓は秋の背に触れた。
秋の姿がすっと消えた。
***
犬成は千鶴の衣服に手をかけているところだった。秋は後ろから犬成の首元をつかみ、引き離すように放り投げた。
「か、鍵は閉めたはず。お前どこから…」
犬成は怒るより、動揺する。
「普通にドアからだけど」
転移されてからまず鍵を開けた。能力の使用が露呈しないに越したことはない。
「嘘だ。僕は確かに鍵を閉めた」
「勘違いじゃない?」
とぼけながら秋は千鶴を見た。どこかぼんやりした顔をしている。
「お前なんなんだよ。なんの権限があって」
「ボク? ボクは彼氏さ。千鶴のね」
秋は思う。
(ニセモノだけどね)
「ちち、千鶴ちゃんを名前で…」
気の狂いそうな目だった。
「思い出したぞ。お前はボクの千鶴ちゃんを誑かした奴だ。殺してやる」
秋は犬成を無視し、千鶴の手を取った。
「桐一葉くん?」
「帰るよ」
秋は千鶴の手を取った。
「なぜ?」
「……」
「無駄だ」犬成は高笑いする。「千鶴ちゃんの心は僕のモノだ。お前なんかに見向きもしない」
「きみを守ることが約束だからだ」
秋の言葉は心には響かない。ただぼんやりとしている。意味を理解してないようだった。
「とにかく帰るよ」
秋は千鶴の手を引っ張った。
「ダメだよ。わたし犬成くんの恋人だもの」
「振られてる。振られてるぞ」
犬成は秋を指差し、笑った。
「本人も言ってるんだ。もう諦めろよ。千鶴ちゃんはお前はもう恋人じゃないんだ」
犬成は勝ち誇ったようにいった。
「どうでもいいし、関係ない」
犬成の表情が固まった。
「恋人をつくるなんて自己満足の世界さ。契約書にサインしたわけでもないし、正直夏山さんがどこでだれといても勝手だと思う。でもそれはほんとうに夏山さんの意思ならの話だ」
「言いがかりはよせ」
「ならひとつ質問です。きみの長所はなに?」
秋は面接官のように尋ねた。
「うっ、うるせええぇっっ」
犬成は凶変した。
秋は動じない。知ってたから。犬成の痛い部分を突いたことを。
秋はポケットから手鏡を取り、目の前に突き出す。鏡に映るのは怒り狂った醜男――亜門犬成だった。鏡は扉だった。現実と空想を繋ぐ。犬成は現実を目の当たりにし、言葉を失った。
「夏山千鶴」
秋は呼びかけた。
千鶴はゆっくりと秋に首を向ける。
「きみはこんなところでなにをしている?」
「なにをしている?」
千鶴はぼんやりと繰り返した。
「きみには夢があったはずだ」
「夢…」
「夏山さんの夢はなに?」
秋は千鶴の答えを待った。
「超能力…」
秋はうなずく。
「その力を得るためにきみはESP育成学校試験を突破した。楽な道ではなかったはずだ。ならこんなところで遊んでる暇はないだろ」
千鶴の目に知性が戻った。
「えっ、わたしなにしてるんだろ?」
「正気に戻ったみたいだね。話は後だ。まずはここを出るよ」
「あ、うん」
千鶴は茫然自失の犬成を横目に部屋を出た。
「あの人どうしたの?」
「気づいてしまったんだよ。自分を好きになってくれる人間なんてこの世のどこにも存在しないだろうってことにさ」
「わたしのこと諦めてくれるかな?」
「さあね」
千鶴の表情が沈んだ。
「でもどちらにしろ当分は夏山さんに手を出すことはできない。亜門犬成の罪は重い」
***
その後亜門犬成は再逮捕となり、超能力者専用の刑務所に送られることになった。
「亜門くんが超能力者だったなんて」
秋と千鶴はまた屋上にいた。
「本人も気づいてなかったみたいだけどね」
「そうなの?」
「うん。彼は無自覚にきみをコントロールし、きみに自分の言って欲しいことを言わせていた」
千鶴は思わず腕を抱く。
「でもそれが亜門犬成の罪を軽くすることにはならない。むしろ逆だ」
「逆?」
「うん。超能力においてはコントロールできないことの方が問題なんだ。大きな事故に繋がりかねないからね。そういう人たちは危険能力者として隔離されることになる。特に今回の場合は加害者の精神も不安定だった。一生自由の身にはなれない可能性もある」
「そっか」
千鶴は胸を撫で下ろした。
風がさっと吹いた。少しひんやりしている。フェンスの向こうにビル群が見える。
「恋人の振りも終わりだね。まあ恋人らしいことなんてなにもしなかったけれど」
「わたしはこのままつき合ってもいいよ」
「辞退する」
「あとで後悔しても知らないよ」
「そのときはその時さ」
「桐一葉くん」
千鶴は右手を差し出した。
「これからもよろしくね」
爽やかな笑顔だった。
秋も千鶴の手を握った。
「よろしく」
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