第23話 彼女がまともになるのなら

 実家に戻って一時間近く考え込んでいる。

 ちょっと、誰かに愚痴を聞いて欲しいだけだったんだ……

 なのに、こんな事になるなんて思わなかった。


 だいたい、しんやに相談したのが間違いだったのだろうか……もし………。

 もしだ。みちるがしんやを好きになってしまったら?


 そんな事は有り得ない__


 そう、思っているはずなのに不安は無くならない。


 もし、みちるがしんやを好きになってしまったら、しんやはみちるの事をぞんざいに扱うだろう。しんやとは、長い付き合いだからこそ分かる。


 アイツが女とまともに付き合っている所なんて見た事がない。


 今の俺がこんな事を思う権利なんて無いだろうけど、アイツが女と付き合う理由なんて、金、身体くらいのモノだろう。

 そうなったら、みちるは余計に狂ってしまうんじゃないか?

 そう、考えたらいてもたってもいられない。


 でも__

 俺は心のどこかでみちるに対して、恐怖を感じている。


 どんどんグレードアップしていく自傷。凶暴性。おかしな行動。


 これから、みちるはどうなってしまうのだろう?

 そう、考えたら恐怖以外の何者でもない。


 ああ。

 みちるが普通だったら。

 ううん。せめて、少しずつまともになるのなら……

 そのうち、まともになるのなら、耐えられる気がするけど。


 一生、このままのみちるだったら無理だ。


 みちるが少しずつでも普通になってくれれば……

 俺の願いは、それだけなんだよ……


 色々悩んでいると、玄関のドアが開く音が聞こえた。母親が帰ってきたのだろう。


 一人で悩んでいても解決なんてしない。

 何より、1人で考える事に疲れた俺は、人気に誘われるようにリビングに移動する。


「あれ? 優斗? なんかあったの?」


 みちると付き合ってから、実家とみちるのアパートを行ったり来たりしている俺。母親からしたら、″またか″というような行動だろう。


 それでも、それを口に出さないのは母親なりの気遣いだと、思う。


 いいよな?

 もう、いいんだよな?

 全部、バラしても__


 自分の好きな人のおかしな所を親に相談するなんて、絶対したくなかった。

 みちるを悪い風に思われたくはなかった。

 でもさ、自分だけじゃどうしようもないんだよ。


 誰かに助けて欲しい__

 上手く行く方法を教えて欲しい__


 どんなにみちるの事を憎んでも、俺はみちるが大好きなんだよ。

 それを、今回の事で思い知らされた。


「あのさ……」

「どうしたの?」


 助けて欲しい……


「みちるの事で相談があるんだ……」


 こんなの、都合が良すぎるんじゃないだろうか?自分の問題は自分で解決しないといけないんじゃないだろうか?



「やっと……。話してくれるのね。 嬉しい。あなたが何を言っても、受け入れるから……。 話して……」


 へっ?


 母親の想定外の返事に戸惑ってしまう。

 やっと、話してくれるのね。って、事は母親は何かに気付いていたのだろうか?

 そして、俺が相談する事を待っていた?


 その真実を目の当たりにして、自分に恥ずかしさを覚えた。


 俺は、何もかも自分で解決しようと思って足掻いてたんだよ。全てを話したら母親がみちるを嫌うと、思ってたんだ。


 でもさ、母親も病んでいた時期があるからみちるを助けたいって__

 見捨てたくないって___

 思ってくれるかな?なんて計算で今回の事を相談する事にした。


 ああ。


 それは、母親の事を信用してるからとかじゃなくて、全て計算。


「あのさ、みちるってちょっと変わってるんだよね……」


 ちょっとじゃないと、思うけど。


「どういう風に?」

「すぐ、死にたがるんだよ……」


 こんな話をしていたら、昔の母親を思い出してしまう。あれは、俺が小学4年生の時だったかな?


