第21話 彼女の罠に掛かります

 ブーーー

 ブーーー

 ブーーー


 震え続ける携帯の液晶を無気力で眺めているうちに、時間だけが過ぎていく。

 着信、着信、メール、着信。

 その無限ループが一時間近く続いていて、うっすら恐怖すら感じるのに……、その一時間の間に何回、電話に出たい願望に捕らわれただろうか。


 もう、みちるとは終わっている。


 そう決心したはずの心は、一緒にいて楽しかった頃の事を思い出す度に激しく揺れ動いてしまうんだ。とりあえず、メールだけでも確認してみようか。


 なんて、思うものの鳴り止まない着信のせいでそれすら出来ずに時間だけが過ぎていく。ふと、時計に視線を移すとゲームのメンテが終わる時間だ。


 フラフラしながらゲームの電源をオンにする。あんなに楽しみだったゲームを出来るというのに、何かが落ちつかない。


 ソワソワしたままゲームをプレイし続けていると、ピタリと携帯の震えが止まった。そのまま数分が経過し、動かなくなった携帯電話に手を伸ばす。


 とりあえず、メールを確認すると画像が添付されている。精神的に疲れ果て、静かになっていた脳内がどくどくと騒ぎ出す。

 どんなメールが来るかなんて、もう分かっていた……


 みちるは俺と会わないと気が済まないのだろう__

 だから、どんな手を使っても俺を呼び出したいんだ__


 俺だってみちると会いたいよ。

 でも、それが良くない事を理解しているんだ。ここで、会ってしまったら、お互いズルズルとなって永久にこんな事の繰り返しさ。

 そう自分に言い聞かせながら、メールに添付している画像を開いた。


 大丈夫。

 大丈夫。

 本当に死ぬ気なんてないんだよ。

 前に自傷した時だって、かすり傷程度の傷だっただろ?

 みちるはただ、心配して欲しいだけ。


「ほら、やっぱり……」


 そこには、やっぱり血が出ているみちるの腕が写し出されている。でも、よく見ると血は塗りつけられて広げられたような感じだから、傷は浅いのだろう。前と一緒だ。


 前は、こんな事をされたのが初めてでテンパってしまったけど……、今度は大丈夫……

 大丈夫だよな?


 不安になりながらも、みちるのメールに返事を返す事はしなかった。


 ブーーー

 ブーーー

 ブーーー


 またもや携帯が震え、反射的にメールを確認してしまう。


『優斗は、あたしが死んでも平気なんだね……』


 って!かすり傷だろ!!

 死にそうなら、メールなんてしないよな。

 だよな?だよな?


 とてつもない罪悪感を感じながら携帯を握り締め、その場に座り込むとまたもや携帯が震える。


 ブーーー

 ブーーー

 ブーーー


『あれくらいの傷じゃ、優斗は心配してくれないみたいだから、もっと凄いの送るね』


 へ?


 そのメールに恐怖を感じながら、送付されている画像を開くと___

 赤黒い傷口がパックリと開いて、真っ赤な血がだらだらと流れている腕が写し出された。


 体中の血管が波打つような感覚に捕らわれ、そのエグい画像から目を反らせずにいると、またもや携帯が震える。


 ブーーー

 ブーーー


『優斗は冷酷人間だから、これくらいじゃダメかな?待っててね。

 今すぐに優斗の願いを叶えてあげるから』


 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。


 そんなセリフを脳内でブツブツと繰り返しながら、受信履歴からみちるの携帯番号を探す。お願いだから、止めてくれ__


 俺が悪かったよ。

 何度でも謝るから、止めてくれ。

 俺、みちるに死んで欲しいだなんて、これっぽっちもおもってないよ。


 五回程コール音が聞こえたのち、みちるが電話に出た。


「ゆう……と……?」


 みちるの声を聞いた瞬間、生きていたと思って、ほっとして体の力が抜ける。


「う、腕大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。それよりも、まだまだ写メ送ってあげるから電話切りなよ」


