第20話 彼女から離れます

 メールを見てから、みちるの態度はいつも通りだった。いや、むしろ平和な生活が続いていたと思う。


 たまにご飯を作ってくれたり、でもやっぱり掃除は苦手みたいだったり。それなりに幸せと言えば、幸せだ。


 でも、相変わらずみちるは誰かとちょこちょこメールのやり取りをしているみたいだし、風呂場に携帯を持って閉じこもったりと怪しい行動をする。


 携帯を見るまでは、そんなに気にならなかったみちるの行動が全て怪しく見えてしまう。

 そんな、自分の精神状態に悩まされている。


 はっきり言えば、全てを暴露して振られてしまった方が楽なんじゃないか。

 なんて、考えてしまう状態だ。


 なかなか寝付く事も出来ず。

 やっと眠れても、みちるが浮気している夢を見て、嫌な汗をかき目を覚ましてしまうような日々。もう、限界だった。


 それに、こんな状態でダラダラしていたらみちるを実家に連れて行く事も出来ない。そしたら、また母親に無駄な心配をかける事になるだろう。


 それに、何よりもう一週間が過ぎている。

 横目で爆睡しているみちるを確認すると、枕の横に置いてあるみちるの携帯にそーっと手を伸ばす。


 人の携帯を勝手に覗き見したらいけない。そんな感情は微塵も残っていなかった。


 みちるを諦める理由が欲しい。

 いいや。

 本当は、みちるが俺を裏切っていないという、確かな証拠が欲しい。


 でも、目の前に突き付けられたら現実は一週間前に見たモノとなんも変わっていない。

 俺って___、何?


 相変わらずストーカー扱いされている自分。

 他の男との楽しそうなメール。

 やましい内容のメール。


 何故か、顔も知らないみちるのメール相手に恨みにも似た感情が溢れてくる。そして、その相手の事を知りたくなってしまう。


 気が付けばメールだけでなく、着信履歴、写真を暗闇の中でコソコソと覗き見している自分がいる。そんな自分が情けないだなんて感情は無い。ただ、ひたすら夢中でみちるの携帯電話を弄っていた。

 見たらショックを受ける事は分かっているのに、知りたくて知りたくてたまらない。



 男とのツーショット写メが出てくる。

 楽しそうな表情で男と写っているみちる。

 キス写メ。


 なんだよ。これ……

 まるで、こいつら付き合ってるみたいだ。

 ふと、我に帰って気持ち悪さと、怨み、嫉妬心に心を蝕まれる。


「あはは。 こんな写メちゃんと消しとけよ…」


 愚痴のようにそう呟いて、みちるを見ると気持ち良さそうな表情をして爆睡している。

 本当はさぁ……

 文句の一言でも言ってやりたかったんだよ。


 でもさぁ。ストーカー扱いされている自分が情けなくて……


 いや。もし、みちるを起こして喧嘩になって、そういう扱いをされるのが怖くて、何も言わずにみちるのアパートを飛び出したんだ。


 みちるに出会ってから、みちるのアパートと実家の往復だらけだな。そんな事を考えながらコンビニまで歩くとタクシーを捕まえて実家に戻り、こっそりと自分の部屋に入った。


 薄暗い部屋の中、みちるに嫌みを含んだ別れのメールを一通だけ送信する。


『もう会わないから、彼氏と仲良くしてね。もう、浮気すんなよ!』


 これで、また彼氏の所に戻るだろう……

 それでいいんだ。

 このまま、みちると一緒にいたら頭がおかしくなってしまう。

 自分にそう言い聞かせながら、携帯の電源を切るとゲームを始めた。


 大丈夫。

 大丈夫。


 何かに夢中になっていたら、苦しみだって和らぐはずだ。


 それからは、ひたすらゲームをしていた。

 ゲームをして眠たくなったら眠り。たまに、飯と風呂。


 それは、半廃人みたいな生活だ。

 オンラインの世界にどっぷりはまり込み、ゲームの世界で強くなる事だけを求めひたすらに日々を過ごす。


 だからさ、ゲームの中では人気者で色んな奴らに慕われていたけど、現実の世界の俺は朝起きて顔も洗うことすらしない無精髭を生やした清潔感の無い男。


 それでも、オンラインゲームで作ったイケメンキャラが自分みたいな感覚になっちゃって、現実からどんどん逃避していく。


 そんな俺を母親はキツく責める事はしなかった。


「優斗ー!! あんた、たまには風呂入りなさいよ!! それと、その服もう3日は着てるでしよー!? 洗濯するから脱いで!!」


 なんて言われる程度で、俺はそれすらシカトを続ける。


 でも、そんな俺が唯一正気に戻る時間が出来た。それは、週1で行われるオンラインゲームのメンテってやつで、その時間は数時間オンラインゲームが出来なくなる。

 ゲームが出来ない=何もする事が無い。


 ゲームの世界に行けない事に、絶望感に似たような感情を抱きながら風呂に入る事にした。いつもだったら、風呂に入る時間すら勿体ないから軽く髪を洗う程度のカラスの行水。でも、今日は違う。


 ちゃんと、体だって洗うし、髭だって剃って、湯船にちゃんと浸かる。


 久しぶりに味わったゲームに時間を支配されない、ゆったりした時間はそんなに悪い物でもない。


 むしろ、今までの自分の生活を冷静に考える事が出来て、今の自分に情けなさすら感じる。こんな生活良くないって事は理解しているんだよ……


 でも、今の俺がこの生活から抜け出すのは相当難しい事だろう。


 バスルームから上がるとバスタオルでワシャワシャと髪を拭いて顔をあげる。ふと、洗面台の鏡に写った自分と視線が合わさり、どうしょうもなく自分が情けなくなる。


 こけた頬。

 痩せた瞼の下にある瞳は、どんよりとした光を放っている。なにより、身体の肉が変な落ち方をして情けない体付きにもなった。


 ああ__

 何で、俺、こんなになってるんだ?


