第3話

 港都市、ラーダ。

 ルレンと同じく、五港の一つである。

 三年ぶりの浮上で半月が立ったが、たったそれだけの期間でもう、商業港としての形が整っていた。いやむしろ、古くからあるかのような栄えっぷりである。

 旧コーカル帝国の港は皆、似たようなものだ。

 彼らは地上を捨てた。

 残っているのは残骸のガラクタだ。

 壊れかけ、荒れたままの小さな教会の一室で、リーリカムは黙って本を読んでいた。

「ティリングがやられた」

 紙袋いっぱいに食べ物を抱えてきたシーウが、その後ろ姿に声を掛けた。

 リーリカムは無言のままである。

「……なぁ、前言ったこと覚えてるか?」

「ジャガイモが大嫌いなことか? 刀は片手じゃ振れないって話か?」

「ちげーよ。復讐を手伝えって言ったじゃねぇか!」

「あー、な」

 リーリカムは軽く笑った。どうやらからかったらしい。

「おまえ、元々俺を知ってたっけか?」

「・・・・・・おまえなんかに関心わかす程、こっちゃ暇じゃなかったよ」

 意味ありげにシーウはニヘラと口を歪ませて断言した。

 だが、あとに続ける。

「ただな、俺たちは帝国を捨てた後、機渦海を跋扈する連中を観てきた。あんた、十二の頃、従妹だったコを海賊に殺されてるだろう?」

「嗤えよ。俺は海賊になって五年余り。アコーデの仇一つ討ってない」

 声は淡々とした静かなものだった。

「どう思う?」

 シーウは紙袋を置いて、着ている服をリーリカムに見せた。

 青いレースの縁取りのついた、灰色と白のワンピースの縁を広げてる。

「……憎々しくて堪らんねぇ」

 その反応にシーウは意気地の悪い笑みを浮かべ、青い両の瞳で彼を真っ向から見つめた。

「だろ?」

「……復讐、するか」

 ぽつりと呟く。   

「ああ、あと客だ」

 シーウの後ろに、少女が一人立っていた。

 赤髪の右側を垂らした、ピアスを多く開けた少女だった。

「こんなところで、様になってないな、リーリカム」

「おまえのほうこそティリングと連中はどうしたよ、トーポリー?」

 彼女は、リーリカムの前の長椅子に腰かけた。

「事実上の四散だ。ティリングのところに付いてくる海賊はいないと言っても良いんじゃないかな? あと、リーリカム」

「派手に負けたしなぁ。で、おまえが来たってわけかい」

 トーポリーは軽く肩をすくめた。

 リーリカムは小さく舌打ちする。

「余計なことを」

「余計かね?」

「ああ。これであいつに売る恩が安くなる」

 リーリカムは音を立てて本を閉じた。

 そのまま放り投げるとともに立ち上がる。

「行くぞ」






 てっきり港に向かっているのかと思った二人は小汚い入り組んだ小路に入ったリーリカムを怪訝に思いつつ、ついて行った。    

 丁度、先までいた教会の下の階の部分だ。

 ここまでくるとすっかり腐臭が鼻腔を覆い、ほとんど陽のささない暗い空気が不気味に漂う。

 パイプとチェーンで防疫服を縫い合わせ、外部と接触を立っている人物たちが、辺りにうろつき回りだしているのが分かった。

 彼らは三人を見つけて、手招きしてきた。

 何の迷いもなく、リーリカムはその方向にむかう。

「大丈夫なの?」

 さすがにトーポリーは不安げだ。

 その様を、シーウはあざ笑うかのようにして楽しんでいた。

 建物のドアを開け、長い廊下を行くと、壁にいくつものパイプや配管が繋げられた椅子が並んだ部屋に出た。

 その一つに、座っている人物がいた。

 コーンローのドレッドヘアに、タンクトップ。切り目が入ったフレアスカート。

 ティリングだった。

「・・・・・・ディ・スロ、ローキュ・バーラ、スタービ・カーズ・・・・・・。イルファンの弩弓戦艦だ。放っておけば、どんどん増えやがるぞ」

 彼女は苛立たしげに、だが目を爛々と輝かせて口元を歪め、呟いた。

