第15話 彼女の事でモヤモヤだらけです
みちるが睡眠薬を大量に飲んでから、一週間が過ぎた。
「優斗~! 今日はすき焼きよ~!!」
「すぐ、行く!!」
母親にそう返事をして、
「みちる。 すき焼き食べよう!!」
みちるの手を握ってリビングに連れて行こうとすると、
「優斗……。 体調もよくなったし、そろそろアパートに帰りたいな……」
と、言い出すみちる。
ぶっちゃけて言うと、母親が「ここで、皆で住んじゃいなよ~」なんて言ってくれたからそのつもりだったけど、みちるにとってこの場所はあまり居心地がいい場所ではないんだと思う。
別にみちると家の母親が険悪な関係になってしまったという訳じゃない。むしろ、みちるも母親もお互いを気に入って仲良くしているみたいに見える。
それでもみちるからすると、 『他人は所詮他人』ってものらしい。
いつか、裏切る。
裏切られたら嫌だから、信じない。
そう言って、完全に気を許そうとはしない。
俺の実家で暮らしている間のみちるはまるで野生動物みたいだ。
体調が優れないうちはよく眠っていたけれど、体調が復活してからはまるで何かに怯えたかのような生活をおくっている。
爆睡する事すら出来ずにちょっとした足音わ物音で敏感に反応して、眠っていても起きてしまう始末だ。
俺の母親があんなに良くしてやっているのに、信じる事が出来ないのか?
と、いう気持ちも有るが、俺とふたりでアパート暮らしをしている時には、しょっちゅう爆睡しているみちるを見ているから″俺の事は信用しているんだ″と考えると嬉しい気持ちもある。
そんな事を考えながらリビングに向かうと、3人で鍋を囲んですき焼きを食べた。
みちると暮らしてからはほぼ弁当だけの食生活だったから、手作りの味が最高に美味しく
思える。
みちるがもうちょっと料理がんばってくれたら嬉しいんだけどな。
今は、色々大変だろうから週1でも……
そんな事を考えながら、すき焼きを食べていると、
「お母さんが作ってくれていた味に似てる!!」
なんて、はしゃぎ始めるみちる。今までみちるは親の話なんてしなかったから、″みちるの親ってどんな人だろう″って、興味が沸き始める。
「みちるちゃんのお母さんって、私と同じ年くらいかな?やっぱり、みちるちゃんに似て美人かなー?」
なんて、はしゃぐ母親の話にじっと耳を傾けた。
「お母さん。あたしが小学生の時に死んじゃった……の。でね、お父さんすぐに再婚したんだけど、その再婚相手が凄く嫌な奴なの……」
言葉を濁す事も無く、いきなりそんな話をするみちるにその場の空気がピシッと張り詰める。それでも、みちるは話続ける。
「新しいお母さんは料理とか全くしない人だから、ご飯貰えなかった」
____
_____
「え! ご飯貰えなかったって……」
「友達の家でたまに貰ってたけど、あたし友達あんまりいないから………、体重20キロ代だったよー!!」
ケラケラと笑いながらそんな話をするみちる。
なんで、笑ってるんだ?
なんで、そんな事を笑い話みたいに、話せるんだ?
そう思って泣きそうになった瞬間。
「でも、今はこんな美味しいご飯が食べれて幸せ~」
と、言いながらみちるはにっこり笑った。
もう、駄目だ。
みちるを守ってやれるのは俺しかいないと、決心していると隣から鼻を啜る音が聞こえる。
「優斗!あんた!!絶対みちるちゃんを守ってあげなさいよ!!!みちるちゃんの事大切にしなかったら私が許さないから!!!」
なんて、熱く語る母親の問い掛けに「絶対幸せにする」と答える。
みちるを守ってやれるのは俺だけなんだよ。
義母にそんなに酷い扱いをされたというのに、にこにこしながらすき焼きを食べているみちるがまるで子供のように純粋な子に思える。
すき焼きを食べ終えると、母親にみちるのアパートに戻る事を伝えた。
母親は少し寂しそうな表情で、「また、遊びに来てね」だの「優斗にイジメられたら私に相談しなさい」だの言ってみちると携帯番号とメアドを交換している。
その後、母親にアパートまで送って貰った。
部屋に入るなり布団に座って、母から貰った服を眺めているみちる。
「優斗~。帰りたいなんて言ってごめんね……。優斗のお母さん凄くいい人だと思うけど、すぐには気を許せなくて気を使ってしまうの」
そんなに気を使う事無いのにと、思いながらも義母のせいでそうなったのかな?