 自分の姿にショックを感じながら部屋に戻ると、電源を切りっぱなしにしていた携帯電話の電源を入れる。みちると付き合ってからは友達と遊ぶ事も少なくなった。


『優斗ー! 最近付き合い悪くない?

 今度遊ぼう!』


 で、ふと友達から送られて来た、そんな内容のメールの存在を思い出たんだ。誰かと繋がりたい。すぐじゃなくてもいいから、少しずつ外との接点が欲しい。


 それに、あれからみちるからメールが来ただろうか?

 馬鹿みたいだけど、そんな思いだってある。


 新着問い合わせをする為に液晶を弄ろうとした瞬間、手にしている携帯がブルブルと震えて、大量のメールが着信された。


 一瞬びっくりした。

 でも、こうなる可能性もどこかで理解していたのか冷静な自分がいる。


 __ただ


 今までの経験上、嫌な予感が頭の中をよぎってしまう。


 自殺をほのめかす、みちるからのメール。

 腕を切った写真。


 でもさ……。もうみちるには新しい男がいる。しかも、一番好きなのはその男で、

 俺はストーカー。


 確かに、みちると連絡が取れなくなってからの俺はみちるに対して恥ずかしいくらいにしつこくメールを送っていた。しかも、中には罵声に近いような内容のメールまで。


 でもさ、いきなり彼女が他の男とラブラブです!なんて、現実を突きつけられてつい……


 ああ、なんか俺情けなすぎ……

 そう、考えて自分の情けなさを受け入れてしまったら少しだけ楽になれた気がする。


 そういえば、みちるが俺と別れたくないって自殺をした時、心配だった気持ちもあったけど……、俺と別れたくないからとそこまでするみちるが可愛いって気持ちもあったんだよな。


 それだけ俺の事を求めてくれていると、思えたんだ。俺って、変だろ?


 でも、今はみちるの事を純粋に心配している自分がいる。

 新しい彼氏ってどんなやつなんだろう?って。


 みちるはメンタルが弱い所があるから、すぐ自殺しようとしちゃうんだ。だから、新しい彼氏がみちるを普通にしてやれるような男だったらいいなって願う。


 未だにみちると一緒にいたいという気持ちもあるけど、みちるが幸せになれるなら……、それで、いいかな。って思えるんだ。


 悲しいような、幸せな気分のような、不思議な感覚を感じながら受信されたメールを開いた。


 SNSの広告、迷惑メール、友達からのメール。色んなメールが来ていたけど、一番最初に見るのはみちるからのメール。


 やっぱり、現在のみちるの本命は俺ではないのだろう。その証拠に、みちるからのメールは10件満たないくらいの物だった。


『彼氏ー?なんの話!?てか、優斗はあたしと別れたいのー?』


 あいつ……

 しらばっくれかよ。


 でも、そうして貰った方が助かる。

 意外と傷付きやすいもんな、俺。そんな事を思いながら次のメールを開いていく。


『とりあえず、一度ちゃんと話し合おうよ……』


 あれ?


 俺の事をストーカー扱いしていたのに、何で会おうとするんだ?


 新しい彼氏が好きだけど、俺がひつこくしたから可哀想になってとか、怖くなって一緒にいたんじゃないのか?

 だとしたら、ちょっと嬉しい……

 でも、なら何であんなメール……


 みちるの行動や言動を理解出来ないまま、次のメールを開く。


『あたしの彼氏は優斗だけだよ。

 前の彼氏とは、ちゃんと別れているよ……。

 だって……。あたしは優斗と一緒にいれる事が一番幸せなんだって分かったんだ。でも、優斗からしたらあたしに裏切られたようなものだもんね。許せないよね?だから、別れていいよ。それでも、あたしはずっと優斗に片思いしとく。それだけは、許してね?』


 一途なメールの文章を見て、単純に嬉しく思う。可愛いと、思う。


 そんな、メール見たら……、みちるに会いたくてなってしまうよ。とりあえず、メールを全部チェックしたらちゃんと話し合いたいな。ちゃんと話し合わないと、お互いに勘違いだってあるだろうし……


 俺が見てしまったモノが勘違いだったら、どんなに楽だろうか……と、胸に希望を膨らませながら、次のメールを開く。


『優斗は返事すら出来ないの?そんなに薄情な男だとは、思わなかった!!そんな男なら別れて正解かも~!!』


 …………

 ……………


 いきなり、今までのメールとは囲気がガラリと変化して一瞬唖然としてしまう。

 薄情?

 別れて正解。

 その言葉に胸がキリキリと痛む。

 そして、そこからは暴言メールが続いた。


 心が傷き疲れ果て、何がなんだか分からないまま、悲しみと苛立ちだけが募っていく。


 確かに俺も悪いけど……、なんで、ここまで言われないといけないんだよ……


 そう思いながら唖然としていると、携帯がブルブルと震えた。


「みちるからだ……」


 なんで、あそこまで人をバカにしたあとに電話なんて掛けてこれるんだ?

 さっきまでは、みちるとちゃんと向かいあいたいと思っていた。

 でも、今は話したくない__


 みちるが俺の事を好きだなんて思えないんだ。

 みちると俺が上手くいくだなんて、思えないんだ。

 それでも、手の平の中で携帯は途切る事なく震え続けた。


 ブーーー

 ブーーー

 ブーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る