第2話

 機渦海上にぽつりと存在する岩礁を基盤にした木造とカーボンの港街であるエトリーク。

 艦隊を引きつれて入港したとき、人々はその陣容に黙ってはいられなかった。

 捕虜は二千人近く。補給船は百隻。

 何年に一度かの圧倒的略奪量だった。

「ティリングのところには行かないの?」

 シーウは艦長室から出てこないリーリカムに尋ねた。

「行くさ。ここで荷をさばいて、艦隊を間接神経網に取り込めば」

「警戒しているだなぁ」

「というか、この護衛艦隊は個人的に頂く」

 淡々とリーリカムは言う。

「リーリカム、ちょっと」

 トーポリーが顔を覗きこむようにして、外に誘う。

 垂れ目に感情を込めないようにしつつ、彼はトーポリーについて行った。

 戦艦の後甲板に出た二人は、潮風に当たった。

「ティリングのことだけどさ。最近変というか、様子がいつもと違う」

「ああ、そうだな。いつものことだと思っているけども」

 リーリカムは否定しなかった。少し考えてからトーポリーは続けた。

「原因はよくわからない。この艦隊をどうするつもりか知らないけど、今回は全てそのままティリングのところに持っていくのが賢明じゃないかな? 」

 不敵な垂れ目が向けられた。

「それで何が解決する?」

 静かだが確固たる芯のある言葉に、トーポリーは思わず一瞬黙ったが、今度は別の糸口から食いこもうとする。

「間接神経塔を造ろうという理由は?」

「ティリングが変なのわかってんだろう。何時も変だが、今回はちょっと違う」

「何か関係があるのか?」

「ティリングをハッキングする」

「……正気か?」

「正気だとも。それであいつが変になった理由を突き止めて、打開策を練る」

 トーポリーは深い息を吐いた。

「……そういう事は、幹部会で決めようぜ?」

「そんなことをしてみろ。誰かがティリングを廃人になるまで弄りまわして、自分が代わりになろうとしかねない。まぁ、それは極端な話だがティリング艦隊の結束が緩む」

「まぁ、可能性はある」

 ティリイグ艦隊は機渦海の三大勢力の一つだった。今、ティリイグに何かがあったら、その部下たちが崩れたバランスの犠牲者になるだろう。

 やれやれと息を吐いた彼女は、改めてリーリカムを見つめた。

「なんか今日はあんたらしくないな、いい意味で」

 鼻を鳴らし、リーリカムは視線を街の遠くにやった。

「リーリカムといえば、鬼神も恐れる破壊の帝王じゃなかったっけか? 港破壊や都市住民虐殺とか平気でやってたろ?」

「あー、そうだっけか?」

「で、あの子はどうする?」

「しばらくこっちで預かっておくよ」

「やっぱり変わったねぇ」

 クスクスと笑う。

 リーリカムはそれに軽い舌打ちで答えただけだった。






 リーリカムはシーウを後部座席に乗せ、ともに高速艇でエトリークを出る。。

 翼をもつ機体は流線形をして、最大五百ノットで海上を飛ぶものだった。

 シーウは明らかに発する言葉がなくなっている。

「どうした?」

 聞いておきながら、リーリカムには優しさの欠片もない雰囲気だった。

 反応がないので、間接神経網を使おうとする。

「あー……何を覗き見みたいなことしようとしてんだよ、スケベ」

 鬱陶しそうにやっと不機嫌に応じる。

「ガキがほざくな。で、言ってみろ?」

 シーウは唸り声を一つ上げた。

「……ルレン港にいくんだろ? あそこの鎮護神、あまり仲良くないんだわ」

「……なるほど」

 そう頷くと、以降リーリカムは口を閉じた。

 つまりはこれでシーウが主張する自身が神であるという誇大妄想じみた言葉を証明する機会にもなりそうである。

「ちょっと待てよ、それだけ!? 聞いておいてそれだけなの!?」

 後部から初めての怒鳴り声が返ってきた。

「あー、はいはい」

 リーリカムは間接神経網にアクセスした。

 意識が一瞬塵のようになり、再構築されると自分という境界を持つ一個の球体となっていた。   

 光球が無数に浮かび、それぞれが幾本ものラインで繋がっている。

 リーリカムはラインを継いで移動した。

 一つの光球を飲み込み、そのまま手繰ってゆく。

 やがて、ひときわ巨大な発光が意識の境界面にとどいた。

 通常よりも十倍はある光球だった。

 ラインを伸ばし、接触する。

『ルレン……』

 相手の名前を呼ぶ。

 ラインが震え、一気に重力じみた圧力と言って良い波の衝撃が放たれてきた。

 リーリカムは素早く受け流すようにライン上を舞い、周りから離れないでいた。

 この衝撃はルレンの意図したものではないことを知っているので、もう一度名前を呼び、反応を待った。

『おや、これは珍しいな。おまえがわざわざ私を尋ねるとは』

 声は轟音のようだった。

 それも意図外のものだろう。

 出力が凄まじい量なのだ。

『見ない間に随分な姿になったもんだな。ついでに余計なもん、持ってきてるぞ?』

『それはいいんだけどよー、ちょっとあんたんとこに別の神格が入るから勘弁してやってくれないか? ルレン候閣下』

『……ほう、脅す気か?』

 ルレンは、リーリカムが抱えた「よけいなもの」を察していた。

 彼の力を現実で使わせるためにいる祭司の光球だ。

『別に。何も考えちゃいないよ。人間ごときが神格相手になにかしようなんて、おこがましいものなぁ』  

『……相手の真名は?』

『タラントート』

 一瞬の間があり、重圧がきつくなる。

『……珍しいことは重なるな。本物か。まぁいいだろう、わかった』

 ルレンはリーリカムにかけていた圧力をすべて解除した。

 本物と認められた。

