vs異形の能力者

「わたしは悪夢を見ているのでしょうか。現在町は異形の者たちであふれています。あ、今こっちに近づいて、きゃ、来ないでっ」


 テレビの中継は途切れた。病室には重い空気が垂れ込めている。ベットには金髪の少女が眠っている。椅子には麻色の髪をした少女と白髪混じりの男が座っている。

 バタッ


「遅くなったね」

 秋は病室の扉を開けた。 

「先輩っ」

 楓の表情に安堵が浮かんだ。

 秋は眠る少女に目を向けた。

「宇佐美くんは眠ってるだけだよ。命に別状はない」

 霜月は答えた。

 彼は秋の上司だった。

「で、状況は?」

「見ての通りだよ」

「姫ちゃんは送らなかったんですね」

 秋はちらりと楓を見た。

「僕が止めた。現にミイラ取りがミイラになってるわけだからね」

「なるほど」

 秋は質問を続けた。

「犯人の目星はついてるんですか?」

「天之川黒夢14才、桐一葉くんと同学年だ。きみの通うESP育成学校の生徒でもある」

 霜月続けた。

「調べるまでもなかったよ。監視カメラにしっかり犯行の現場が映ってたからね」

「動機は?」

「まだそこまでは。と言うより今はそれどころじゃない。町がこの状況では」

「ですね」秋は同意した。

「ん」眠る少女の瞼がわずかに動く。

「アリスちゃん」

 楓は呼びかけた。

「ここは…」

 アリスは目を覚ました。身体を起こした拍子に毛布が捲れる。秋の視線は自然少女の右手に向かった。

 異形の手だった。

「見ないでっ」

 アリスは異形の手を毛布に隠した。その顔は蒼白だった。

「宇佐美くん、きみは犯人と対峙した。相手の能力に心当たりはあるかな?」

 霜月はフォローした。

「わかりません。気づいたらあんな手に…」

「なら見せてもらうしかない」

 秋はきっぱりといった。

「その腕だけが犯人の能力に繋がる手がかりなんだ」

 アリスは目を伏せた。

「ごめん」


 秋は強引に少女の腕を引っ張り出す。

 醜い手だった。

 アリスは涙を浮かべて、怯えるウサギのように震えている。

 秋は異形の手を取り、キスをした。アリスは唖然としている。


「なっ」楓は愕然とした。

「若いね」霜月は50才半ばだった。

「お前は今でも十分かわいいよ。自信持て」

「隊長ぉ」

 アリスは秋に抱きついた。

「あーよしよし、可愛いね。うん可愛いよ」

「勤務中です」

 楓はむすっとした顔でふたりを引き離した。

「おっしゃる通りで」

 秋の態度はあっさりとしたものだった。対し、アリスは名残惜しそうにしている。

「さて、ボクは犯人の確保に向います」

「待て待て」

 霜月は慌てて止める。

「だいじょうぶですよ」

「まだなにも言ってないよ」

「言わんとすることはわかってるつもりですよ」

「それでも、だ」

 秋は霜月の言葉を待った。

「宇佐美くんは戦略級の能力者だ。戦略級って言うのは軍事で使用されるレベルだ」

「そうですね」

 秋は同意した。

「能力者としての階級は桐一葉くんも宇佐美くんと同じだ。だとしたらきみも負ける可能性がある」

 霜月は続けた。

「この件はすでに政府にも伝わってる。今も自衛隊を出動するべきか検討されているところだ」

「あ、それはすぐに止めてください。犯人の能力はそんな大したものじゃないです」

「もう能力を見破ったなんて、先輩さすがです」

 楓は瞳を輝かせた。だが霜月は納得しない。

「しかし現に宇佐美くんは――」

「能力を使うまでも負けてます、だろ?」

「えっとそれは…」

 アリスは目を泳がせた。

「僕は逆に心配だよ」

「その認識が逆なんです。もしアリスが能力を使ってたら負けようがないんですよ」

「どういうことか説明してもらいたい」

「詳細はメールで送ります。今こうしてる間にも犠牲者は増えてるでしょうから」

「わかったよ」

 霜月は諦めた。

「そこまで言うなら信じる。超能力については桐一葉くんの方が専門だしね」

「ありがとうございます」

「先輩、自分の能力で送りましょうか?」

 楓は申し出た。

「それは止めとく。異形のど真ん中に送り出されても危ないし」

「わかりました」

「では行って来ます」


 ***


 秋は異形の中を歩く。彼らの中には理性失ってる者もおり、秋襲いかかった。

 ―支配の力―

 ぱちんと指を鳴らす。

 異形たちは眠った。

 やはり効いている。秋の能力は対人間専用だ。こんな姿でも彼らは人間なのだ。本物の怪物が相手ならそうはゆかない。秋はそのことを身を持って知っている。

「あんたも能力者?」

 ひとりの少年が車の上から声をあげた。男にしては長い髪だった。荒んだ目をしている。

「きみが黒夢くん?」

「なぜボクの名前を?」

「警察」

「なるほどね」

「なんでこんなことしてるの?」

 秋は尋ねた。

「オレさ、嘘つきが嫌いなんだよ」

「あの異形の多くはきみに嘘をついてるつもりなんてないと思うけどね」

「オレの言い方が悪かった。自分を偽って生きてるやつが嫌いなんだよ。あの姿はね、心の形が現れているんだ。オレは人のありのままの姿を曝け出してあげているだけなんだよ」

「勝手な理由だね。どう言い繕ったところでお前が他人に能力を向けた事実は変わらない。お前のしてることは犯罪だよ」

「さすが警察だ。正義感強いね。でも本当のお前はどんな醜い姿をしているのかな?」

 黒夢は笑った。

 歪んだ笑みだった。

 秋は歩き始めた。

 黒夢は秋を犯すように手を差し向けた。

 秋は歩き続けた。

「な、なんでオレの能力が効かないんだ…」

「あいにくボクはロマンチストじゃないからね」

 秋は黒夢の前で立ち止まった。

「なにが言いたい?」

 黒夢は挑みかかるようにいった。

「心に色や形なんてあるわけねえだろ。あの異形の姿は全てお前の妄想だ。ほんとうに心が醜いのは天之川黒夢、お前だよ」

「嘘だ、うそだ…」

「ならあの異形たちはなぜみんな似たような姿をしてるんだよ。作り手が同じだからだ。疑問に思わなかった?」

「それはみんな心が醜いから…」

「聞いた話では人の性格は12種類に分類できらしい。ならせめて12の形はあってしかるべだろうよ」

「人間の心なんてしょせんはみんな似たようなものだから…」

「かもね。そもそも性格の数なんて分類方によって変わるし。こんなのいくら議論しても決着はつかないさ。ずっと曖昧なままだ。でも黒夢くん、きみは曖昧なものではなく、しっかり自分と向き合わなきゃならない」

 今度は秋が差し向ける番だった。

「解き放て、きみの心を」

 黒夢の脳内に過去の記憶が蘇った。クラスメイトからの陰口、男子のグループ虐められたこと、女子にバカにされたこと、両親に認められなかったこと。

「超能力なんて、気持ち悪い」

 母親の声だった。

「違う、やだっ、やめろ…」

「しっかりしろ」

 秋は黒夢の肩を揺さぶった。

「ここで向き合わなきゃ、きみは一生幸福をつかむことはできない」

 黒夢は嗚咽を漏らした。人々は元の姿に戻ってゆく。秋は電話をかけた。

「霜月さん、終わりました。パトカー呼んでもらえます。あと温かいご飯も。はい、疲れてる子がいるから」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る