第22話 彼女を裏切ります

 みちると俺はあの日以来一緒に居続けている。あの日のみちるの傷は半端なかった。


「ねぇ。 優斗ー! これ見て!!グロテスクだよね」


 嬉しそうな顔で、何度も何度も傷口を見せて来るみちるの傷を見ないようにして「痛そうだね」とだけ返事をする日々が続いた。


 みちるは狂っている。

 いや、むしろ俺も狂っている。

 そう実感しながらも、俺達が離れる事は無い。俺達の歪みは段々大きくなっていった。


 それでも、俺達は離れる事はしなかった。


 みちるを愛してる?

 そう聞かれたら、「愛してる」と言えるが……、この胸のモヤモヤは何なのだろう。


 例えるのなら、″愛してる″のだが″みちるに対しての不満″が大きすぎるのだろう。その不満は、普通ならお互いの関係に終止符を打つ程の大きな不満。それでも、俺達は終止符を打たずに繋がり続けている。


 みちるは未だにパパ活で生活をしている。

 それが、俺の一番の不満だった。


 最低だけど、俺はみちるを信用する事ができなくてみちるの携帯を覗き見する事が日課となってしまったんだ。


 信用出来ない関係。それも、普通なら終止符を打つべき付き合いだろう。

 それでも、みちると別れようとは思えない。


「みちる……。 俺達もう別れよう……」


 そう、話を持ちかけた事は何度も有るんだよ。

 でも、別れ話を持ち掛ける度に、みちるは狂ってしまうんだ。思い出す度に気が狂いそうだ。アイツ何なんだよ? 


 別れ話になる度に、みちるは「悪い所は直すから」と言って泣きわめく。


 それを拒むと、目の前で繰り返される自殺パフォーマンス。


 ある時は、血が吹き出す程に腕を切った。

 ある時は、タバコを丸飲みしやがった。

 ある時は、太ももにナイフをぶっ刺し屋がった。

 ある時は__、俺が寝ている間に首を絞めてきた。


 それが、どんどんグレードアップしていくんだよしかも、病院にも行かず、血だらけのまま部屋をうろつく。


 人間って……、簡単に死なないんだな……


 じゃなくて、そのせいで部屋中に血液が飛び散り、壁紙や床、家具なんかには赤黒い血が付着してこびりついている。

 なあ。

 こんな、人間が存在するのかよ?

 アイツなんなんだよ。

 ああ。

 それは、俺もかぁ……


 そこまでされても、″みちるが心配だから″という言い訳を武器にこの部屋から逃げ出そうとはしないのだから。


 だってさ、飼われるのも悪くないんだよ。


 みちるがおかしくならなければ。の、話だけどさ。。。


 ここにいたら、寂しい思いをする事も無い。

 ここにいたら、飯に困る事も無い。

 ここにいたら、大好きなオンラインゲームをする時間が沢山ある。


 それに、みちるは優しい時は優しい。だから、俺はここにいるんだ。


「優斗~! 仕事出掛けて来るね!!」


 傷だらけの腕と足を隠す事も無く、今日もみちるは仕事場に出掛けるみたいだ。


「いってらっしゃいー」

「はーい。 あ! お金財布に補給してあるから、お腹がすいたら適当に買って食べてね。あと、パチンコ行きたいなら行っていいよ!!」

「ありがとう……」


 ほら、今日のみちるは優しい。


 みちるが浮気だけはしたら許さないから……と、呟いて玄関に向かったから、いつも通りにする訳ねーしと言ってゲームの電源を入れる。


 浮気なんてしねーよ。

 そんな相手いねー。

 そんな事を思いながら、オンラインにインしようとしたらメンテ中だ……。


「あーあ」


 ゲームがしたかったけど、メンテなら仕方がないか。しかし、暇すぎる!!


