ニセモノの恋人 その3起承転結の『転』
その後亜門犬成は夏山家に不法侵入し、警察に逮捕された。呆気ないものだった。
でも事件は終わらなかった。
後日秋が見たのは犬成と朗らかに話す千鶴の姿だった。
「どうなってる?」
***
秋と楓はとあるレストランに来ていた。離れた席には千鶴と犬成が座っている。
要するに尾行である。
秋は赤い紅葉のような前髪を黒に染めて、頭にはベレー帽、メガネで偽装している。
対し、楓は可愛らしいリボンつきのブラウスにミニスカートでキメている。彼女の方は犬成顔が笑ているわけでもなく、尾行のための装いというよりはただの私服だった。
「なんかデートみたいですね」
楓は楽しげにいった。
「この状況じゃなければ楽しめたのにね」
「わたしは楽しんでますよ」
「悪いけど、ボクとしては目前の疑問を解決しないことには楽しめないね」
「真面目ですね」
楓は嘆息した。
「実際どう思う?」
秋は目線を千鶴たちに向ける。犬成がいっぽう的に喋っている。
「どうと言われましても。ただの思いつきでいいなら話せますけど」
「いいよ。聞かせて」
「ただのイタズラだったのでは」
「なぜほとんど関わりのなかったボクに悪戯をしかける理由は?」
秋はこの話を突き詰めてみることにした。
「例えば無言電話やピンポンダッシュがあります。動画投稿サイトの企画で行う人もいるかもしれませんね。世の中には無差別なイタズラもあります」
「でも学校にボクのような立場の人間はそういないはずだ。無差別ではなかったと思うけど」
「警察関係者だったからではダメですか?」
楓はキャラメルマキアートをかき混ぜる。
「昔夏山さんは警察のお世話になった。そして逆恨みから先輩にイタズラをした」
「なるほど」
「やっぱり納得いかないです?」
「うん。第一夏山さんは思い悩んでた。これはボクの直感というより、超能力的な第六感による心象なんだ。あれがイタズラだったとは思えない」
「それにあのストーカーさんは一度逮捕されてますからね。芝居にしては行き過ぎです」
ふたりが悩んでいる間もストーカーの張本人亜門犬成は千鶴と楽しげに話している。もっとも、犬成がいっぽう的に喋ってるだけだが。
「夏山さんとは話したんですか?」
「そりゃね」
「なんとおっしゃってたんです?」
「犬成くんは素敵な人だった。自分が間違ってたってさ」
楓は犬成をじっと見た。
「趣味悪いですね。女として同情します。あれを好きになってしまうセンスを」
「嫌ってたはずなんだけどね」
「吊り橋効果?」
「だとしたらもはや洗脳の域に達してるよ」
「でもストーカーさんは能力者ではないんですよね」
「そのはず。少なくとも公式には能力保持者だという記録はないよ。一度逮捕されてくれたおかげで調べられた」
「隠れ能力者だったという可能性は?」
「それなら亜門犬成自身もETSに通ってそうなものだけど」
「もう先輩の能力で夏山さんの心を読んだらどうです?」
楓は匙を投げた。
「ボクが逮捕されちゃうよ」
「わたしが養ってあげます」
楓はうふふと笑った。まんざらでもない様子だった。秋はげんなりした。
「ボクの甲斐性はどうなる?」
「男も家事をする次代ですよぉ」
「でもさ、姫ちゃんも犯罪教唆で捕まるんじゃない?」
「先輩のお嫁さんに就職しまーす」
「それ就職っていう?」
「どうでしょう」
秋は嘆息した。あまりにわからな過ぎて意味のない会話をしてしまった。
「そういやあのふたりなに話してるんだろ?」
「LiPoブルがどうのこうのと話してますよ」
「どういう意味?」
「調べてみますね」
楓は携帯を取り出した。調べてるうちにみるみる顔が頬が朱色に染まってゆく。
「どうしたの?」
楓はきゅっと目をつぶりながら画面を秋に向けた。そこに映っていたのは肌色成分増し増しの美少女たちだった。
(エロゲってやつね…)
秋は思った。
「意味わからない。なんでデートのときにアダルトゲームの話なんかしてるんですか?」
楓の顔はまだ赤い。
「そこなんだよね」
秋は呟いた。
「なにがそこなんですか?」
本気で意味がわからなかった。
この話の中になんらかの気づきが得られるような要素はあったろうか。
しかし楓は、先輩のことだからなにか自分には及びもつかない深い考えがあるに違いないと思った。とりあえずキャラメルマキアートを飲みながら秋の話を聞くことにした。
「ボク言いたいのは亜門犬成にはデリカシーがないってことさ。空気を読むことも苦手だし、人と距離感をはかるがこともできない。これってさ、見た目や性格の良し悪し以前の問題じゃない。恋人どころかおよそまともな人づき合いのできる人格をしてないんだ。にも関わらず、恋人がいる。しかもこのタイミングだ。どうも腑に落ちない」
ついでに言えば小柄な男の子でもない。千鶴の好みからも外れている。
「先輩」
楓はおずおずと切り出した。
「ストーカーさんが急に能力に目覚めたってことはないのでしょうか。だって、もうそうで考えないと説明がつかないです」
「突然能力に目覚めるか」
秋は少し考えた。
「ひとつだけある。というかたぶんそれだ」
「なんですか?」
「伝染」秋はぽつりといった。
「なんですかそれは? 言葉からなんとなくの意味はわかりますけど」
「簡単に言えば能力者の影響で一般人が能力に目覚める現象のことだよ。超能力は強弱や種類の差こそあるけれど、本来誰でも使えるものだからね」
「誰から誰に伝染したんですか?」
「夏山千鶴から亜門犬成」
秋はきっぱりといった。
「夏山さんはESP養成学校の生徒だ。その彼女につきまとってたと言うことは、亜門犬成は彼女の影響を最も受けやすい立場にあったということになる」
「でもそんな簡単に能力者になれるなら、日本中能力者だらけになってると思いますけど」
「近年増えてるって話だよ。それでもそう多い話ではないけどね。それに主な原因は夏山さんだけど、それだけでもないと思う」
「もしかして、わたしたち?」
「それも違う。ボクや姫ちゃんのような高位能力者は伝染の原因となるESP波を制御してるから。周囲の影響はあまりない」
「なら他の原因っていうのは――」
「ESP養成学校に通う全ての生徒さ。亜門犬成は学校の前でも待ち構えていたんだよ。影響を受けたのは夏山さんからだけじゃない」
「あ、先輩。ふたりが動きましたよ」
千鶴と犬成は会計を済まし、外に出た。
「あとを追うよ」
「はい」
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