ニセモノの恋人 その2ストーカー現る
放課後友達と別れてすぐ、ストーカーは姿を現した。雨の街路だった。
ストーカーは中学のときからかなり印象が変わった。今はでっぷりと太っているけれど、昔はむしろ痩せている方だった。またニキビがかなり増えた。不摂生な生活をしているのかもしれない。
「夏山さん偶然だね」
言い知れぬ嫌悪感が走った。
「偶然のわけないでしょ」
千鶴は声を荒げた。
「運命だ」
ストーカーは戯けたようにいう。ジョークのなんにつもりなのかもしれない。だとしたら、つまらないジョークだ。
「犬成くんいい加減にしてよ」
「あ、名前で呼んでくれるんだ」
千鶴を無視し、ひとりで喜んだ。
「亜門くん」
千鶴は言い直した。亜門犬成―それがストーカーの名前だった。
「ごめんごめん」
亜門はにやにやと謝った。千鶴の反応を楽しんでるみたいだった。
「僕ね、ひとり暮らし始めたんだ」
勝手に話し始めた。
「悪いけどわたし急いでるから」
話を無視し、帰ろする。しかし、そのストーカーは千鶴の手をがしっとつかんだ。
声が詰まった。
手から傘が落ちた。
「聞いてよ、僕がひとり暮らしすることになったの、夏山さんが原因なんだよ」
「どういう意味?」
千鶴はか細い声で尋ねる。
「きみの両親がうちの親に苦情を言いに来たから、僕家に居づらくなっちゃたんだよ」
「そんなの知らない…」
「ダメだよ、そんなのズルいよ」
亜門は顔を近づけた。千鶴は全身がぞわりとする感覚を覚えた。
「僕の家に遊びに来てよ、そしたら許してあげるからさ」
亜門は千鶴の手を引っ張った。
「イヤっ、離してっ」
千鶴はなるべく大き声を出した。通行人が助けてくれるかしれない。しかし、通りかかった人々は聞こえない振りした。
千鶴は強く孤独を意識した。
逆に亜門は強気になった。
千鶴を強引に引っ張る。
「夏山さん今日の下着可愛いね」
亜門は透けたブラに目を向けた。
千鶴は絶句した。
亜門は無理やりな笑みを作る。本人なりにフレンドリーに接しているつもなかしれない。だとすればそのコミュニケーション能力は最低レベルだった。
「やめなよ、嫌がってるふうに見えるよ」
声の主は秋だった。遠くからつけるという話はほんとうだったらしい。
千鶴は安堵した。
「お前誰だよ」
亜門は甲高い声で叫んだ。
「べつに。通りかかっただけです」
「さてはお前だなっ」
亜門は突然激昂し、秋の胸ぐらをつかんだ。
千鶴は秋の名を呼びかけ、すんでのところで思い止まった。刺激してしまうかもしれないとは秋の言だ。だから他人のフリをしてくれた。ここで台無しにするわけにはいかない。
「なんの話です?」
「とぼけるなっ、お前が夏山さんを誑かしてるんだ」
「人の話聞いてました? 通りかかっただけだと――」
「嘘だっ、僕は知ってるんだ。屋上のことっ。僕は全部見てたんだ」
千鶴は息を飲んだ。
今日は雨だった。それを学校の外からずっと見ていた? おかしい、正常ない。
(怖いコワイこわい)
千鶴を恐怖が襲った。
「その話がほんとうだとして、あんたとはなんの関係もない」
亜門は拳を振りあげた。
千鶴は目をつぶった。
秋は亜門を投げ飛ばし、
「いい加減にしてください」
冷めた目で見下ろす。
「ッッ」ストーカーは逃げた。
「もうだいじょうぶだよ」