「かまわんよ。でかい鉄塊が海底に沈んでく羽目になるだけだろ? こっちにはまだ四港あるし」

 リーリカムは鼻で笑いつつ答えた。

「で、まだ錯乱してるのか? それとも同期はできたのか?」

「ああ、完璧だ。ルインは私のものだ」

「立派なもんだ。神を自分に降ろそうなんてな」

「・・・・・・へぇ。おまえよりマシだとおもうぜ?」

 チラリとシーウを見る。

「さぁ、どうかね?」

 言って、リーリカムは身を翻す。ティリイグが配線を体から引き抜き、後に続いた。

 トーポリーとシーウは何かよくわからないが、後を追うと、リーリカムに耳打ちされた内容に一瞬だけ驚いた。

「それ、最高だね」

 トーポリーは、悪い期待に胸を躍らせた。

 この港には主機が奥底に存在している。

 シーウはといえば、表面は無表情だが明らかに楽しんでいるのがわかった。

 四人は、ラーダの港口近くをしばらくうろつき、第三層の建設施設に上がってきた。

 看板には『ティビオ交易商会』の文字。

 しかも、ティリイグは交易商の社長が訪れていることをレアル方面から知っていた。

 ヲルルキ・ディビオは、副社長のルビリオの提案でいち早く機渦海の交易権を独占するため、自らこのラーダまでやって来ていたのだ。

 室内に異変が起きる田のに気づいたのは、会計課職員たちである。

 出力機が、手から弾かれるのだ。何度追っていっても、一定の場所から先に勝手に進んでいき、止まる。

 その現象は、やがて店内全域で起きた。

 ペンや紙、椅子と机、ディスプレイに記憶装置、配線。皆、人間を拒絶するように勝手に動いて、一定距離を取り始めた。

 四人が店内に入った時、客席のそばから一人がゆっくりと寄ってくる。

「もう、遅いっすよ」

 コリングだった。

「ティリングさん、俺の椅子まで持ってかれた」

「ああ、すまんな。社長は?」

「ああ、確保してます」

 彼は指を指して、二階への階段を指した。

 その前には、コーリオが立っていた。

 ティリングにその場を支配させたまま、リーリカムとシーウは二階の社長室に入った。

 そこでは、部屋の中央で呆然としている中有年のヲルルキ・ディビオが戸惑った顔をしていた。

「ついてきてもらおうか、社長?」

「誰だ貴様!? なんだこれは!? さっさと元にももどせ馬鹿もんが!!」

 やっと相手してもらえる相手が与えられた社長は、遠慮なく怒りをぶつけた。

 だが、ありったけの感情をぶちまけたというのに、歯牙にもかけた様子がない。

「誰って? リーリカム様だよ! 言うとおり何とかしてやるからおとなしくついてきな。今の罵声は、命十個分には値するんだよ?」

 言ったのはシーウだった。

 彼女は楽しげな様子で、次に社長に手錠をかけた。

 事態を知った社員たちが、子飼いのストリート・ギャングを向かわせるが、通路が至るところで巨大なゴミや乗り物で遮断されて追い切れなかった。

 ディビオの護衛艦が警戒をはじめたのは、ヲルルキ・ディビオを海賊たちが洋上に連れ去った後であった。






 前衛の一部隊、戦艦一隻、巡洋艦十隻、駆逐艦三十隻は、ディビオ輸送船団の護衛も兼ねていた。

 だが行きは行ったが、彼らを沖合で遊弋させたまま、いつまでたっても帰ってこない。

「南南西、敵影多数!」

 哨戒所から伝声管で艦橋に伝わる。

 巡洋艦一隻と駆逐艦五隻の戦隊を二個作り、前後に横陣を作らせ、本体は真ん中で単縦陣である。円陣といってもいい。

 艦長は、各艦が距離を取って行くのを見て、副官に確認した。

「・・・・・・それが、近づこうとしているのですが、艦が言うことを聞かないと」

 通信士からの報告を読む。

「言うことを聞かない?」

 そのとき、旗艦である戦艦の床が突き上げられ、途端に激しい揺れが起こった。

「ぎぃじゅつしかーーーーーん!?」

 艦長は倒れつつ、叫んだ。

「艦長、電報です」

 混乱の中、通信士は別の理由で血相を変えていた。