『素直で良い子だなぁ、ルレン候は』

 リーリカムがにやけると再び重圧が掛かり、光球を造っている粒子が砕けそうになる。

『喰われたいか? 人間ごときが』

 低いが轟くような呟きだ。

『喰ってみろよ、発条仕掛けもどきが』

『随分とタラントート候を可愛がっているようだな? あいつはおまえが思ってるようなものと違うぞ?』

『黙れ』

 言い捨て、リーリカムはそこから離れた。

 操縦はマルチタスクでやっていたのだが、集中度は現実の操縦に戻っていた。

「……楽しいねぇ、こういうの」

 ちらりとシーウを一瞥した。

 五歳ぐらい年下の少女は、真剣な表情で彼の反応を待っていた。

 内心で笑ってしまった。

「処理したよ」

 誇るように鼻を鳴らしつつ、口元を偽悪的に歪めた。

 瞬間だけ、少女は輝くような喜びの表情を見せたが、すぐにまた醒めた顔に戻り、頷いた。

「さすが」

「だろ?」

 今度は二人で笑いあった。






 凪の洋上に浮かんだルレン港は比較対象が無いせいか遠くからでも、巨大な城塞としてそびえて見える。

 近づくと、それが勘違いと気付くだろう。

 ルレン港は、あらゆる大陸風艦船が合体した集合体の都市だった。

 港に入るといかにも乱雑な雰囲気が伝わってくる。

 管制塔の誘導を受けて、底部の構造によって浅い桟橋に接舷する。

「汚ったねぇ」

 ブーツで鉄筋の港を歩きつつ、シーウは軽く顔をしかめた。

 確かに、潮風から漂ってくる空気は若干生臭い。

 リーリカムは無言でゆったりと進み、街の一画を横通る。

 もはや何をしているのかという、昼間から狂乱の繁華街だった。

 酒を飲むもの、踊るもの、パフォーマーのなかに、ガラクタを売る露天商に混じって高級貴金属の専門店や服屋、食堂などが混在している。活気に満ちているというには、無秩序すぎた。

 裏通りにはいると、ガラリと一気に落ち着く。

 屋根なのか何かよくわからない構造の建物が密集しているのは変わらないが、静かな通行人がチラホラするだけでたまに小奇麗なショップが建っていた。

 さらに入り組んだ中に折れると、雑多な人々が集まっている建物がある。

 小さなルレン交易会社という半ば錆びついた看板が張られていた。

 リーリカムに気が付くと、彼らは一礼する。

「……あいつはいるか?」

「ティリング提督なら奥に……」

 返事が困惑気で、何かあるというのがわかった。

 ロクに電灯もついていない廊下を目的の部屋に向かう。

 その光景を目の前で見ても、リーリカムは無言だった。

 一人の男が椅子に鎖で手足を縛られて、交易会社を名乗るティリイグの部下の幹部たちが集まっていた。

 トーポリーもいる

「…遅いぞ、リーリカム……」

 やや釣り眼がちの勝気そうな少女が陽気な雰囲気で椅子のそばに立っていた。

 髪はコーンローにして細いドレッドを腰近くまで垂らしている。タンクトップに、切れ目が何本も鈴のついた太いベルトまでいれられたフレアスカート。覗いた細い脚の下はサンダルである。

 機渦海の海賊の司令官のティリングでだった。

「トロイビーをどうするつもり?」

 皆が静まっている中、敢えてリーリカムは聞いた。

「決まってる。こいつは我々を裏切った。敵勢力に情報を売ったんだよ。あたしの脳を覗いてな!」

 一瞬、リーリカムは冷や汗がでるところだった。

「証拠は?」

 ティリングにニヤリと口だけ笑んで、自分の頭を指先で突いた。

「この中さ」

「……リーリカム」

 男は怒りを振り絞るように彼を見て、声を出した。

 トロイビー。第七番艦隊の提督だ。

 リーリカムは改めてティリングに向き直った。

「……忙しそうだが、俺の話はどうなった?」

「……ああ、約束通りディビオの輸送船を襲ったそうだな」

 どこから得たのか、もう情報は伝わっているようだった。  

「あんたの言ったとおりにね」

「どうして?」

「あ?」

「おまえの小艦隊がどうしてディビオみたいな大型輸送船団の襲撃に成功するんだ?」

 睨んでくる。

 平然と受け止めたリーリカムは鼻で笑った。

「それをやったんだだから、組織上げての歓迎会でもしてもらおうか、ティリング?」

「そのガキはなんだ?」

「ああ、てめぇには関係ないね」

「……おめーも、そのガキも座って貰おうか?」

 シーウは何とも思ってないかのように、ティリングをぼんやり眺めていた。

「説明願おうか?」

 リーリカムは露骨に殺気を放つ。

「それはこっちのセリフだ。おめーの行動に何一つ説明してもらってない」

「自明の理だ。わからないてめぇが相変らず頭悪いんだよ」

 トーポリーは絶望しかけて歪んだ笑いを見せた。

 最悪だ。

「貴様がティリングか?」

 シーウがロクに空気も読まずに声を出した。

 ティリングは、青い髪にメッシュを入れた小柄な少女を上から下まで眺めた。

「あ?」

「俺ははシーウ。貴様に依頼すべく来た」

「言葉が色々とめちゃくちゃだな、嬢ちゃん。で、どのような?」

 ティリングは苛立っているのを隠しもしない。

「貴様に五港を鎮めて貰いたい」

「あー、誰だこんな時に、訳わからねぇガキ連れてきたのは?」

「リーリカム提督だ。提督にはすでに了承ずみだ」

 聞いてない。

 リーリカムが抗議の声を上げようとした時、ティリングの怒鳴り声が響いた。

「なら、リーリカムに頼め! コイツはたった今から暇になったんだからなぁ!」

 その時に警報が鳴った。と、同時に足元が軽く揺れる。

「何事だ!?」

 ティリングが叫び、真っ先に建物を出た。   

 