他人が怖いのかな?なんて気持ちもある。
「気にしないで、ゆっくり仲良くなればいいよ」
「うんー!!ありがとう!!
そういえばね、あたしの本当のお母さん凄くいい人だったんだよ。優しくて………、あたしの事凄く大事にしてくれていた。
会いたいなぁ…………」
みちるは何かを思い出したような顔をして、泣きながら話し始める。
「優斗~。死体って見たことある?」
へっ!?死体。
正確には、葬式くらいなら参加したことあるから見た事はある。
でも、こんな話はしたくなかったから……
「ないよ」
「死んだら、ただの肉の塊になっちゃう。
返事もしないし、笑う事もないし……。
大好きだったお母さんなのに、死んじゃったら、まるで別人みたいで気持ち悪かったの。
あたしって、酷い子供だよね」
気持ち悪かった?
葬式で見たけど、そんな事なかったぞ?
みちるの母親はいったいどんな死に方をしたんだ。
「そ、そうなんだ。でも、仕方ないよ……」
何が仕方ないのかなんて、分からない。
でも、この話はしたくない。
「でもさ、お母さん酷いよね。あたしの事好きって、言っててくれてたのに……、首吊りしちゃうんだもん。
しかもさ~、あの人本当は死ぬ気なんて無かったんだよ?うける~」
うける~といいながらも……
笑いながらも……
ポロポロと涙を流すみちるが不憫で仕方がない。その笑顔には狂気すら感じてしまうのに、悲しくて、切なくて、胸に何かがグッサリと刺さったような痛みを感じる。
「きっと、大切な人がいなくなったらとんでもなく悲しいと思う。だからさ、みちるも自殺みたいな事は止めてよ」
「へっ? 優斗は、もしあたしが死んでしまったら悲しんでくれる訳?」
「悲しいに決まってる。
腕を切っただの、薬を飲んだだの……。 そんなメールを見る度に不安で気が狂ってしまいそうだよ……」
そう言うとみちるは微かに笑ったあとに、「嬉しい…」とだけ呟いた。
そんな事で嬉しいなんて、おかしいだろ。
そう思ったけど、みちるの笑顔が儚すぎて……
今にも消えてしまうそうに思えて……
「だから、ああいう事はもう止めてよ」
って、伝えたけどみちるが返事をくれる事はなかったんだ。
「優斗~。 あたし明日からお金稼ぐね!! で、1ヶ月たったらキッパリ足を洗って普通の仕事に戻る」
明日から1ヶ月かぁ__
もしかしたら、そのままブッチしてくれると思っていたのに。
物事は理想どおりには進まない。
それでも__
「なあ。借金払っても当分暮らせる金はあるから……、ああいう事は辞めて、普通の仕事しようよ」
「う…ん…でも、そういう訳にはいかないんだよね。凄いお世話になってるお客様とかいつて!だからさ~、すぐ辞める訳にはいかないけ内の」
パパ活に客もクソもあるのかなんて思ったが、喉から出そうになった言葉を飲み込んだ。
一ヶ月でパパ活から足を洗う。その約束は俺にとっては魅力的でこくりと頷くしかなかった。
次の昼が来ると、みちるはシャワーを浴びてメイクを始める。
また、いつも通りの朝が始まった……
心のモヤモヤを……
納得出来ない気持ちを誤魔化すように、【いい方向に進んでいるから…】と【あと、一ヶ月我慢すれば幸せになれるから】と、自分に何度も何度も言い聞かせた。
本当はさぁ。納得なんて、全然出来てないんだよ。
みちるに『行かないで!』って『辞めろ』って声を大にして言いたい。
でも、俺がどうこう言っても解決しない問題だから。今の俺に出来る事は、その時がくるまで我慢をする事だけ。
本当は子供のようにだだをこねて、泣き叫びたいんだよ。
でも、そんな事をして……。今の状況が更に悪化するのが怖いだけなんだ。
俺は臆病者だ。
だから、耐えるしかない。
でも、このまま、この部屋でみちるの帰りを1人で待つのは拷問みたいな状況だ。
したくなくても嫌な想像をして、気分がどんどん落ちて行く。苛立ちで胸がムカムカするし。自分が情けなくて涙が出そうになる。
顔も知らない客に嫉妬して、気が狂いそうだ。
「パチンコでも行こうかな……」
テレビを消すと、身支度を整えて外に出る。
さっきまで、薄暗い部屋で嫌な想像ばっかりしていたけど、外に出るとそれが少しだけ楽になる。
空気も色も軽くなって、少しだけ楽になれたような気分になる。
1人でいるのはシンドイから、誰かに会いたい。それが本音。
なんて、期待に胸を膨らませパチンコ屋に向かって歩く。
目的地に辿り着くと、やたらうるさい店内の音で気分が楽になる。
今はとことん暗い気分だから、騒がしい場所の方が身が楽だ。
それに___
ここに来れば、知り合いくらいはいるだろう。というか、いてくれ。
なんて、思いつつ店内をウロウロしていると、しんやの姿を見つけた。
コイツ、いつもパチンコしてるよなー。
なんて、考えながらも。
長い付き合いの知り合いに会えた事で、気分が楽になる。
しんやに近付き、肩を軽く叩くと「お前、もう昼飯食った?」と、問い掛ける。
「優斗ー。 この店全然出ねーよ!かなり負けたから飯奢って」
「いーよ」
しんやの残りメダルが無くなるのを待つと、近くにある定食屋に向かう。
「優斗、最近また痩せたんじゃない? ちゃんと、飯食ってんのー?」
俺、痩せたのか?