「どうした?」

「敵はティリングを名乗っています! ディビオの社長を人質にしたと!」

「なんだと!?」

「突撃艦、五百来ます!」

 哨戒所から声が上がった。

「迎撃しろ!」

 だが、艦が自由にならない前衛は標準どころではない。

 周りから包むように、高速で身体ごと外円の駆逐艦舷側に突撃してきた相手に、為す術もなかった。

 レプリカントが突入し、駆逐艦を乗っ取る。

 すると、自由を得た駆逐艦全艦は巡洋艦と戦艦を囲み混み、自爆した。

 衝撃波とともに爆発と煙が洋上に上がり、戦艦は一個の孤立した島にも見えた。

 それでも、装甲が削られただけの戦艦は沈まずにいたが、視界と航行能力を全くなくしていた。

「ほれ見ろや、トーポリー。撃ち放題だ。なんなら俺たちも加わって当たった場所に得点つけて勝負しようか?」

 リーリカムは艦上で少女にヘラヘラしながら提案した。

「却下。目標撃沈を最優先とする」

「なんだよ、つまんねぇな」

「ふざけすぎなんだよ、リーリカムは!」

 シーウは仕方がないといった風で首を振る。

 戦艦はトーポリーの砲艦の砲撃の元、役二千三百四十四発を喰らい、やっと轟沈した。

 駆逐艦を制圧したレプリカントは駆逐艦から脱したかわりに巡洋艦を奪取し、二隻を鹵獲していた。

「任務とはいえ、辛いもんっすねぇ」

 ビージリーが突撃艦で戻ってくる。

「レプリカントとはいえ、艦でしてねぇ。自爆はさすがにきつっすわー」

 先の一戦で突撃屋の異名を戴いたビージリーは、名の割に情けない声を出してきた。

「今度からの戦いは犠牲が多い。そんなことを言っていては、身が持たないぞ」

 ティリングが言う。

 彼らが作る指令部ではリーリカムが立案した作戦の成功を確認すると、すぐに散会した。

 見つからないためと見つけるためである。






 情報は早速イブハーブのところに入った。

 ディビオの社長誘拐に関しては、心引かれなかった。

 興味がわいたのは、リーリカムたちの使った間接神経網である。

 ルインの神が関係していることは要機軸でわかった。

 方位、五港の方面には、それぞれ力がある。 

 彼は、自艦隊の犠牲で要機軸の一端がわかったと発表した。

 要機軸間接神経網の専門書だったのだ。

 だだ、それだけではない。ならばなぜ人体の解釈にまでページを多く占めているのか。そこまでは口にしなかった。

 とりあえずは機渦海の海賊を相手するのに間接神経網は外すに外されない重要点らしい。

 まずは彼らからそれを無力化することだ。

 主機は装置もあるという。

 今イブハーブがやっていることに加え、対する手段は一つしかない。

テビリカたちに託すのだ。主機さえあれば、彼らの能力は思う存分に使える。

 ただ、この情報は伏せていた。

 なにしろ、ウークアーイーの六課嫌悪は有名なのだ。

 だからこそ、成功で見返してやって立場を強化させなくてはと思っていた。

 協力を頼んだ本来の監督機関であるディビオ交易会社は沈黙を守っていた。

 上手く行けば、それぐらい何とでもなると、イブハーブは楽観していた。

 





「おもしれーぞ、リーリカム。大陸人どもは、新しい陸地を機渦海で造りたいようだ」

 酒場に居ながら、港から辺りに哨戒艇を巡らし、移動距離からほぼ四倍まで把握しているティリングはせせら笑った。

「……軍隊は基本マニュアル通りにしか動かない。だがなぁ……」

 リーリカムははっきりしない。

「どうした?」

「コリィドットとベルティどもは無視していい。ただルグインという連中がいる。うちらの残党よ。あいつら、徹底して、旧コーカル帝国に抵抗する気だわ」

「だろうなぁ。ルグインの元参謀本部は、旧コーカル帝国を大陸に支配権を確立しようとした元凶だ。あいつらが存在を是認するためには、イルファン王国に取り入るしかないだろう」