 


 


「あははははは! 楽しい! さあ、次々ー!」

 艦上で嬌声を上げたのは、十代後半の少年に見えた。

 ルレンにある三か所の港のうち、一つは火の海だった。

 六十門艦が、港都市に突如現れて砲撃したのだ。

 それも、通常弾とは思えない威力の。

 艦は別の港口前まで来ていた。

「……うるさいぞ、ケム。はしゃいでないで、さっさと攻撃させろ」

 静かに言ったのは、二十代の女性だった。

 大陸風のコートの下に、旧コーカル帝国特有の柄が浮かんだロングシャツを着て、七丈のふわりとしたズボン。

 髪は一見ショートカット風だが、後ろだけ一本結んで腰まで垂らしている。

「はいよー! 全員攻撃用意、出来次第、撃て!」

 言われたケムは、勢いよく命令を下した。コートそのものを上着にしたような大きな上衣を着ている。手足は細く、背丈も小柄だ。

 正直、性別がよくわからない。

 艦に響く砲撃が始まり、港の各所で爆発が起こった。

 港内の艦船が脱出を試みる。

 艦橋でケムはテビリカの反応を待つ。

「放っておけ。目標のうちに入っていない」

「万が一が……」

「知らないね」

 言い放ったテビリカは、満足するように港の状態を眺めている。

 榴弾砲は思った以上の威力を発揮していた。

 港の建築物が次々と爆発で崩壊してゆく。

「……何だ? 哨戒線を突破してきただと?」

 港まで来たティリングは、あまりの急な攻撃でさらに怒りをわかせていた。

「へへへ、楽しいねえ……」

 流石に小声で、リーリカムは呟いた。

 鉄筋が曲がり、木造りの構造物が吹き飛び燃えている。

 人々は混乱して、騒ぐばかりだ。

 ティリングの艦隊で出る者は一人もいなかった。

「コーリオ、第一番艦隊と第二番艦隊で奴を迎撃しろ!」

 ティリイグは怒りを不敵な笑いに変換させて命令した。

 早速、提督たちが間接神経網を使い、艦に指令を与える。

 格納庫が地響きといっていい揺れを見せ、やがて、組み上げられた武骨なまでの巨大な砲身がそそり立った。指令を受けた工築艦によって改造された砲艦の塊である砲身だった。

 ゆっくりと旋回して標準を港外の軍艦に向ける。

 鉄の筒は震えて、地響きにもにた轟音とともに巨大な砲弾を放った。

「三時半の方角から砲撃!」

 ケムは叫んだ。

 と、同時に艦の右舷のそばで三十メートル以上ある水柱が上がった。

「第二派くるよ!」

 テビリカは無表情で頷いた。

「これは無理だな。撤収するぞ」 

 感情のない声で宣言した。

 今度は左舷で水柱が上がる。

 黙ってこのまま進めば三発目は確実に当たる。

 テビリカは艦首を旋回させて、一気にルレン港から脱出した。

 水上都市は大いに混乱していた。

 ティリングの元に、港主と思われる男が眉間に皺を寄せて現れる。

「どういう事ですかな、ティリングさん?」

 静かだがその分、迫力があった。

 ティリングは鼻を鳴らした。

「裏切りですよ」

「そうですか。何にしても、余計な騒ぎは困るのですがね?」

「今処理します」

 言った彼女は、リーリカムの方を向いた。

「おめーが奴を誘導した。今の艦は明らかにおめーを追って来たんだ。大陸に通じてるだろう? 殺さないでやる。その代わり、永久に機渦海からは追放だ。そのガキもな」

 司令官の命令は絶対だった。

 リーリカムは何も言わず、その場から背を向けた。

 シーウも黙ってついて来る。

 一片の感傷もなく、ただただ淡々と。






 大陸のイルファン王国では、騒ぎが起こっていた。。

 宰相ウークアーイーが衛兵を連れて宮廷に突入し、現王シタリを拘束したのだ。

「貴様……どういうつもり!?」

 四十四歳だが、細身のシタリは衛兵に取り押さえられつつ、ウークアーイーを睨んだ。

「陛下、あなたが機渦海に対して無策なのが悪いのですよ」

 ウークアーイーは努めて冷たく言い放ってみせた。

 そして、宰相服に身を包んだ彼女は凛としては新王として十四歳のロシタを戴冠させ、文武百官を宮廷庭に集めた。

 ウークアーイーの隣には、一見無表情なルグイン研究所のイブハーブとディビオ交易商会の幹部ルジアルが控えていた。

「……いやぁ、これで我らの天下ですなぁ」

 ルジアルは小声だが、陽気に隣のイブハーブに言った。

 二十四歳のこのイルファルン付き支社長は顔つきも若く、雰囲気に影がない。

 所長から全権を委託されたイブハーブは不愛想に小さくうなづく。

 正直、この男を好きになれないのだ。

「良いか、これより新王ロシタ陛下の名の元、我がイルファン王国は機渦海を領土に加え、新しく機渦県となずける。総督はシーイナ提督である」

 立ち上がった白い肌の少女は、この事態に涼し気な様子だった。

「この身の全知全能を掛けまして、任のために命を投げ打つ覚悟です」

 シーイナはそよ風のような声で言った。

 頷いたウークアーイーは、新しい人事を迷うことなく次々と発表してゆき、百官を下がらせた。






「あー、嫌だ嫌だ」

 ぼやいたのは、イブハーブだった。

 言い出しっぺのくせに、今回の政変の中心に居ることに嫌悪を感じているのだ。

 そんな彼を見て、シーイナは笑った。

「いやぁ、王国に名を残す事件でしたよ」

 敢えて煽る。

「止めてくれよ、俺は要機軸だけに関わっていれば満足なんだ。ルグイン全権なんて柄じゃない。大体、これが失敗したら首が飛ぶなんて話じゃすまないじゃないか」

 イブハーブは現実を前にして、本音がでたのだった。

 そのくせ、期待に胸をわかせているという矛盾ぶりだった。

「それなら、私に任せてください」

 宮廷の外宮にある部屋である。

 テーブルには、ウーロン茶が置かれていた。

 今頃、ウークアーイーは事務処理に殺忙されているだろう。

 本来ならシーイナも忙しいはずなのに、呑気にイブハーブと一緒にお茶を飲んでいる。

「……聞きたいのですがね?」

「どうぞ?」

「どうして私を対海賊のトップに据えたのですか?」

 シーイナは名門ではあるが、先代の不祥事により中央から遠ざけられた存在だった。

 礼儀正しさが自然に身についた、少女ながらの武人とは思えない爽やかさな印象を与える。

 イブハーブはお茶を一口飲んだ。

「君の先代のキジカ氏はウチのルグイン研究所の理解者でね。機渦海のことを色々教えてくれた。その娘は密貿易を一度も見つからずに生業としているということじゃないか。これ以上の人材はいるかい?」