確かにみちると暮らしてからは、飯も適当だ。それに何より考える事に疲れてしまった。
もうさ__
ひとりで色んな事を抱え込む事に疲れたよ。
誰かに自分が悩んでる事を知って欲しい。
弱音を吐いて楽になりたいんだよ。
「ああ。 彼女と同棲始めてから色々あって疲れてるかなー」
「へー。 優斗家借りたんだー」
「家借りてないよ。 彼女が一人暮らししてたから、そこで同棲してる」
「へー。 いいね、それ」
「そうかなー? どうせなら自分で家借りて家賃と光熱費くらいは俺が払いたいなー」
そう言うと、しんやはゲラゲラ笑っている。
俺何か変な事を言ったっけ?
「せっかく、自立してる彼女がいるんだから甘えりゃいーのに。優斗って、糞真面目。
あ! でも、俺はそんな優斗が好きだけどな~。で、お前の彼女の写真とかねーの?」
みちるの場合は自立しているとは、また違う感じがする。どちらかと言えば、自立出来てないのに自立するしかなくて、どうしょうも出来ない感じ。
だからこそ、助けてあげたいんだ__
でも、みちるは助けすらも拒み壁を作っているから、どうしたらいいか分からない。
「写真あるよー」
「なら、見せてよ!! 優斗の彼女って今まで一度も見た事がないから興味あるわー!!」
やましい笑みを浮かべながら、話続けるしんやにみちるの写メを見せる。
「うわ! すげえ美人!!なにこれ? どーせ、写メ詐欺だろー!」
ちょっとだけ悔しそうに、そう言うしんやに対して優越感に溺れた。そうなんだよ……
見た目も仕草も、凄く可愛い。
それに、優しい時は半端なく優しい……
ただ、たまに変になってしまうんだよ。みちるは。
「いや。 写真より実物の方が可愛いよ」
「へー。 じゃあ、今度彼女の友達紹介してよ」
「お前、彼女いたよな?それにさ、俺の彼女には、大きな問題があるんだよ……」
ちょっとだけ、愚痴をこぼしたい。
「問題? 胸が小さいとか?」
へっ?
それって、問題なの?
そんな会話をしている途中に注文した食べ物が運ばれて来た。
定員が居なくなったのを確認すると、小声で話し始める。
「そんな事じゃなくて……。
彼女さぁ……。 たまに変になるんだよ……」
「だから、小さいんだろ?」
どうやらコイツの思考回路は胸の事で精一杯らしい。悩んでるのはそこじゃなくて、″たまに変になる″って所なのに……。
「小さくない。そんな事より、たまにおかしくなるん……だって」
「小さくないなら、問題ないじゃねーかよ」
それだけ言うと、食事を始めるしんや。
……とりあえず、俺も食うか。
「あー。 今日どうしようかな。優斗はどうすんの?」
食べ物を口に入れたまま喋るしんやの癖が、苦手だ。
「食い物を口に入れたまま喋るなって!んー。 俺は今からどうしようかな……。
なんか、スロットする気にもならないんだよね」
「じゃあ、家来る?」
「おう。そうする!」
スロットするよりは、喋りたい気分だ。素早く食事を済ますと会計をして、しんやの家に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます