第25話 彼女が全力でおかしいです
パリーン……
ガラスが割れた音で体がビクリとはねた。
何が何だか分からない……
ぼやけた頭のまま、瞼を開く。
静まり返った部屋の中、激しい息使いだけが聞こえる。
何なんだ?
訳の分からない不安に駆られながら、みちるの名前を呟いた。
ペタリペタリ。
足音の聞こえる方向に首を動かし、みちるの姿をとらえた瞬間。
目を見開いたままの姿で時が停止する__
何が、何が、何が。
何が起こったんだ?
「フフっ。 フフフフフフ。プキュぶぁぐうわぁぁぁぁーーー!!」
「み、みちる。 どうしたの?」
なんだよ。
なんで、赤い紐を持ってこっちを見てるんだよ!!!それに、両手、両手足、血まみれ……
た、しかに、血液の独特な臭いが鼻に付く。
「ゆ、と……」
「どした……?」
冷静に返事をしたものの頭の中は混乱して、俺まで狂ってしまいそうだ。
ぶっちゃけると、怖い。怖いよ………。
「ゆう…と。 いきて……るいみ……って…………、なあに?」
「へ?」
「なに? 教えてー!!教えて! 教えて! 教えて!!」
自分が置かれた状況に硬直していると、みちるがピョンと跳ねて俺に馬乗りの状態になった。
ペタリ
そんな感触を首筋に感じた瞬間、強烈な血液の臭いが鼻につく。
「うわぁ」
そんな、間抜けな声を漏らした俺をみちるが悲しそうな瞳で見下している。その瞳を見て、正気に戻ったのかな……。なんて考えてしまう。
「みちる。 そこどいて」
みちるの状態にびびったものの、刃物を持っている訳じゃない。それに、マウントポディションを取られた状態だとしても、身体も細くて、力の無い、みちるに負ける訳は無い。
だから、大丈夫。
でもさ、叶うのならば……
みちる自身の意識で普通に戻って欲しいんだ。
大丈夫__
心の中でそう呟いていると、みちるは布を手放し、その上から俺の首を絞め始めた。
あ__
暴力じみた事だけはしたくなかったけど。
みちるはどうやら本気みたいで、全体重を掛けて俺の首を絞めてくる。もちろん、殺される気なんてさらさらない。
いや。ぶっちゃけちゃうと、殺された方が楽なんじゃないか?
って、思った時はあるけど……。
死にたくねえよ!!!
そう思って暴れてみるが、リミッターが外れている状態のみちるの事を振り払う事が出来ない。火事場の馬鹿力ってやつか?
やばい。やばい。やばい。
ドン!!!
「あっ…」
あまりの馬鹿力に焦って、本気でみちるを投げ飛ばしてしまった……。その結果、みちるは軽く吹き飛ばされ部屋の壁に背中からぶつかった状態だ。
「み、みちる。 ごめん…」
「……」
「だ、大丈夫?」
心配して駆け寄った瞬間。凄い表情で睨まれて、みちるはふらふらしながら立ち上がる。
まだ、何かする気なのか?
「優斗……」
「はい……」
「あんた、ただの暴力男じゃん!!」
……、確かに思いっきり吹き飛ばしたのは悪いけど、お前だって俺を殺そうとしたじゃねーか!!!
「お前、俺を殺す気だっただろ?」
布団に転がった紐が視界に入り、それを拾う。
「うわ!!」
赤い紐だと思っていたものは、タオルを縦に切ったもので、血液によって赤く染められていた。
勘弁してくれよ……
とりあえず、今の状況で2人っきりでいたら何をされるか分からない。
「とりあえず、救急車呼ぶぞ!!!傷口みてもらえ……」
「救急車要らない!!!」
「何言ってんだよ!部屋中血だらけじゃねーか?」
「別に大丈夫だし!! うざい!!」
うざいって……
「うざいのはみちるだろ?
いきなり血だらけで、首締めとか怖えよ!」
「別に本気で殺そうだなんて、思ってないし! つか、あたしこそ優斗が怖い!
女相手に暴力とか最低!!」
えーー!!
「いきなり、首締められたらそうなるだろ。 やたら馬鹿力で全然やめてくれないから……」
今まで、こんな事された事が無い……
と、いうか、こんなの未経験が普通だろ……
今までずっと、死ぬ程愛してくれるヤンデレとかに憧れていたけど……、マジでトラウマだ。
おかしくなった時の目付き。
血の匂い。
行動。
全てが無理だよ……
さっきまで守りたいと思っていたのに、もう関わりたくないと思う。
だって、またいつこうなるか分からないだろ?
いつか、本気で殺されそうな気がする。
ただ__
「なぁ、みちる……。 ひとつだけ聞くけど何かあったの?」
「別に」
ああ、そうか。
別に何もないのに、あんな事するんだ。
「俺達、もう別れよう」
「はぁ?」
何がはぁ?だよ。
「俺の事を殺そうとするくらい嫌いなんだろ?つか、毎日おかしい事ばっかりされて、こっちは気が狂いそうなんだよ!!」
守りたい。
普通にしてあげたい。
そう、思ってもおかしくなっていくばかり__
多分、俺じゃみちるを普通にはしてやれないのだろう。
「じゃあ、暴力で訴えてやる!」
「あのさ、自分はいきなり人の首締めてきて、それっておかしくね?」
「ただ、上に乗っかっただけだし」
こいつ、日本語通じねー。
まず、ごめんなさいだろ!!
「そうですか……。血まみれになって、人の寝起きに馬乗りになって首締めて、その態度ですか?