秋は傘を差し出す。
「ありがとう」
「ちょっとリボン外してもらえる?」
秋はハンカチを取り出した。
「どうして?」
千鶴は困惑した。
「気になることがあって」
「いいけど」
千鶴はブラウスのリボンを解き、秋に渡す。
秋はリボンを調べて、小さな機械を取りハンカチに包んだ。
「なにその機械」
嫌な予感がしつつも千鶴は尋ねた。
「盗聴器だね」
「なんでわかったの?」
「ボクたちが屋上にいたことを知ってるのはあり得なかったんだよ」
「でも見てたって」
「ありゃブラフさ」
秋はあっさりといった。
「地上からはボクたちの立ってた位置は見えない。もし見てたとしたら、他の高いところからになる。でもその可能性はかなり低い」
「どうして?」
千鶴は蒼白な顔のまま尋ねた。
「いくつかのマンションからなら一応屋上を監視うすることができる。でもマンションにはセキュリティがあるから、住民以外は立ち入りが難しい。それに学校からもけっこう距離があるからね」
秋は続ける。
「また屋上に向かったとき鞄は教室だった。つまり、盗聴器があるとしたら制服だ。でも制服は洗濯する。そうすると消去方で盗聴器がつけられたのはリボンということになる。リボンなら、そんなにしょっちゅうは洗濯しないだろ」
「でもリボンになんていつから…」
「部屋でしょ」
千鶴の顔は蒼白になった。このまま崩折れてしまいそうだった。
「ツラいとは思うけど」
秋は千鶴の肩に片手を置く。
「これはチャンスでもある」
「チャンス?」
千鶴はわずかに目線をあげた。
「そうチャンスだ」
秋はうなずく。
「盗聴器を外されたとなればまたつけに来るはずさ。その証拠をつかんでやればいい。そうすれば警察を動かせる」
「でもどうやって…」
「罠をしかける」
***
超能力育成学校――通称ITS(EspTrainingSchool頭文字。訳は超能力育成学校)は都内の外れにある。だから秋たちは学校の最寄り駅(といっても30分はかかる)からより大きな駅に降りた。
繁華街は当然のように賑わっている。秋たちはそのまま家電量販店に向かった。店の前では白い髪をした少女が待っていた。
(きれいな子。天使みたい)
千鶴は思った。しかし、天使というのは彼女が可愛いからと言うより、髪色からの心象だろう。
「お久ぶりです」
秋は丁寧にいった。
「桐一葉くん知り合いなの?」
「白峯ロコさん、きみとも同じ学校だよ。学年は違うけれど」
「2年だよ」
一応というふうに答える。
「で、用はなに?」
「監視カメラが欲しい」
答えたのは秋だ。
「ストーカー対策用」
「桐一葉くんに、ではないよね?」
「違う。そっちの子」
秋は目で千鶴を指した。
「またおせっかいしてるの」
反論される前にロコは続けた。
「まあいいけど」
秋たちは売り場に向かった。
売り場にはカメラがずらりと並んでいる。千鶴にはどれがどれだかさっぱりだった。
「お願いします」
千鶴は改めていう。
「そのカメラどこにつけるの?」
「えっと」
「部屋の中です」
答えたのは秋だった。
「だったらこれだね」
それは手のひらに収まってしまうような小型カメラだった。
(こんなに小さいんだ)と千鶴は思った。
同時に恐ろしくなった。もし亜門が盗聴器の他に監視カメラまで仕掛けてたら?