「だから厄介なんだよ。あいつら、へたすりゃこっちの手を見据えてるぜ?」

「へぇ。錆びついて水没した帝国の参謀が一緒に水没してるんじゃなきゃいいけどな」

「水没どころか、今は復旧・改革進路だよ」

 リーリカムは吐き捨てた。

 機渦海の自由のために根絶すべき大元は、ルグイン研究所だ。

 現在、暫定でイブハーブという男が現職だが、ティリング経由でもかなりの食わせ者らしい。

 移動浮遊港、ヒディムだ。五港の一つで、ラーダから北に行ったところにある。

 コーリオはディビオの社長を捕縛して、大陸寄りの海を遊弋しているはずである。

 事実上、ディビオの輸送船団は警告とともにとまっていた。。

 イブーハブとか言うべきか、ルグイン研究所とシーイナは補給基地を必要としている。

 事実、艦隊の三分の一の兵力を使い、大陸と元ルイン海域に要塞を造っている。

「我々の行動は三つだ。敵分艦隊をことごとく潰して丸裸にするか、ルイン

域要塞を潰すか、元ルインと大陸を遮断するか」

 歌うようにティリングが続ける。     

「コーリオには最後の話を担当してもらう。俺たちは、要塞そのものを潰す」

 リーリカムは乾いた笑いを上げ、ウィスキーのグラスを手にする。

「馬鹿正直に要塞正面から突っ込むバカもいまい。敵分艦隊も要塞を造りつつある。俺が提案した三か所の隔離神経網に入る。見てるかティリング。奴らは要塞ごと、残った四港に囲まれ、もっと大きく俺が造った間接網塔に入っている」

