第16話 彼女の事を相談してみます
「適当にくつろいで」
しんやにそう言われ室内に入る。高級感のあるソファーが置かれたリビングを通り過ぎると、その先にあるのはしんやの部屋だ。
意外に綺麗に整頓されたその部屋は、黒と白で統一されている。
「しんやって、いつも部屋綺麗だよね」
「ああ、整理整頓が癖みたいなもんかなー」
しんやの家には結構来た事が有るけど、しんやの親の姿を見た事はただの一度もない。
不思議だなとは思うけど、親が居ない環境というのは年頃の子供から見ると最高な環境な訳で……。
しんやの部屋が一時期溜まり場みたいな場所になっていた事を思い出した。
あの頃は楽しかったな…。
なんて、思い出してしまうと止まらない。
今まで彼女なんて出来た事がなくて、彼女持ちって言葉に憧れていた。でも、実際に彼女が出来てしまったらいい事だけじゃない。
「なあ……」
「真剣な顔してどうした?」
「もし、自分の彼女がパパ活に手を出していたらどうする?」
一人で考える事に疲れて、そんな台詞を漏らしてしまった。
あー、やってしまった。
こんな事言ったら、″優斗の彼女、パパ活している訳ー?″なんて思われてしまっても仕方がない。そう思って身構えていると、
「なにそれ!!最高じゃん!!」
子供のように無邪気な笑顔でそう言うしんや。
最高って、どういう事だ。
どこをどんな風に捉えたら、最高って返事が返ってくるんだ?
「ちょ。お前、人の話をちゃんと聞いてる?」
聞き間違いでもしたのだろうか。
「聞いてるよ」
「じゃあ、何で最高なんだよ?」
しんやはにやけているに近い笑顔で話始める。
「だってさ、お金ガンガン貰えそうじゃん。 高給取りってやつー?しかも、そういう子って優しくしたら貢いでくれそうじゃね?」
コイツの頭のネジは緩んでると本気で思う。
でも、もしも__
俺がしんやみたいな思考回路であれば、こんな事で悩む事もないんだろうな……。って、考えると少しだけ羨ましくなってしまう。
楽になりたい。
楽になりたいのなら、みちると別れるのがいいんだろうけど__
みちるにはいい所だって沢山あるから、別れたくはない。
だから、せめてみちるがあの仕事を辞めるまで現実逃避していたい。
「で、何? 優斗の彼女そういう仕事してる訳ー?」
「いや、違う。 それは、彼女の友達の話だよ……」
「へー。 なら、その子紹介してよ。
俺が有効活用するから」
有効活用って__
とりあえず、コイツにはみちるの事は喋ったらいけない。そう、思った。
「とりあえずさー」
「なに?」
「あんまり酷い時は、相手が一番嫌がる事をネタに脅してやればいいんだよ。人間ってさぁ、ちゃんと躾ないと理解しないからさ」
「あ、ああ……」
「優斗は優しすぎるんだよ!
言っとくけど、優しくしたらいいって訳じゃねーぞ! 逆につけあがる」
しんやは笑顔で空中を殴るような仕草をしながら、「こうだ!」と繰り返している。
「俺は殴らねーよ。
どんなにムカついても殴ったら終わりだと思っている」
「その考えが甘いんだよ」
そう言いながら、ゲラゲラと笑うしんやに恐怖すら感じるけど__
もし……。
もし俺がしんやみたいな考え方だったら、こんな事で悩んだりしないんだろうか?
そう考えたら、しんやが羨ましい。
窓から外を眺めると、空が夕暮れでオレンジ色に染まっている。いつもなら、″綺麗だなぁ″なんて思いながら眺めている景色が不気味に感じるのは何故だろう?
「しんや。 今日はこの辺で帰るわ」
「分かったー。 また、遊びに来て」
「うん……」
早くアパートに帰らないと、みちるが先にアパートにたどり着いてしまったら、また喧嘩になってしまう。
『どこに行ってたの?』
『浮気?』
そんな言い合いをする事を避けたくて、オレンジ色の夕日の中をひたすら走り続けた。
アパートに着くと、音を立てないようにして室内に入る。
別にやましい事をしていた訳じゃない。それでも、体がそうする事を覚えてしまっているんだ。
まだ、みちるが帰ってきていない事が分かると安心して溜め息が漏れる。ただ彼女と一緒に暮らす事が、こんなにも大変な事だとは思わなかった。
適当にテレビを見ていると玄関のドアが開き、大きな紙袋を持ったみちるが現れた。
「おかえりー。 なんか、買い物してきたのー?」
「そうそう。 優斗絶対喜ぶよ~。
中見て~」
嬉しそうな表情をしたみちるが、俺に紙袋を押し付けてくる。
「なんだろー?」
ワクワクしながら紙袋を開けると、俺が欲しいと思っていたゲーム機とソフトが入っている。でも、それだけじゃない。
「優斗~!嬉しい?」
中には、それの他にオンラインゲームをする為に必要な物が入っている。
「優斗、オンラインしたいって言ってたよね!」
「う、うん」
「だから、買ってきた!! これさえ有れば、暇じゃないでしよ?」
嬉しい反面。
なんで、今こんな物をプレゼントしてくるんだ?って気持ちもある。
もしかして、みちるは未だに俺が仕事をする事を嫌がってるから、こんな物をプレゼントしてきたのか?
「優斗~。 浮かない顔してどうしたの? 今日はね、優斗にもう一個プレゼントがあるんだよ?喜んでくれるか分からないけどね……」
「へっ?」
俺が唖然としていると、みちるはニコニコしながら俺の横に寄り添ってきた。
「実はね~。 パパ活は今日で辞める事にしたんだぁ。 今まで頑張ってたからね……。
あと、借金! ほとんど払い終わってて残りはとあるお客さんがが出してくれるって~」
はっ?
客が借金を払ってくれるなんて事があるのか?
なんて、考える余裕なんて無かった。
「マジに~!?」
ただひたすら喜んでいたんだ。
「うん!! 本当だよ!!」
これで、一番大きな悩み事が消えたって……。これで、少しずつ普通になれるって……、信じていたんだ。
「でね。 当分は飲み屋で貯金しようと思うんだけど、いいかな?」
みちるにそう言われて、夜の仕事くらいならって思えた。
「いーよ。 でも、いつかは辞めてね。
あと、俺も仕事探そうかなって思ってる」
俺がそう言うと、みちるの表情が一瞬だけ引きつった気がしたけど。
「優斗が浮気は絶対にしないって約束出来るなら、優斗の事信じてみる」
「浮気なんてしねぇ」
何もかもが上手くいって、これでやっと普通になれるんだと思ったんだ。
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