 はい。そうですかって、電話を切れる訳ないだろ……


「いや、写メは送らなくていいから……。

 今からそっち行く」

「えっ!!今は無理。30分後にして!!」


 焦ったような声で、そう言うみちるに疑問が募る。何で、今、行ったらいけないんだよ。

 一体、何を考えてるんだよ……


 みちるの携帯を覗き見した時に出てきた男とのツーショットを思い出し、胸がムカムカしてきた。

 こんな時に、ヤキモチとか馬鹿らしいけど。


「男がいるんだったら、そいつに病院に連れて行って貰って下さい」


 イヤミをボソリと呟く。


「お、男? そんなのいないよ。ぶっちゃけ言うと浮気してたけど……。優斗が一番好きだって分かったから、別れたの……」


 うわぁ。

 白状しやがった……

 本人に認められると、キツイなぁ……


 でも″優斗の事が一番好き″って、言われたら嬉しくなってしまう俺はなんて単純なんだろう。


「じゃあ。 すぐ行くから、病院行く準備しときな」

「ダメっ!!!ずっと悲しくてボロボロだから……、メイクしたりしなくちゃ……」


 …………

 ……………


 はっ!!?

 メイクだと!!?


「みちる…………? 今、メイクとかどうとか言ってる場合じゃないだろ?腕、大変な事になってるよな?」


 あ、あほなのか?

 いや、それは俺もか?


「腕は大丈夫だよ」

「まぁ、とりあえず。 俺も準備してそっちに行くから」


 それだけ言うと服を着替えて、こっそりと玄関に向かった。


「優斗? どこに行くの?」


 なんて、タイミングだよ。

 なんとも言えない表情をした母親が俺を凝視している。みちるの所に行くだなんて、言い辛くて黙っていると、母親が先に口を開いた。


「みちるちゃんの所?」


 違うだなんて言えなくて、コクリと頷くと、


「優斗……。 あなた、みちるちゃんと付き合ってから変よ……」


 そう言われ、気まずい雰囲気が流れる。出掛ける事を止められるんじゃないかって思った。


「みちるちゃん、元気なの?」


 そう言われて、みちるの自傷の画像が頭をよぎったけれど、「元気だよ」とだけ返事をする。


「私にはよく分からないけど、あなたが元気のない顔を見るのは辛いから、みちるちゃんのアパートの前まで送って行くわ」


 そう言われ、母親の車でみちるのアパートに向かった。

 一体、俺は何をしているんだろう。

 裏切られて、裏切られて、信じて、裏切られて……


 でも、俺がみちるのそばにいないと、みちるはとんでもない行動を取るんだよ。

 それどころか、俺が守ってあげないとみちるは死んでしまうかも知れない__


 俺がいないと……

 俺が守ってあげないと……


 それが、どんな形だろうと、誰かにこんなにも必要とされた事なんて初めてなんだよ。


 だから__

 俺が守ってあげないと……


 みちると別れようと何度も思った。


 それでも、今の俺はみちるを守る事を使命のように感じながら、みちるの部屋に向かいインターフォンを鳴らす。


 みちるを助けないと。

 その、思いだけが胸の中でゆらゆらと揺れている。


 インターフォンを鳴らしても反応が無いから、不安になってドアを開くと服を着替えているみちるがいる。


 可愛い服を着て、メイクだってほとんど完璧だ。なのに、傷口の手当は適当で、タオルをグルグル巻いているみちるの姿に違和感と哀れみを感じる。


「みちる…。 大丈夫?」

「え!? 優斗ー? 来るの早すぎでしょー! あたし、メイク中途半端!!!」

「気にしなくていいよ。 すっぴんでも凄く可愛いから」


 みちるはこんな時でも、俺から見られる事だけを気にしているのだろうか?

 みちるっていつもそうなんだよ。


 同棲してる仲だというのに、隙を見せる事をしない。普通なら、部屋の中でくらいノーメイクでもいいだろ?

 でも、みちるは違うという事をある時に気付いてしまった。


 みちるは風呂上がりにでさえ、薄くメイクをして、それをすっぴんだと言い張っていたんだ。


「え、久々に会うから可愛いって思われたくて……」


 そう言って恥ずかしそうにしているみちるが可愛いけど、そんなに気を使うなよ。なんて、言えばいいのだろう。


「みちるは今、怪我しているだろ? だから、ゆっくりしてなよ?」

「ゆっ……、で……る……ない……」

「ん? 何?」

「ゆっくり、出来るわけないでしょー!!!」


 鬼のような形相でそう叫ぶみちるは、かなり興奮しているみたいだ。


 何が起こったのか理解出来ずに唖然としていると、みちるは話続ける。


「あたしが汚くなったら、優斗はあたしの事を嫌いになるでしょ? 裏切るでしょーーー?」


 へっ?