「裸にする必要もないと?」

「一個だけ処理してからな。ちょっと面倒くさいぞ」

 リーリカムが溢れるほどのウィスキーをグラスに注いだ。

 艦の三隻のうち、一隻がヒィズムに白旗を掲げつつ接近しつつあった。

 大きさはポケット戦艦ぐらいで、炭鉱石を燃やし、煙突から煙をなびかせている。

 タグボートで横づけすると、彼らの動きは速かった。

 すぐに艦のいたるところから爆発が起き、港湾部を半ば混乱の為に事実上封鎖した。

 降りて来た約二十人の男女は迎えに来たバスに乗って港都市中央部に向かった。

 乱立しているビル群の中の一棟、二十二階立てのビルに入ると、ライフルを頭上に乱射してテナントの職員と客たちを蹴散らす。

 彼らはビルの十階フロアに陣取り、窓にガムテープを張って中を除けないようにした。

『我々はティリング艦隊だ。港主は人質に取った。要求を伝える。今から二十四時間後までにディビオ交易会社の社長をビル入口まで送り届けてもらう』

 隔離神経網を使い、彼らは声明を発表したのだった。

「楽しそうだねぇ。何かおまえ、派手なことしてるな?」

 リーリカムはティリングに間接神経網を使って言ってきた。

「覚えがないとおまえらに言っても意味ないだろうね」

 彼らは、下町の雑居ホテルの一室にいた。他のメンバーも一緒だ。

「面倒だし興味もわかないから、どっか違う港に向かうか」

 続けた彼は、もう荷造りをしてた。

 念のためにトロイビーに連絡を取ったリーリカムは、洋上航路占拠中でヲルルキ・ディビオも無事に生かしているという返事をもらった。

 奥の部屋でゴロゴロしていたシーウはしばらく経って、広間の彼らのところに来た。

「ヒディムが最高にご機嫌斜めだよ。このままどっか行ったら、彼は犯人側につくんじゃないかなぁ」

 トーポリーは二人に言った。

「光栄だねぇ。うちらは事件を解決しなきゃならなくなったぞ」

 リーリカムは口元を嘲笑に似た形に歪ませた。

「やれやれ。マジかよ」

 リーリカムは大きくため息をつく。

「主機が占領されたビルの地下深くに設置されてるんだよ。そりゃキレ散らかしてもおかしくないよ?」

 ついでにとばかりにトーポリーは補足する。

「しょうがないねぇ、やったるか。ビルのように縦にしたのが、転覆中の軍艦だと思って」

 強引すぎる見立てだと誰もツッコミを入れないところでリーリカムはビージリーとトーポリーを呼んだ。

「コーリオは別の出口から沖に行って艦隊を展開させろ。港入り口前にいる二隻の背後を取れ」

 彼はトーポリーの背中を軽く叩いて促した。

「ちょっと試したいことがある。実験させろ」

「あー、わかってるよ」

 面倒くささを隠しもしないトーポリーだった。

「シーウはここに残れ」

 リーリカムが言うと、少女は目を座らせた以外無表情だった。

「いやだ」

「うっせー、邪魔になるんだよ」

「俺が行かないで、誰が奴との回線を開けるんだよ。今、主機の真上に犯人たちがいるんだ。下手すると、間接神経網が使用不可能になるよ?」

「……わかったよ」

 察っせられていたと思ったリーリカムは、しぶしぶ彼女の言葉を受け取る。

 五人は港都市中央のビル街の外まで来た。

「連絡を入れたら、すぐに実行してくれ」

 ビージリーとトーポリーをそこに残し、二人はビルの正面から警備員を殴り倒しつつ、中に入っていった。

 シーウは重い鎖のついた 手斧を片手にぶら下げ、リーリカムは白銀のリヴォルバーを握っている。

 外の喧騒が嘘のように静寂に満たされたビル内だ。

 逃げ遅れて倒れた社員や客たちがチラホラと見えるが、皆、口から泡を吹いて絶命していた。

 リーリカムにはすぐにテビリカの仕業だとわかった。

 六課だ。

 彼らは、リーリカムと、そしてシーウを待っていたのだ。

 笑い声が階段の上の方から起こった。

 楽し気で喜びに満ちたものだ。

 一人ではない。明らかに十人以上は居そうだ。笑いの合唱は続きつつ、ゆっくり階段を下ってくる。

 リーリカムたちは二階に登り、フロアで上の階の様子をさぐる。

 嬌声がとうとう二階で鳴った。

 ケムを先頭に、十人ばかりの少年少女が恍惚と酩酊でもしてるかのように、現れた。

 シーウは腕にできた発疹に目をやる。

 体内の水分が沸騰するかのように、ぶつぶつと出ては消える。

 フロアの湿気が上がった。

 ケムの額に、分銅付きの分厚い鎖が叩きつけられた。

 彼はのけぞるように倒れた。

 テビリカの発疹がおさまる。

 だが部屋の湿度は変わらず、天井から水滴が落ちてきた。

「やるぞ!」

 シーウは手斧を振るって一団の中に斬りこんだ。

 通常弾の入れているリヴォルバーを向けたリーリカムが引き金を引く。

 爆発するかのように血をぶちまけて、一人が絶命した。手斧をかたっぱしから腹部や首に叩きつけたシーウは、最後の頭を一人を遠慮なく勝ち割った。 

 湿気は変わらなかった。

 少年少女は倒れた場所からゆっくりと立ち上がり、ニコニコとしている。

「リーリカム、ダメだ! こいつらは依り代で本体じゃない!?」

 辺りを囲まれて戸惑っている彼に、シーウが叫んだ。

 黙っていたリーリカムはシリンダーの中の弾丸を入れ直した。

 天井に向けて、一発発射する。

 すると、そこから人の形をした青白い塊が二十人ばかり降りて来た。

 レプリカントだ。

 リーリカムは間接神経網で、ケムたちとテビリカのラインを遮断して、レプリカントと繋げた。

