第24話 彼女が普通になるかもしれません
みちるが普通になってくれるかも知れない__
とりあえず、自傷を止めてくれればどれくらい俺の気持ちは楽になるだろうか……
そう考えたら、気持ちが楽になる。
真っ暗だった未来に光がうっすらと見えてくるんだ。とりあえず……
「その病院教えてくれる?」
「分かった。 あ、行くのなら私が車で送ってあげるわよ。 それに、予約していた方がいいと思うわよ」
「うん。 とりあえず、みちるに聞いてみるよ」
相談して良かった。一人じゃ考え付かなかった案で、道が開ける。
本当に、良かった。
あれっ?
大切な事を忘れていた……
体から血の気が引くような感覚に襲われ、気が付けは叫んでいた。
「母さん、ごめん! 急いでみちるのアパートに送って!!」
「えっ? あ、うん」
親子揃って、バタバタとマンションの駐車場に向かうと車に乗り込むとみちるのアパートに向かう。すっかり忘れていた。
せっかく解決策が浮かんだのはいいけど、しんやの存在を忘れていた。
ふと、昼間の自分を思い出し気分が落ちていく。俺さぁ……。みちるの事裏切ったんだよな。しかも、最悪な方法で。
あんな、卑怯な事するなら、自分でしっかりと意見を伝えた方がマシだったんじゃないか?
なんで、あの時しっかりと断らなかったのだろう。過ぎた事を後悔している間に、みちるのアパートが見えて来た。
「ありがとう」
それだけ言って車を降りると、部屋に向かって歩き鍵穴を差し込んだ。
もしも、しんやが来ていて、みちると仲良くなってたらどうしよう。なんて、心配をしていたけれど、アパートの駐車場にしんやのバイクは見当たらない。
だよな。
まさか、いきなり会った事もない奴のアパートに押し掛けるなんて無理だよな。ホッとしながら、玄関のドアを開けると布団の上でゴロゴロしながらファッション雑誌を読んでいるみちるがいた。
「優斗ー。 おかえりー!! スロットどうだった?」
みちるは俺の荷物が減ってる事に気付いてないのだろう。もし、気付かれてしまったら質問責めにあうだろうから、バレないように
、いつもの自分を装う。
「ただいまー。 うーん。 ちょっとだけマイナスかな…」
「そっかー! ちょっとで良かったね!!」
「うん」
あ、そうだ。
母親に聞いた病院の話をみちるにしないと。
でも、なんて切り出すんだ?
いきなり、メンタルクリニックに行けって言うのも微妙だよな。
「みちる……」
「ん?」
「最近、どう?」
「なにがー?」
確かに……
「いや、何となくさ。 ほら、腕の傷とか平気かなって思ったりして」
「ああ……。 もう直ったよ、ほら!!」
服の袖を捲り上げ、笑顔でそれを俺に見せ付けてくるみちる。
確かに……、直っているけど……
その腕も太ももも白いミミズが這いつくばっているかのように盛り上がった傷跡が大量に刻みつけられている。
俺と付き合う前は傷ひとつ無い身体だったのに。
そう考えたら凄くシンドイ。
「あー、でも傷残っちゃったなぁ。
止めようって思うんだけど、癖みたくなっちゃって………」
止めようと思うなら、止めてくれよ。
お願いだから__
「なんていうか、自分がなんで存在してるのか分からなくなっちゃう訳。
優斗はそーいう時ってない?」
「ない」
ない。つーか、そんな事考えたって仕方ないような気がして……
「ふーん。 優斗にはあたしの気持ちは分からないね。だって、優しい家族がいる……」
優しい家族?
って、病院を進めるなら今かも。
「多分、みちるは疲れてるんだよ!
ほら、今まで大変な事が沢山あっただろ?」
みちるは何かを思い出したような表情を浮かべながら遠くを見ている。その表情には色が無く、全てを諦めているように感じた。
「あのさ、変な話になっちゃうけど……。
うちの母親鬱だった時期があるんだよね」
「うつ?」
俺もよく分からないから、適当に説明をする。出来るだけ、みちるが興味を持つように言葉を選んでいく。
「ほら。 人って辛い事があると精神的に疲れるだろ?で、それをほっとくと心が潰れちゃって体にまで支障が出ちゃう訳」
真剣な表情で俺の話を聞いているみちるを見て、少しだけホッとする。
「それって……、なおるのかな?
なんかさ、夜になると悲しくなるし……、不安になるの……」
だから、たまにおかしくなっちゃうのかな?
じゃあ、それさえ治れば。そんな思いに希望を膨らませた。
「うん!! 治るよ!!!
うちの母親も一時期は部屋に閉じこもっていたけど、今は元気だろ?」
「うん!! 元気!!」
「昔さ、母親が通っていた病院があるんだけど、今度行ってみない?」
「それで、楽になれるんだったらいいなーー!! 行く!! 行く!!」
断られる事が心配だったけど、すんなりと事が進んで良かった。これで、上手く行く。
そう、思ってみちるの顔を見ると困ったような表情を浮かべている。
どうした__?
そう問い掛けようとした瞬間。
ピーンポーン
静まり返っていた室内にインターフォンの音が鳴り響いた。
「ん~。 誰だろう!?」
布団の上から起き上がり、玄関に向かおうとしているみちるを引き止める。
「俺が行って来る」
「ん。 ありがとう」
そう言って、部屋の片隅に体育座りをするみちるを横目で見ながら、内心は焦っていた。
まさか、しんやか?
あいつ、マジでここに来たのか?
あいつには、みちると別れたいと漏らしてしまった__
で、裏で工作じみた事までしといて、俺がまたここに戻っているなんて……、まずいよな。もし、もしだ。
「あれ、優斗? 何でここにいるの?
彼女とは別れたいって言ってたじゃん」
なんて、言われたら……
みちるはどう思うだろうか?
そんな事を考えながら、玄関のドアを開けるとにやけた表情をした、しんやが突っ立っている。しんやと視線が合わさっているが、その表情が崩れる事はない。
どうしよう。どうしよう。
馬鹿みたいに焦っていたら、
「優斗ー。 久しぶりー。 最近顔見ないから元気してるかなと思って」
何の不自然さも無く、そう話し掛けてくるしんやに適当な返事を返した。
「元気そうな顔見て安心したわー。じゃあ、俺。 これで、帰る……」
散々焦ったのに、しんやはそれだけ言うとドアを閉めた。余計な事を一言もいわず帰るとかいいやつじゃん。
しかし、マジでアパートに来やがった。
凄い行動力だな。なんて思いながら部屋に戻るとみちるが不思議そうな表情をしてこっちを見ている。
「誰ー?」
「あ。 学生の時からの友達なんだけど」
「ふーん。 で、何しに来たの?」
「あー。 最近遊んでないから、顔見に来たんじゃないかな?」
「そう」
「あたし、ちょっと親に電話して来るから外に行ってくる」
へっ?そんなん、ここで電話したらよくね?
そう、思ったものの「気を付けてー」とだけ言ってみちるを見送る。
ゴロゴロしながらテレビを見ていると、疲れていたのかゆっくりと意識が途絶えた。
これから、少しずつ楽になれると思った。
この状況が変わると思った。
そう__
信じたかったんだ。
そんな、夢を見ていた………。
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