 シーイナは快活に笑った。

「あれれ。これはこれは……把握しておりましたか」

「まぁねぇ。ただ警戒すべきは、海賊どもの背後にいる旧コーカル帝国の旧神どもだ。その中でも、間接神経網を使った現象には気をつけてほしい。わかっていると思けど」

「ええ、存じて上げます。で、私はどちらを主に?」

「海賊メインで。旧神たちはこちらで調べ、処理する。その指示はするよ」

「わかりました」

 さてとと言って、イブハーブは立ち上がった。

「色々忙しくなるなぁ」

 ぼやきにもたのしさにも取れる言葉だった。






 レアル港を出たリーリカムは、艦隊をゆっくりと移動させて艦の上に片膝を立てていた。

「いやぁ、楽しいもんだ。さて、どうすっかねぇ……」

 ぽつりとつぶやく。

「何だよ、考え無しかよ?」

 そばで寝ころんでいたシーウが半ば呆れたような声を出す。

 明らかに不機嫌だ。

「ちげーよ。大体は決まってるんだよ。おまえだって、ティリング相手にあのザマじゃねぇか。連れて行ってやったのに」

「ああ、あれはもうダメだとおもったからな。これからはあんたを頼むわ」

 考えの見通せない目でシーウは言った。

 リーリカムは何か考えた風だったが、はシーウに顔を向け指を顔にさした。

「あんたなぁ?」

「……俺?」

「そう、あんただ。何者だ、おまえ?」

 細かい疑問の言葉を抜き、単純に聞いた。

 シーウは小さく、意味ありげに笑った。

「……十分察しはついてるだろう?」

「おまえの口から聞きたいね」

 あんたからおまえに変わっていたが、本人は気付いてないらしい。

 シーウはゆっくりと小柄な上身を起こし、リーリカムに向き直った。

「……重要かい?」

「ああ」

「なら、言わなーい」

 再び、ゴロリと寝ころんだ。

 ガキが……

「どっちにしろ、俺はおまえを利用させてもらうけどな」

「いいよ? 利用できるもんなら」

 シーウは意味ありげに笑む。

「艦隊の制御と人の殺し方を教えてもらいたい」

 リーリカムは鼻を鳴らし、艦隊の速度を上げた。

 半日もたたず、夕日に赤く照らされた海上に目的の港が見えてくる。

 港と言っても、城が一つ浮かんでいるだけだ。

 それを見たシーウは、不機嫌になったようだが何も言わない。

 見知らぬ艦が一隻、桟橋に付けられていた。旗がない。

 小型の巡洋艦らしいが、装備が簡易で漆黒に塗られていた。見覚えがある。

 ルレンを襲った艦だ。

「……ならなぁ、早速レッスンしようかね」

 リーリカムは艦隊を艦の西側の三十キロ地点に置き、旗艦だけで城に近づく。

 城壁のない、星型の城に旗艦を付け、シーウとともに降り立つ。

「いるかーい?」

 静かな、樹々が植えられた中で、リーリカムは無警戒に声を上げた。

「……これはこれはリーリカム様、よくぞお越しで」

 執事風の服を着た老人が、彼らを迎えた。

「閣下は今、お客様と面会中です」

「あれか?」

 リーリカムは巡洋艦をちらりと見た。

「はい……」

 聞くと、リーリカムは相手を無視して進み始めた。シーウもついてゆく。

 執事風の老人は敢えて止めなかった。

 複雑な通路を真っすぐ歩き、明かりのついている客間まで来た。

 そこには、少女が二人、椅子に座って談笑していた。

 いや、談笑というには、冷ややかだが。

 一方は見慣れている。細い眼で脇の髪を伸ばし、裾の長い黒を基調とした服を着た、余裕のある態度。

 椅子に肩肘を掛けて、すっかりリラックスしている風だ。

 もう一人は、コートに旧コーカル帝国風の大き目のシャツ、七丈のズボン姿で堂々と座っていた。

「誰か知らんが、密談かい?」

 リーリカムは迷うことなく、正面から部屋に入っていった。

 二人が彼の方に顔を向ける。

「おや、除け者がどこ行ったと思ったら、私のところに来たか」

 ロイープは笑った。

「は? あんたを助けてやろうと思って来ただけだよ?」

「よく言う。まぁ、それならそれでも構わんが」

 彼女の笑い方は快活だ。裏表がない。

「……失礼ですが、どちら様で?」

 残された少女の声は低く、どこか殺気を押し殺している雰囲気があった。

「彼は、リーリカム提督だよ。ティリング司令官の部下だったことで有名な」

「……こと? まぁいいでしょう。はじめまして、私はテビリカ。ルグイン研究所第六課の者です」

「六課……だと?」

 神祇専門の部署だ。本来、ディビオ交易商会の人間だが、ルグイン研究所のところに出向している部門である。

「五港候代理、この場をお借りしてもよろしいですか?」

「構わんよ」

 いたって能天気な返事だった。