 もう一度、シーウとリーリカムは少年少女を手斧とリヴォルバーでなぎ倒していった。

 レプリカントたちがお互いを見ながら何か言おうとしているが、口が着いていないのでわからない。

 残った弾でリーリカムは一弾で一人を倒していた。

 シーウも手斧を振るう。

 彼らが床に這いつくばると、室内の湿度が元に戻った。

「……ガキの能力は相変わらずか」

 リーリカムは興味もなさそうに呟いて、階段を登りだした。

 九階まで来ると彼らは一旦、止まった。

 上の階にテビリカがいる。

 リーリカムの合図からシーウが指示を出すと、ビル群は轟音に包まれて床が激しく揺れた。

 トーポリーが射線がある建物を、砲艦でことごとく破壊し始めたのだ。

 煙と塵が辺りに充満して、人々は逃げ回った。

 ビージリーは工築艦が己の姿を滑空砲台の形に変えたのを使い、中から十隻の突撃艦を撃ちだす。

 突撃艦はミサイルよろしく目的のビルの十階に壁や窓を突き破って侵入した。

 そこにはテビレカと、戦闘員たちが占めていた。

 突撃艦内のレプリカントは、鉄の棒を容赦なく相手に振るった。

 骨が折れる音が連続して、テビリカの部下たちが打ち伏せられる。

「よぉ、久しぶり」

 リーリカムとシーウが同じ階に現れた。

 囲まれていながら冷静に辺りを見回していたテビリカが振り向く。

「懐かしいな。まぁ、やっとシーウに会えたわけだが」

 彼女は不敵そのものといった表情である。

『貴様がテビリカか!』

 大音響が、シーウから発せられた。

 彼女の持つ声ではない。

「おや、ティズム御大。やっと出てきてくれましたね」

 あまりにも何気ない動きでシーウに近づいたたため、レプリカントたちは包囲をしたままついてきた。

「私もあなたに用があったのですよ」

 テビリカの手が腕の途中までシーウの左胸に埋没する。

 浸透圧化させるのが、テビリカの本来の能力だったようだ。

「ここでこの子の心臓を握り潰したらどうなりますかね、ティズム候」

 すでにテビリカの額に銃口を向けているリーリカムがいた。

 そして、彼はやっと気づいた。

 テビリカはこの港の主機であるティズムを引きずりだすために、この狂言をしていたことに。

 五港のうちルインが水没してここが破壊されると、配置がらリンター港がぽつりと孤立する。

 自分たちも、恐らくすでに配置してあるだろう艦隊の中に閉じ込められるだろう。

 シーウが力を入れる寸前、テビリカが軽く舌打ちした。

 途端に、テビリカとシーウの身体が反発するかのように真反対の後ろ側にお互いが吹き飛ばされた。

 ティリングの限定圧縮した能力だ。

「テビリカ、おまえどうしてそんな能力を持っていると思う? おまえだけじゃない、六課の連中もだ」

 リーリカムは今まで何もなかったかのような、呑気な言葉を吐いた。

「本来、六課は機渦海の旧コーカル帝国で祭司をしていた部署だろう。その後、ディビオに保護を求めたが」

「だからどうした?」

「やってることが、大陸に迎合しすぎと言いたいんだよ。これで機渦海がイルファンのモノになったら、真っ先に処分されるぞ?」

「二年前に聞きたい言葉だったな」

「それより、私に何か用があったのか?」

 シーウの身を借りて、ラーダが聞いた。

「ああ、そうだ。忘れていた」

 テビリカは場違な自嘲の声を上げた。

「……ティズムをやる。その代わり、今回の事件はおまえらがやったことにしてもらう」

『どういうことだ?』

 シーウは怪訝な様子だった。

「六課は終わった……。そこのリーリカムの言う通りだよ。私たちは五港候のところに行く。全てを捨ててな。だからどけ」

『死にたくなかったら』という決意に満ちた言葉を省いたテビリカは、壁から立ち上がった。

 レプリカントたちが割れた。

 リーリカムは舌打ちしたい気分だった。

 すでにレプリカントの支配権を彼女が奪っていた。

 間接神経網の操作は、テビリカのほうが上なのだった。

「ああ……そういえば、大陸派の連中は私と来ることを拒んでいる。せいぜい可愛がってやってくれ」

 頭の中で様々な思惑が交錯したため、振り返りもしないテビリカの背後を、リーリカムは黙って見守るだけになっていた。

「私たちがやったと言われてもなぁ」

 やっと落ち着いたフロアで、シーウは軽く腕を広げる。

「……ティズム、いるかい?」

『何者だ、今のは。アレで本当に心臓握りつぶされたら、下手にリンクしている分、主機が破壊されるところだったぞ』

 シーウの口を借りて、ティズムは不服そうに答えた。

 五港を護る内の一柱として、そんなあっけない最後は御免だと言いたげである。

「おまえに手柄やるよ」

 リーリカムはシーウに言った。

 全国放送だった。

 映っていたのは、ティズムの主機に片膝を立てて祈っているシーウの場面だった。

 声明文が出された。

『我らティリング一党は五港の主の一柱ティズムの言葉により忠誠を誓うとともに、要求は撤回し事件の謝罪を表明する。即刻ビルを放棄し、港主を開放することとする』

 港街は沸いた。

 少女のおかげで、悪名高い海賊のティリング一党が港都市の傘下に入ったのだ。

 あっという間に、ティリングたちは港を防衛する対大陸の象徴とまで持ち上げられた。

「……こういうの、たのしいねぇ」

 歓喜の人々の中を宿まで移動しつつ、リーリカムは鬱陶し気に呟いた。 

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