 親父が事故であっけなく亡くなってしまって、ひとり取り残されてしまった母親は見るに耐えない状態だった。

 最初のうちは、毎日のように泣いて部屋に引きこもっていたっけ?

 でも、ある時部屋から出て来たと思ったら、今度は酒に溺れる日々。



 毎日のように飲んで、眠って、ちょっと出掛けての繰り返しで、部屋の中はお酒の空き缶だらけ。


 それを、ゴミ袋に入れてゴミ置き場に捨てに行くのが俺の役目だったっけ……?


 そのうち母親の瞳はどんどん濁って、虚ろになった。

 元の母親に戻って欲しい__

 そう、願ったがそれは叶う事は無かった。


 結構、キツかったよ。

 ちょっと前までは毎日のように料理を作って、部屋も綺麗に保っていた母親がいきなり抜け殻のようになってしまうのは。


 毎日、手作りだった料理は弁当に変わり。

 部屋が汚いから、友達に家に呼ぶ事も出来なくなった。


 でも__

 一番キツかったのは、母親が「死にたい」と漏らす事だった。

 

 俺がいるのに、そう言われるのはキツい。

 もう、一生この状態が続くのかな?

 って、思っていたんだ。


 でも、母親は少しずつ回復していった。

 回復するまで時間は掛かったけど、母親が元に戻っていくのは嬉しかったよ。


 だから。

 みちるも普通になるかもしれないよな?


「優斗…」

「ん?」

「みちるちゃん、精神的に疲れちゃってるとか?」


 精神的に疲れてる?と、いうか。みちるの場合精神的に傷付いてると言った方がいいのかも知れない。


「うん……。 なんか、過去に色々あったみたいで傷付いているみたい……」


 そう。今までに何度も何度も″みちるの過去″って奴を聞かされている。

 確かに酷い過去だと、思うよ。

 でもさ、俺はみちるの過去を変えてやる事は出来ないんだよ。だから、過去の事を話し続けられるのはキツイ。

 何もしてやれないんだよ。


 だから、今を幸せになる事を考えてくれたらいいのだけれど……、みちるは異常な程、過去にこだわる。しかも、それがマイナスに働いているからたまったもんじゃない。


 過去がこうだったから。

 過去で傷付いたから。


 そんな言い訳を盾に好き勝手にしているようにしか見えない俺は、器の狭い男なのだろうか…… 


「それなら、メンタルクリニックとかに連れて行ってみたら?」

「病院?」

「そう。 ほら、私が昔、おかしくなったの覚えてる?お父さんが亡くなった時……、なんだけど……」


 しっかり覚えてるよ__


「あー。 そういう時もあったっけ?あんまり覚えてねーわ……」

「あの時は……、 ごめんね……」


 母親が小さな声で、そう呟いた。


 別に、謝らなくてもいいのに。

 確かに、あんたは俺の母親だけど……。

 その前にひとりの人間なんだから、弱る時だって、駄目になっちゃう時だってある。


 完璧な人間なんて、存在しないよ。って、こう思えるようになったのも、つい最近だったりするんだけどさ。


「こんな事言ったら言い訳みたいだけど、母さん……、あの時鬱だったみたいなの。

 でもね、いい先生を友達に紹介してもらえて、少しずつ楽になったのよ。だから、みちるちゃんも……」


 鬱?

 名前だけはよく聞くけど、詳しくは分からないな。


 __でも


 心の病によって、人が崩壊して、そこから這い上がっているのを俺は目の当たりにしている。だから、みちるも__


 藁にすがるような思いで、母親に話し掛ける。


「あのさ……。 病院に行けばみちるも普通になるのかな?」

「分からないけど、楽にはなると思うわよ。 でも、ね。 すぐに良くなるって訳じゃないの。だから、優斗がみちるちゃんを支えてあげてね?」

「うん。それを許してくれて、ありがとう」


 この時の母親は、昔の自分とみちるを重ねていたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る