「リーリカム提督にちょうど用があったのですよ。一仕事させてもらいます」

 席をゆっくりと立つかと思うと瞬時に速度が上がり、リーリカムの眼前まで来ていた。

 袖の長い腕から鉄の太い針を二本握り、下からからえぐるように突き上げてくる。

 間一髪、後ろに引いたリーリカムは、懐から黒いリヴォルバーをだして狙いを定める。

 引き金を引く時にはすでにテビリカは射線からずれていた。

 だがそれを目くらまし代わりにして、接近してきた彼女の顎を下から蹴った。

 一瞬のけぞったが、まるでダメージがないかのようにそのまま鉄棒を顔面に突きつけてきた。

 リーリカムは拳銃を持たない腕で払うが蹴り弾かれて、逆の拳で左の頬を思い切り殴られた。

 よろけた彼に再び鉄針が狙ってくる。

 素早く態勢を整えたリーリカムは彼女の手首を取り、捩じ上げた。

 テビリカは、大きく腿を上げてリーリカムの顔面に蹴りを入れて、手を離させた。

 距離を取り、だらりとと両腕を垂れて不敵な笑みとともに彼を睨む。

 リーリカムは肌がざわつくを感じた。

 来た。

 水滴が天井からぽたりぽたりと、垂れてくる。

 室内に水蒸気が溢れる。

 途端に、リーリカムの喉が水にあふれ呼吸が出来なくなった。

 間接神経網による、環境操作だ。

 もがくことなくリーリカムは停まった呼吸と激しい動悸に耐えて、振るえる手で白銀のリヴォルバーを腰の裏から新たに握った。

 飛び込んできたテビリカの太い鉄針が左肩口に浅く入った時、乱暴にその細い身体ごと払い、引き金を引く。

 カチリと、撃鉄が降りた。

 迷わず、テビリカに馬乗りになる。

 途端、室内の水分が一気に消えた。

 間接神経網を現実と切り離したのだ。

 彼の新しいリヴォルバーは機渦海の技術による発生・切断機だった。

 彼女の脇腹にえぐるように銃口を突きつける。

「殺すぞ?」

 耳元で囁く。

 テビリカは思わず、抵抗をやめた。

「……お手並みは堪能させていただきましたよ」

 彼女は、低く嗤った。

 ここで終わりかと思うと、彼女は急に現実とは思えない不気味で邪悪めいた身震いするような雰囲気をまとった。

「……あなたには、ここで滅してもらいます」

 リーリカムに乗られ、力なく床に寝そべったままの彼女は言った。

「……ふぅーん、楽しいねぇ。おまえをとっ捕まえりゃこの騒動が何かわかるってもんだな?」

「……余裕ですな」

「ちょっと待て……」

 二人が振り向くと、眼の座ったショートカットで大き目のシャツを着た少女が殺気もあらわに立っていた。

「こちらは?」

 テビリカは、リーリカムもシーウも無視して、丁寧にロイーブに尋ねた。

「……知りませんなぁ」

 彼女はとぼける。

「おまえ、人のもんに手を出してタダで済むと思ってるのか?」

 シーウは言うと、テビリカの周りで爆発が起こった。

 明らかに間接神経網からの攻撃だ。

 リーリカムは飛びのいていた。

 テビリカは防壁を張り、射撃位置を探る。

 動きは速かった。もう彼女ははシーウの背後に回っており、鉄針が彼女の背を襲う。

 シーウは何とか回避したところで距離を取り、再びテビリカの周囲で爆発を起こした。

 空間ごと破裂し、テビリカの身体は四方に引きちぎられそうになる。

「これはこれは……」

 苦し気に息を回復させつつ、ロイーブは関心した声を上げる。

 リーリカムも呆れてかけたような笑みをみせていた。

 六課と言えば、対間接神経網網のプロである。シーウという少女はそれと同等の戦いを見せているのだ。     

 身体を回転させて、爆発の壁から脱したテビリカは、一息入れて少女を睨んだ。

 一見、どこにでもいるような、反抗的な無表情な相手だ。

 間接神経網での光球にも変わったところはない。

 再び、部屋に水滴が垂れた時時、ロイーブの片手が軽く上がった。

「そこまでです」

 二人の少女は顔を向けた。

 リーリカムはいつの間にか椅子に座って観戦していた。。

「邪魔しないでいただきたい」

「ケムと言いましたか、出てきてください」

 手をふる少年が窓の縁に腰かけていて、やっとリーリカムたちは気づく。

 間接神経網の攻撃は、彼が主犯なのだ。

「ここでの争いじみた遊戯はもう終わりです。これ以上やりたいのなら、外でお願いしますよ」

 柔らかな口調だが、断固とした雰囲気があった。

 テビリカは表情も変えず、座り直す。

「やってくれんじゃねぇかよ。てめぇの手の内は見せねぇのか。忘れねぇからなぁ……」

 ヘラヘラとした笑みでリーリカムが言うが、無視される。

「で、リーリカムは突然、何の御用向きですか?」

 肩口の傷を無視して、フンと笑う。

