第14話 彼女を実家に連れて行きます

 カーテンごしに差し込む光と、すずめの鳴き声で目が覚めた。

 ヤバい。

 仮眠するつもりが爆睡してしまった……


 慌ててベッドから起き上がると、みちるから連絡が来てないかと携帯を確認する。


「最悪だ……」


 携帯の液晶には着信62件。

 メール受信126件。と表示されている。

 いつも以上に有り得ない数字だろ……


 それを見た瞬間。

 みちるから送られてきたリスカの画像を思い出し、心が震えた。まさか、またしてないよな?


 みちるが帰ってくるな……って、言ったんだから大丈夫だよな?

 でも、前もそんな感じで……


 普通の考え方じゃ、みちるの行動なんて予測不可能だ。


 とりあえず適当にメールを開いていくと、愛を綴ったメールと罵声のメール。そして、自殺をほのめかすメールが交互に送られて来ている。


『優斗と一緒にいた時間は今までで一番幸せだったな(o^^o)

 あれから、自分を見つめ直したよ♪

 今まで、優斗の話を聞き入れなくてごめんね。あたし、自分のダメなところを直そうと思うの……。だから、一回ちゃんと話し合いしたいなー。とりあえず、今すぐ優斗の声が聞きたい……』


 ちゃんと、考え直してくれたのかな?

 嬉しいな。って思って次のメールを適当にひらくと。


『てめえ、いつまでもシカトしてんじゃねーよ!!不細工が!!

 あー!マジで別れたらすぐに次の女探しでもしてるんですかー?

 あー!あんたみたいな男と過ごした時間。無駄すぎる!!』


 地獄に落とされたかのような気分になる。


 そして__


「信じてたのに、裏切られて辛い。 辛くて眠れないから睡眠薬を沢山飲んでしまった」


 裏切られたって、俺の事?


 睡眠薬を沢山飲んでしまった。

 その文章が、気になりリビングに向かったら母親が部屋を掃除している。


「あのさ~。 睡眠薬って沢山飲んだらヤバいよね……」

「優斗……?なに言ってるの?そんなのダメに決まってるでしよ……」

「ごめん。ちょっと彼女のアパートに送ってくれないかな?」

「え? もしかして彼女が睡眠薬沢山飲んじゃったの?」


 言うべきか言わないべきか一瞬だけ迷った。でも、うちの母親ならこんな事くらいでみちるの事を変な目で見たりしないだろう。


「そうだよ……」


 むしろ__


「大丈夫なの? とりあえず急ぐよ」


 いつもは、ちゃんと身支度を整えて外に出る母親が、スッピン、パジャマ姿のままで外に飛び出した。

 本気で心配しているんだと思う……


 今でこそ元気な母親だけど、一時期凄く病んでいた時があって【死】というものを本気で考えてた人だから。


 今でこそ、幸せだと笑って生きる事を幸せだと言っているけど………、みちるが昔の自分と重なって心配なのだろう。


 マンションの駐車場に向かい車に乗り込むと急いでみちるのアパートに向かう。


「優斗! みちるちゃんは電話出たの?」

「いや、鳴らしてるけど出ない」

「……救急車呼んだ方がいいかもね」


 そんな会話をしているうちにみちるのアパートの駐車場についた。


「とりあえず、様子見てくる!!」


 もしかしたら前みたいにピンピンしているのかも知れないし。そうじゃないと、困る……


 前にあんな事があったから、合い鍵を貰っておいて良かった。ポケットから合い鍵を取り出すと鍵穴に差し込み横にひねり、ドアを開けた。


 奥の布団が膨らんでいるのが見えて少しだけホッとする。


「みちる…。 入るよ?」


 そう言いながら中に入ると、みちるの様子を確認した。頬を触ると暖かい。

 生きている……

 良かった……


 それを確認すると、張り詰めていた空気が緩んで体の力が抜けた。

 良かった……

 本当に……、良かった……


「優斗~。 みちるちゃん……、大丈夫?」

「うん…。 スヤスヤ寝てる………」


 散々心配かけて爆睡とかいい気なもんだ。

 でも、何事も無かったからいいか。


「一応起こしてみたほうがいいんじゃない? もしかしたら、薬飲んで眠ってるだけかも知れないし」


 母親にそう言われ、みちるを起こす事にした。はっきり言って、睡眠薬なんて飲んだ事がないから、それを飲み過ぎたらどうなるのかなんて知らないから……


 みちるが眠ったまま突然死んだりしないか心配なんだ。


「みちる?」


 名前を呼んでも反応しないから体を少し揺らしてみると、みちるの瞼が少しだけ開いた。

 また、母親を連れてきた方からびっくりするかな?嫌がられないかな?