まじ、付き合い切れねーわ。ここにいたら殺されそうで怖いんで、実家に帰るわ」
「はぁ? 逃げんじゃねーよ!まだ、話が終わってねーんだよ!!」
「こっちは、あなたと話したくないです。
別にさ、訴えても、何してもいいから、俺に関わらない……で……」
みちるはこっちを睨み付けながら、カミソリを腕に当てている。
「それ、を、やめろーー!!!」
俺はそれで気が狂いそうなんだよ!!!
好きな女が、目の前で何回も何回も死のうとしている。
ふざけんな!ふざけんな!
みちるの元に駆け寄り、カミソリを取り上げると真っ二つに折りポケットに入れて、バスルームに向かうと全てのカミソリを同じようにして没収する。
「なに、人の私物を壊してんだよ!」
知るか、そんなもん。
とりあえず、部屋にある刃物を全て紙袋に入れて玄関に向かおうとしたが、服の裾をみちるが引っ張っている。
「なに?」
「ひ、ひとりにしないで? お願い……」
さっきまでの凶悪さは消え、甘えたような仕草で俺を見上げている。
ドキッ……。
とか、今更しないな。
さっきのみちるを見たら、もうダメだ……。
「いや、ひとりでゆっくり頭を冷やして下さい」
「ねぇ……」
「うん?」
「いつ、戻って来てくれるの?」
脳内どうなってるんだよー!!!
「もう、来ません。 荷物が残ってたら捨てて下さい」
「優斗……、いなくなっちゃうんだ。
優斗がいなくなるなら、生きている意味無い……。 あたし、死ぬね……」
また、それかよ。
もう、うんざりだ。
「ねぇ、考え直そうよ?」
「考え直すもなにも……、俺はずっと苦しんでたんだよ!」
「なにに、苦しんでたの?」
小首を傾げて不思議そうな表情で、俺を見ているみちる。
理解してねえのかよ!!
「いやいや、分かるでしよ。いきなり首締められたり、目の前で自殺図ったり」
「首はごめん…。 もうしないから」
「君はいつもそうだよね? しないって言って守らない! 信用出来ないよ。って、もう二度と自殺じみた事するなよ!!!」
「何で?」
本気で疲れる……。
「優斗は、あたしに死んで欲しいんでしよ?」
「俺、そんな事言ってねえよ」
「じゃあ、帰らないでよ。 優斗がいなくなったら、死んじゃう」
そんな台詞も少し前までは嫌いじゃなかった。むしろ、言われたい台詞だった。
でも、みちるに言われると脅されてるようにしか聞こえない。
「俺といるとみちるはおかしくなるだろ……? だから、ばいばい。
俺と会うまでは綺麗な体だったのに、そんなにしてごめんな…」
「じゃあ、責任取ってよ!!!」
「みちるが……。 いつか本気で死にそうで怖いんだよ。もう、俺の事解放して?」
「あーーっ!!!」
突然、大きな声を出すみちる。
今度は何なんだよ……。と思って唖然としていると俺の手を握り締め部屋に引っ張ってくる。
「優斗。 とりあえずこっち来て!すぐに、終わるから10分頂戴!! 」
なんか怒ってるし怖いから、10分ならとみちるの指示に従う。
「優斗! ぴしっと正座して!!」
そう言われ、心の中でため息を漏らしながら正座をすると頬に鈍い痛みを感じた。
はぁ?
「優斗!! 別れたいって事は浮気でしよ? なに? 好きな人出来たの?」
はぁ?
「そんな奴いねーよ……」
面倒くさい。
「じゃあ、証拠見せて!! 今まで散々人の事利用して、彼女が出来ましたー! じゃあ、別れますはおかしいでしよ?」
真剣な表情でそう言ってくるみちるに携帯を差し出すと、思った通りの言葉を口にする。
「そう思うなら調べて下さい」
「あのね。 証拠消した携帯渡されても困るのね!!でも、一応。 この携帯は預かっておくね!!」
「どうぞ、どうぞ。じゃあ、俺は帰ります」
そう、言うと涙をボロボロながしながらみちるが抱き付いてきた。
「優斗まで、あたしに死ねって言うの……?」
優斗までってなんだよ。
……気になってついつい。
「何? 誰かにそう言われたの?」
みちるは俺の問い掛けにyesともnoとも言わず涙をボロボロと流しながら、苦しそうに息をしている。
「おい、何とか言え……」
あっ。 まさか、俺が寝ている間にシンヤが来てなんか言われたとか?
もしかして、あの事をばらされた?
でも、それならみちるは俺を問い詰めてくるだろう……。なんて、考えているとみちるの呼吸が大きく乱れ始めた。
「みちる? おい!!」
なんだよ?こういう時どうしたらいいんだよ。
長距離を走った後みたいに、ゼエゼエいって体を揺らしているみちるの背中をさする。
「優斗……。 もお、大丈夫。家に帰っ……て、い……いよ……」
さっきは、帰るなって言った癖に……。どっちなんだ。大体、病人を置いて帰るのもなぁ。
「そういや、保険証どこあんの?」
「無いから……、病院……、無理……」
それだけ言うと、みちるは瞼を閉じた。
少しすると、定期的な寝息が聞こえホッとする。
つか、保険証無いなら作れよ。
だけど、俺が作る訳にもいかねーし。
みちるの親呼んで保護して貰うしかないよな。俺には、もう、それくらいの事しか出来ない。
視界にみちるの使い古された携帯電話を捉え、考え込んだ。
あんまり、良くないけど……、このまま、ほっといたら何をしでかすか恐ろしい。
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