「意味が分からないんだけど? 汚くなるって何?」

「はぁ? 優斗はあたしが不細工になったらあたしの事裏切るでしょーーー?」


 な、訳ないだろ……


「なんで、そんな事で裏切るんだよ?

 みちるがどんなになっても好きだよ!!」


 そう言った瞬間、ゾーッとする程の冷たい視線でみちるに睨まれた。

 なんだよ。

 なんだよ。

 なんなんだよ。


「男……。 ううん。 人間って、みーんな綺麗なモノが好きでしよ? て、事はー?」

「えっ?」

「優斗はあたしが不細工だったら、あたしとは付き合わないんじゃないの?」

「そんな事ないよ……」

「じゃあ、証拠見せてよ。 証拠…、証拠、証拠、証拠。証拠。証拠。証拠。証拠」


 感情を無くしてしまったかのような表情で、「証拠」と繰り返しながら近付いて来るみちるが怖い___


「みちる……。 怖いよ。止めてよ」

「証拠がないと不安なんだもん」


 証拠? 

 あー!!


「みちるには言いたくなかったけど……」

「え? なに?」

「実は俺。 みちるの整形前の顔知っているんだよね」


 マズイ事を口にしてしまったんだろうか?

 みちるの周りの空気が一瞬だけ停止してしまったかのような、雰囲気を感じた。


 でもさ__


 これくらいしか思い付かなかったんだよ。

 今のみちるを落ち着かせる方法を。


「なんで、知ってるの?」


 きょとんとした表情で、そう聞いてくるみちる。そう、なるわな。


「知り合いにみちるの同級生がいて、卒業アルバム見た事があるんだよ」


 これ以上追求されたらどうしようと、思って焦っていると、


「「やだ、やだ、やだ。 じゃあ、優斗はあたしのキモイ顔を知ってるって事ーーー!?」」


 どうやら、みちるは追求所じゃない様子だ。

 しかし、キモイ顔って……


「俺的には可愛かったけど。 爽やかな感じで好きだよ!」

「そんな都合のいい事言って!! こいつキモイなぁ!! なんて思ってたんでしょ!!!」


 よくもまぁ、自分勝手にマイナスな想像をして怒れるものだ。


「可愛いかったって……」


 うん。 むしろ、あの顔のどこがキモイんだ。普通に可愛いレベルじゃねーか!!


 整形しても、元が悪ければ綺麗になれないって。どこかで聞いた事があるし。


「なによ、なによ。 じゃあ、あたしが不細工のままでも付き合ってた訳ー?」

「うん。て、いうか、自分の事不細工つーの止めようよ」

「えー!! 優斗、不細工専門な訳ー?!」


 へっ?

 て、俺、今ちょっといい事言ったのに……。それは、シカトで不細工専門呼ばわりですか?

 なんで、そうなるんだよー!!


「俺は、可愛い子が好きだ!!」


 そうそう。 モテない割に好きになる子は人形みたいな整った顔の芸能人ばっか!!

 でも、みちると付き合ってから女は顔じゃないのかな………。なんて、思い始めていたりする。


「可愛い子が好きなの?」

「う……う、ん。 まあ」

「じゃあ。 可愛い女に言い寄られたらすぐに浮気しちゃうんだー?」

「なんで、そうなるんだよ!」


 浮気してたのは、お前だろ!!一瞬。そう叫びそうになった。

 さっきまで、みちるを大切にしようと思っていた気持ちがしゅるしゅると縮んでいく。


 みちるの事は好きなんだよ。でもさ、こういう所が面倒くさいつーのも本音。

 自分がした事はすっかり忘れて、疑う事ばかり。


 最初のうちは疑われる事を、ヤキモチだと思って嬉しく思っていたけれど、気付けばただの面倒くさいモノとしか思えなくなっていた。


 それでも、みちると別れると寂しくて一緒にいる事を選んでしまう俺。どっちもどっちだ。


 さしずめ、今の俺らの関係を例えるのならば、みちるは美しい姿をした蜘蛛だろう。

 その美しい姿に誘われて、俺は巣に引っかかってしまった地味な蝶。普通なら蝶は蜘蛛に殺されてしまうんたよ。


 でもさ__


 その蜘蛛はひとりでは居る事が出来ないとてつもない寂しがり屋の蜘蛛だったんだ。


 だから、俺に「一緒に居てよ………」って悲願したんだ。


 愛してるって……

 寂しいよって……

 あたしは、傷付いてるよって……



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