「……提案が二つある。一つは今思いついた」

「ほう……」

 ロイーブは紅茶を口にしつつ、話を聞いていた。

「一つは公代理、あんた絡みだ。この際、俺は五港候を復活させる。お墨付きをもらいたい」

 シーウからの冷たい視線が刺さるが知ったことではなかった。

「ほほぅ……」    

 テビリカは細い目をさらに細くした。

「今、そのような行為に出て何か利でも?」

「守銭奴みたいなこと言ってるんじゃねぇよ。聞いた話じゃ、大陸は本格的に機渦海の討伐に動くそうじゃねぇか。なら、いっそこちらも圧倒して眼にもの見せてやるのも面白れんじゃねぇの?」

「相変らず、情報が早い」

 テビリカは苦笑した。

 ロイープは無作法に頭を掻いた。

「だがね、保障はやれない。その代わり、できるものならやってみろ、というところかな?」

-リーリカムはぼんやりと聞きつつ、鼻で笑った。

「……十分だ」

「で、もう一つは?」

「ロイーブさんよ、あんたに関わることだ。紹介しよう、トロイビー。ティリングの元部下だ」

 ここでリーリカムは、悪い笑みを浮かべた。






 シーイナの出港は予定より一か月早かった。

 これはイブハーブが用意していた賜物である。

 ウークアーイーは日々、悪夢にうなされていた。

 ヴァリエーションは幾つもあるが、最終的には八つ裂きにあうという生々しいもので、眠るときは睡眠導入剤を使うほどになっていた。

 耐え切れず彼は宮廷の祭司を呼び、原因を訪ねた。

 祭司はクートロアという、代々イルファンの神に仕えているものだった。

 顔色が悪いが長身痩躯。コートに軍服というおよそ神祇関係者とは思えない様相をしている。事実、彼は軍籍にあり、大佐の階級を持つ。

「アーランリの怒りかと存じ上げます」

 低い響くような声で、短く答えた。 -

アーランリとはイルファルン代々の主神である。

 ただ、元々旧コーカル帝国の主機で、その制御の方法は定かではない。

 唯一、間接的に扱えるのが、クートロア祭司である。

「怒りだと? 私が何をしたというのか?」

「元々、アーランリは旧コーカル帝国の主神。閣下が軍を起こしたことに対して、不満を持っているのかと」

 ウークアーイーは舌打ちした。

 そ時に彼は呼ばれた。

 何でも、ディビオ商会の軍事部門関係者が用だという。

 宮廷の客間に通し、直ちに面会した。

 相手はショートカットに後頭部の下に一本だけ三つ編みをした、二十前後の女性だった。

 異様に威圧的な雰囲気で、堂々としている。

 脇に、髪をなでつけたどこか表情の暗い男が立っている。

「用とは?」

 ウークアーイーは単刀直入に聞いた。

 余計な言葉を扱う雰囲気ではなかったのだ。

「……私に私掠免状を与えてもらいたい。今、機渦海の海賊どもは統制を失っています。私がそれらをまとめ上げて、旧コーカル帝国をまとめ上げましょう。ちょうど、ティリイグの部下を篭絡しました」

 ウークアーイーは彼女の背後にいる男にちらりと視線をやって、素早く頭を巡らした。

 イブハーブのいう通りにシーイナを使っているが、彼が失態を犯した場合、責任は自分に来る。

 何度失敗してもとイブハーブは言うが限度を超えた場合、どうにもならない。

 なによりも体調に加え、権力者となった彼は猜疑深くなっていた。

 保険は必要か……

「良いだろう。その代わり、ディビオを通すとは言え、貴様は私の直轄の指揮にはいりたまえ」

「御意」

 女性の眼光は怪しく光った。






 シーイナは戦艦十隻、巡洋艦四十五隻、駆逐艦百隻で兵員一万五千人の先発隊を派遣していた。

 これに、左右、後衛艦隊が続く。

 目的地はレアルだった。

 イブバーブによって位置は確認してあった。

 ここを制圧すれば、移動する港都市の航路が手に入る。

 機渦海は真っ青で艦隊の煙が濛々と空の微風に流れてゆく。

 相変らず、なにもないところでは凪の海だ。

 指揮は、シーイナ自ら行っていた。

 レアルでは、ティリイグがイルファンの動向を把握していた。

 冷ややかな港主を無視して、彼女は迎撃を決めた。

「景気付けだ、皆一杯の酒を飲んで置け! 海の神は飲んべぇだぜ?」

 艦隊諸提督に向かって、彼女は酒場でグラスにウィスキーをなみなみと注ぎ、掲げて一気に飲み干した。

 レアルに駐留していた、第一番艦隊、第二番艦隊、第六番艦隊、第十二番艦隊の四艦隊が、提督の指揮の元出航した。

 第一番艦隊は突撃艦百、砲艦七百、工築艦百、第二番艦隊は突撃艦五百、砲艦七百、工築艦五百、第六番艦隊は突撃艦五百、砲艦二千、工築艦五百。第十二番艦隊は突撃艦五百、砲艦五百、工築艦七百である。