「気分悪いの?」
ロコは尋ねた。
「なんでもないです」
千鶴は取り繕った。
「ストーカーの証拠が欲しいんですよね」
秋は要望の補足をした。
「普通にこれでいいと思うよ」
ロコはカメラを見せながらいう。
「ならこれで」
秋はレジに向かう。
「あの値段は?」
千鶴はおずおずと尋ねた。
「数千円ってところだね」
ロコが答える。
「ああ、値段は気にしないでいいよ」
秋はこともなげにいう。
「でも…」
「恋人がプレゼントするのは当然だろ」
「付き合ってたの?」
ロコは少し首を傾げた。秋が恋人を作るということが意外だった。なぜなら、シスコンだと思ってたから。
「ニセモノだけどね」
***
「ありがとうございます」
千鶴は頭を下げた。
外はもう夕暮れだった。3人の横を通行人が通り過ぎてゆく。
「べつにいいよ」
「ボクも急なお願いをしてすみません」
「いいよ、他ならぬきみの頼みだし」
(どういう関係なんだろ)
千鶴は思った。
「帰るね」ロコは去った。
「じゃあボクたちも――」
「あ、先輩」
亜麻色の髪をした女の子が満面の笑みで駆けて来る。その姿は子犬のようだった。姫様カットの髪が上品で、可愛らしい印象を与える。
姫乃木楓――少女は秋の務めるESP犯罪対策化の後輩だった。
「奇遇だね、姫ちゃん」
「神様のいたずらにしては気が聞いてますね」
楓はにっこりと笑った。
「先輩はこんなところでなにを――」
言いかけて、口をつぐむ。ようやく千鶴の存在に気づいたのだ。
「その女はだれです」
楓の目がすっと細まる。
「クラスメイトだよ」
「そういえば先輩学校なんて面倒なところに行ってらっしゃいましたね」
楓は不機嫌なままだった。
「それも仕事だよ」
秋は千鶴に楓の紹介をした。
「この子も警察なんだ」
「子供扱いしないでください」
と13才の少女はいった。
「学校にかまけてるあなたより仕事をしてるわたしの方が大人ですから」
楓は明らかに敵意を向けているけれど、千鶴はあまり不快に思わなかった。おそらく楓の容姿が原因だろう。どこか憎めない。それでも千鶴は一応謝った。
「ごめん」
「姫ちゃんにもきみのこと話しておく? この子も一応警察関係者だし」
秋は千鶴に確認する。
「でも――」
千鶴は迷った。
可愛い子だとは思う。嫌いではない。自分に敵意を向ける相手に相談する気にはなれない。
「きみの懸念は予想がつくけれど」
察しの良過ぎる精神系能力者はいった。
「姫ちゃんは倫理テストに合格している。信用してもいいと思うよ」
「倫理テスト?」
なんの話だ。
「簡単に言えば警察ような仕事を行うに足る人格を持っているか、精神系の超能力を使って調べる検査だ。個人的な好き嫌いはあるにしても、公私を混同し、きみに害をなすような真似は絶対にしない」
千鶴は楓を見た。相変わらず敵意ましましだった。でも千鶴は勇気を出した。
「わたし、姫乃木さんに相談したいことが――」
「あなたの話なんて聞きたくありません」
「……」
言わなきゃよかった。
千鶴は後悔した。
「いい加減にしろ」
秋は楓の頭を叩いた。
けっこう強い力だった。
「痛いです先輩」
楓は涙目で頭を押さえた。
「お前さっきから失礼過ぎだろ」
「ごめんなさい」と言いながらも反省の色はなく、涙目のまま千鶴を睨んでいる。
「相談ってなんですっ」
楓は逆ギレしながら尋ねた。
(話しにくいよ)
それでもストーカーの件が解決するなら、平穏な生活に戻るためなら、話してみようと思った。
「相談っていうのは――」
「そういうことでしたら、全力でお手伝いさせていただきます、先輩」
話を聞き終えると、楓はあっさりと手のひらを返した。
「ありがとう」
千鶴は礼をいった。
「あなたのためではありません。先輩のためです」
「それでも、ありがとう」
「べつにいいです」
楓はぷいっそっぽを向く。
「じゃあ帰ろうか。カメラも設置しないといけないし」
「あ、うん」
「またね姫ちゃん」
「先輩ちょっと待ってください」
「なに?」
「カメラって、ストーカー対策用ですよね」
「そうだね」
「その女の家設置するんですよね?」
「呼び方さ、どうにかしろよ。夏山さんね」
「夏山さんのお宅に設置するんですよね」
楓は言い直した。
「そうだね。正確には部屋の中」
楓の顔が強張った。
「ぜひ、自分もお供させていただきます。いいですよね?」
「どうぞ」
千鶴は許可した。男の子ひとりを家に呼ぶよりはよほど気が楽だ。
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