「久々にスロットでもするか……」


 そう、呟きながら財布の中身を確認すると10万近い金額が入っている……。


「あいつ、なんの為にあんな稼ぎ方してんだよ……」


 なんだか、虚しい気分になりながらも出掛ける準備を始めた。

 なんだかな。

 なんだかな。

 よく分からないけど、誰かに俺の話を聞いて欲しい。


 そんな思いで向かった先のパチンコ屋のスロットコーナーには、相変わらずしんやの姿。

 みちるに対しての愚痴を聞いて欲しいという思いでいっぱいいっぱいな、俺は、しんやの横に座り、「久しぶり」と挨拶をする。


「優斗~! 今日も出ねーよ!!」

「なら、家に帰れって」

「いや、あと少しだけ」


 そんな会話をしながらメダルを購入すると、スロットを回し始める。


「優斗って、仕事してるの?」

「してないよ」

「へー。 その割には金尽きないよな?」


 生活費はみちるが出している。

 その上、遊び金までくれるんだよ……

 だから、尽きるなんて事は有り得ない……


 そんな事を思っていると、しんやと視線が重なった。何でか分からないけど、ニタニタしながら俺の目を直視している。


「まさかー! 彼女に貢がせてるとか?」


 耳元でいきなりそう囁かれ心臓がドクッと波打った。


 しんやの質問に対しはっきりと″違う!!″って、答える事の出来ない自分が確かに存在しているんだ。色んな事を言い訳にして、楽している自分を知っているから__


「ちょっ!! 優斗! 答えられないって事は、お前まじで彼女に貢いで貰ってる訳ーーー!!?」


 なぜか、凄く楽しそうな表情でそう叫ぶしんや。


「おい。 そんなデカい声でやめろよ!!」

「ばーか。 誰にも聞こえちゃいないって!!」


 確かに店内は、様々な雑音でうるさいから俺達の話なんて聞いている奴はいないと、思う。それでも、嫌なんだよ……


「しかし! 貢いでくれる彼女とか羨ましいんですけどー」


 羨ましい?

 ああ、確かにそうかもなぁ。

 働かないで、好きな事出来て。


「でもさ、大変なんだって」

「何が~?」

「いや。 彼女、変なんだよね」

「変なのはお前だろ? 貢いで貰ってるんだから、少しくらい変でも喜ぶべきだって!」


 それは、しんやがみちるを知らないからそういう風に言えるんだよ。


「別れ話したら……、自殺するんだよ……」

「ふーん。 自殺ならほっとけば?

 つーか、そういう奴は死にはしないよ」


 確かに死なねーけど、誰かが目の前で死のうとしてたら怖いだろ。死ぬとか、死なないとかの問題じゃないんだよ。とは、思ったものの。最近、自殺という名のパフォーマンスにも耐性が付いてきたのも事実だ。


「て、いうか。 別れ話したって事は、別れたい訳?」


 別れたい??

 その質問に対してYesともNoとも答えられない自分が存在している。


 好きな所もあるんだ。

 でも、嫌いな所もある。

 と、でも言うべきなのだろうか?


「うん。 別れたいと思う時もある。でもさ、別れられないよ……。

 だって、死なれたら……、怖い……」


 それを言い訳にして、ズルズルと一緒にいるのは俺__


「大丈夫だって!!! 優斗の彼女は俺が引き受けるから~!!!失恋の傷は新しい恋で! なーんて」

「はっ?」


 何言ってるんだ?コイツ。


「別れたいんだろ?」

「いや。 でも彼女にもいい所がある…し…」

「別れたいと思ったら別れないと! 優斗って優しいから、このままじゃズルズルいくよ?」


 ズルズル?

 確かにその通りだ。


 でも__


「どうやって、別れる訳?

 言っておくけど、別れ話したらアウトだからな?」

「ああ~。 じゃあ、彼女の住んでる所教えて〜」


 はっ?

 コイツも規定外の行動を取るタイプだよ。意味分からねー。


「住んでる所聞いてどうする訳?」

「あ? 優斗は黙って彼女の部屋から逃げればいいじゃん。で、俺は彼女のアパートに行く!」


 ちょっ。それはまずいだろ。


「いきなり押し掛けたら、やばいだろ。不審者扱いされるに決まってる!!」

「いやいやいや。 いきなり押し掛ける訳ないじゃん。まず、優斗が彼女の部屋から逃げるだろ?」

「ああ……」

「そしたら、優斗の彼女は傷付いちゃう訳。

 そこを、俺が優斗に会いに来たふりをして彼女のアパートに行って慰める!いい作戦だろ!?」


 はぁ……

 その、作戦上手く行くのかよ?

 色々と問題有りだろ。


 __でも


 みちるは浮気性だと思うから引っかかるかも知れない。簡単に釣られたら釣られたで気分は良くない。よな。


 だけど、さすがにそんな作戦に引っかかる訳ないよな。と、いう気持ちも強い。

 と、いうか引っかかって欲しくない……。


「と、いう訳たから、優斗は荷物持って実家に帰っていいよ。あと、彼女のアパート教えて」

「あ、ああ…」


 こういう時に嫌なら嫌とはっきり言えたらいいのだけど、その場の雰囲気にゆらゆらと流されてしまう。


 それでも、胸の中は訳の分からない不安と罪悪感で潰れてしまいそうだ。みちるから離れたい……と、思った事は何度もあった。

 だから。


 勢いに任せ、しんやと一緒にみちるのアパートに向かうと荷物を持って実家に帰った。

 でも、実家に帰ってしまったら考える事はみちるの事ばかりだ。


 俺は今現在、みちるをはめるような行動に出ている。その真実が胸に突き刺さる。

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