 トーポリーは第十二艦隊を率いつつ、ティリングの様子を心配していた。

 最近、彼女はぼんやりするかと思いきや、急に癇癪を起すなど情緒が不安定だった。

 指揮に影響がでなければいいが。

 一方のティリイグはビージリーという第二艦隊の提督をそばに、突撃艦上に立っていた。

 ビージリーは武闘派である。突撃艦の指揮には定評がある。

 しかもまだ歳はティリングより二個ほど年上の十八歳だった。

 ぼんやりとした顔で、まるで緊張感がない。

 腰には二尺三寸の刀を履き、反対側には長い鎖を巻いて垂らしていた。

 当面の作戦は出航前に決まっていた。あとはその場その場という定例通りだ。

 どっちにしろ、機渦海の艦艇の戦いは一撃離脱であるが。

 シーイナは北東の方面に機渦海の艦艇、五百ほどを先行巡洋戦隊によって確認した。

「駆逐艦五百でもって警戒、進路このまま」

 彼は、囮である可能性を考えて手堅く指示した。

 機渦海の艦艇と大陸の艦では、大きさが五倍は違う。

 駆逐艦でも数があれば十分対処できるはずだ。

「砲撃、来ます!」

「回避運動! 砲撃地点を特定しろ!」

「北東、東、東東南、距離千です!」

 いつもの砲艦による半方位という機渦海艦艇の戦術だ。

 距離が千ならまだ精密砲撃とは言えない。それをこの距離で手の内を晒してくるというのは、何かあるのだ。 

「東に全速前進」

 シーイナは敢えて砲撃線のなかに飛び込もうとした。

 ここで、砲艦を拘束でもできれば、他艦隊が迂回して捕縛できる。

 さらに言えば、彼の艦は今までの通常艦艇とは違う。

 ルグイン研究所で、イブハーブが長年建造に努めていた特殊艦艇である。

「陣形、W型。煙幕を張れ」

 シーイナは移動させつつ、陣形を変えるという高等技術を見せた。

 これには、ティリイグも驚いた。

 鈍重な大陸艦が整然と海の上を滑るようにしてその位置を変換したのだ。

 同時に自艦隊を煙の中に入れて、攻撃の標準を攪乱している。

 だが、それだけのことだった。

 シーイナ艦隊は、罠に陥っている。

 東側にいる艦は、前衛で、その後ろに全艦隊がまとめた砲艦が半円を描いて待機しているのだ。

 前衛は、観測部隊の役割も果たしていた。

 そうとは知らない、シーイナは、網に突入してくる。

 ティリイグは艦の上で、哄笑を立てた。

「さあ、テルラの出番はないぞ。海はわれらのものだ! 陸の連中に酒入りの機渦海の高波を浴びせてやれ!」

 トーポリーは思った。

 やはり違う。

 ティリイグは以前、このように口数の多い少女ではなかった。 

 シーイナ艦隊は散発的な砲撃網を突破してきた。

「ひきつけろ、距離三百まで待て!」

 ティリングはじっとシーイナの横に開いた艦艇を見つめつつ、指示を下した。

 六百、五百、四百。

「撃て!」

 砲艦一隻十門の計二万二千門が一斉に砲火を吹いた。

「至近距離、敵弾多数来ます!」

 シーイナは単純な罠に嵌ったのを知った。

「全艦、沈降!」

 圧倒的な砲撃で殲滅するはずだったティリング艦隊の砲撃は、ことごとく空を切った。

「目標、視界から消えました!」

 司令部のオペレーターが、ティリイグに驚きの声とともに報告する。

 艦艇が突如、据えていた標準から消えたのだ。

 ターポリーは、密かに自艦隊をゆっくりと後退させた。

「海中から射撃音、敵団と思われるもの、来ます」

 ティリングの旗艦制御装置が報告する。

「海中?」

 水面を走る渦が多数、砲艦の塊に向かって猛スピードで走ってきた。

 それらは艦の下部まで来ると、一斉に爆発して水柱ととともに砲艦群の一画を吹きとばした。

 魚雷式榴弾砲だった。

 ルグインのイブハーブは徹底して艦艇を改めていた。

 彼が研究所の主任になったころから密かに改造、開発に努めていたのだ。

「工築艦、壁を造れ!」

 ティリングは言いつつ、哨戒艦を多数だしてシーイナ艦隊の様子を探った。

 結果、艦隊は看板を浮かせただけで、あとは海中に沈んでいる状態にあることが分かった。

 ティリングは自砲艦とシーイナ艦隊がいた方向に工築艦で即興の鋼鉄製の壁を造り、敷き詰めた。

「突撃艦隊一戦隊で時間を稼げるか? 工築艦、砲艦を改造しろ!」

 北に集まっていた突撃艦のうち、七百がゆっくりと前進し、ゆっくりとスピードを上げていく。

「ここは退くべきですな」       

ティリングの隣にいたビージリーがぽつりと言った。

 彼女はしばらく考え、唇を嚙んだ。

「……相手の艦は想像を超えていました。これからどうなるかわからない。このまま攻撃を続けても尻貧でしょう」

「わかっている! だが、まだだ。ビージリー、頼む」

 一瞬、以前のティリイグに戻ったかのような言い方に、ビージリーはニヤリとした。

「面白いでしょう。我が水上鉄騎隊の意地を見せて差し上げますか」

 司令部を造っている後方から、突撃艦の一隻で指揮下の艦隊の元に移動する。

 その間、工築艦が素早く砲艦を誘導式魚雷発射艦に造り変え、指令部に指揮所yを設けていた。

「敵、突撃艦の集団、北から来ます! 数、約二千!」

 シーイナのいる艦橋で、管制官が声を上げた。

「陸戦隊を右舷、第二番甲板に集めろ」

 W字の左二本目の甲板に、強化繊維を身に着け、銃剣を付けたライフルに携帯対艦砲とナイフを装備した陸戦兵たちが一万、凹型に中央二列、左右三列とあらかじめ決められていた形に並ぶ。

「水底まで海を切り裂く鉄騎の威力、見せてやる」

 まるで人が変わったようなビージリーの迫力だった。元々が闘志をうちに秘めて普段は押し込めている性格だ。いざとなった時の彼の直情さは尋常を超えている。先頭を切り、二千の突撃艦を率いて七十ノットで北からシーイナの艦隊側面に砲火の中での突撃を敢行する。

 集団のところどころで砲の直撃弾が当たり突撃艦が破壊されるが、ビージリーはものともしなかった。

 陸戦隊は十分に相手をひきつけて、距離、百まで着た瞬間に一斉に携帯対艦砲を放った。

 ビージリーの周りで炎の渦のような、爆発が起こる

 その猛火の中を突っ切り、彼は突撃艦を側面に並んだ戦艦二隻に五十隻ほど突き抜けさせ、ゆっくりと水没させる。残りで、凹部分の中心に乗り込み、それぞれ左右に分かれて突撃艦をミサイル代わりにし、中からさらにレプリカントの乗った小型の機動艇を発進させた。

 陸戦隊の第一列は多数の突撃艦の突入に崩れ、その隙に機動艇が中に侵入する。

 第三列だけが形を取り、あとは乱戦だった。

 ティリングは動きのかたまったシーイナ艦隊の右側面へ回り込ませるように、誘導魚雷を全弾発射した。

 艦橋は状況に緊張したが、シーイナだけは冷静だった。

「右舷、一番甲板乗員脱出、そのまま右に方向に本体から離れさせろ」

 W字の右舷を作っていた艦艇を切り離して本体の壁にすると、誘導魚雷がそこに殺到した。

 右舷艦艇は水柱を何本も上げて、沈没する。

「全艦全速、空になった敵司令部に集中砲火を浴びせろ!」

 シーイナは思わず力んで命令を下した。 

 ティリイグは、辺りに砲火が集まり、水柱が上がる中で舌打ちした。

「ここまでか。しんがりはビージリーとトーポリーだ。他の艦は撤退するぞ!」

 彼女の艦艇群の本体は、半ば陣形も何もなく海域から離脱していった。






 ルレン港に入港したシーイナを無言で待っていたのは、テビリカだった。

 そばに少年のケムを率連れて。

 彼女らは、ルレン港占領後の港主捕縛と港神ルレンの従属を任務としていた。

「仕上げと行くか」

 シーイナは流石に疲れた様子だった。

 勝ったとはいえ、戦艦一隻、巡洋艦三隻、駆逐艦十二隻、陸戦隊と乗員含めて千八百人の死傷者という損害を受けていた。

 相手の損害はレプリカントとその亜種である機渦海艦のみである。流石に、完勝を狙っていたわけではないが、思った以上の痛手に忸怩たる思いだった。

 テビリカは頷いただけでケムと一緒にシーイナの司令部六人を連れ、潮と鉄の腐ったような微風の吹くレアルの小路を行った。

 中央付近から地下に入る鉄筋むき出しの階段がある。

 辺りには、旧コーカル帝国神官の正装をした者たちがいた。

「どけ」

 テビリカは短く彼らを制するようにいうが、神官たちは段々と集まってくるだけだった。

「港主はどこだ?」

 シーイナは言った、

「……案内いたしましょう」

 一人の神官が感情のない声をだし、身をひるがえした。

「港主は自ら身まかりました……」

「そうか……」

 シーイナはそれだけ口にして、皆とともに歩を進めた。

 地下の海中部はドーム状になっており、配線やパイプが壁や天井にむき出しになっていた。床のタイルはヒビ割れ、ところどころが陥没して浸水していた。

「……これは?」

 疑問の言葉を履いたのは、テビリカだった。

 彼女が聞く、ルレンの神殿とはとても思えないのだ。

 神官たちは離れた場所に一同に集まっていた。 

 シーイナ一団は緊張する。

「ルレン神はどこにいる?」

 再び、テビリカが聞いた。

 神官たちは、暗い顔で彼らに対していた。

「……我らが主は、ここを脱しました。あなた方の道具になされる訳にはいかない」

「ほう」

 テビリカは、ケムに意識をやった。

 次の瞬間、神官たちは懐の短刀をぬくと、次々と自らの胸に突き立てた。

「馬鹿な!?」

 シーイナは思わず叫んだ。

「あとは、我が主がどうにかしてくれる……」

 最後に短刀で身をえぐった神官の一人はそう言うと、息絶えた。

 その壮絶な様に、イルファンの一団は言葉が無かった。

 同時に、レアルの港が地響きに似た震えに襲われた。

 ゆっくりと解体されて海に沈んで言ってるのだ。

「ダ・プリスを港代わりにする。全員、待避」

 シーイナは時間帯の中の弩弓戦艦を指して言った。

「……終わっな。あとはレアルの残骸をすべて放逐するんだ」

 テビリカはケムに向かって作業を開始した。。

 このルレンを、完全消滅させるのだ。。

 力そのものを持つ神はここにはいないが、調べ上げて工程過程を作成したイブハーブの指示が彼らにはあった。






 リーリカムは間接神経網の中にいた。

 設置した三つの塔が、彼の光球の輝きを増幅させて、他の光を圧倒していた。

 複雑に絡み合ったラインがはっきりとわかる。

 迷路を漂う必要はなかった。

 照らし出されたラインの先に、目的の光球を見つけることができたのだ。

 暗いラインと混ざり合い、渦となっている中心に混濁したような塊がある。

 あたりの闇を自ら吸収し、膨張していっているように。

 リーリカムは鼻を鳴らす。

 アンカーを一つそばに打ち込んだだけで、彼は現実に戻っていった。

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