 なんて、考えたもののみちるは何も言わないまま何もない空間をぼんやりとした表情でみている。


「おい!大丈夫か?」


 不安になって声を掛けたものの、反応が鈍い。その代わり、かすれた声で「気持ち悪い…」とだけ言うとヨロヨロした足取りでトイレに向かい歩き始めた。


 真っ直ぐ歩く事も出来ないみたいで、壁にぶつかりながら歩く姿が痛々しい。


 母親はそんなみちるの体を支えるとトイレに連れて行って背中をさすっている。どうやら吐きたいみたいだけど、吐けないらしい。


 そんなみちるに母親は話し掛けながら、無理矢理水を飲ませて吐かせている。


「みちるちゃん! しっかりして!!とりあえず救急車呼ぶからね?」


 母親のその言葉にみちるは初めて反応を示した。


「救急車は呼ばないで……。

 保険証ないから、あたしは大丈夫だから、やめて」

「バカね……。 病院代くらい払ってあげるから……」

 

 それでも、みちるはかたくなに救急車を拒み続けた。


「意識がない訳じゃないし……、病院行くの凄く嫌がってるから家に連れて行こう。優斗、車に運んで!」


 母親にそう言われ、みちるを抱き抱えると車に連れて行く。


「えっと、着替えどうしようか?」

「あー。 そんなのは後で私が買いに行くから早く運びなさい」

「分かった」


 母親が一緒にいてくれて本当に助かった。


 こんな状況に陥った事なんて今まで一度もないから、俺ひとりじゃどうしたらいいか分からずに焦っていただろう。

 マンションに戻るとみちるを自分の部屋のベッドに寝かす。


「とりあえず、薬局と、着替え買って来るから優斗はみちるちゃん見ていてね。

 もし、体調がおかしくなったらすぐに救急車呼ぶのよ!」

「分かった……」


 そう返事をすると、母親は出掛けてしまった。


 母親にまで迷惑を掛けてしまった__


 でも、こんな事をしてしまったみちるを母親が見放さないでくれて嬉しかったんだ。


 なぁ、もしかしたら、みちると同じ苦しみを背負った母なら、みちるの辛さを和らげる事が出来るのかな?


 そしたら、みちるも楽になれるのだろうか。

 そんな事を考えながら、みちるの手を握りしめるとみちるも握り返してきた。


 あんな事があった後なのに……

 これだけでみちるを許してしまいそうになる自分がいる。


「もうさ、何も気にしなくていいから早く元気になってよ」

「優斗……」

「ん?」

「優斗のお母さんね……。

 あたしが吐いてる時に、ずっとあたしの手を握っていてくれたの…。

 普通なら汚いから近付かないようにするじゃない?」


 普通。具合の悪い人間を前に汚いなんて思うか?


「そうかな? 具合が悪いんだから看病したいと思うのが普通だと思うよ」


 そう言うと、みちるの瞳からは涙が溢れ出す。


「優斗が優しいのはお母さんに似たんだね。 いいなぁ……。ごめんね。 もう一回寝るね……」


 みちるはそれだけ話すと、眠りについた。


 ___

 _____


「優斗!! 優斗ー!!!」


 いつの間にかねむっていたのだろう。

 みちるに背中を揺さぶられ目が覚めた。


「ん? どした?て、具合は大丈夫なの?」

「うん。 ちょっとだけ気持ちが悪いけど、もう大丈夫……。それより、トイレに行きたいんだけど」

「あ、そうか! ここ、俺ん家か…」


 みちるをトイレに案内すると、リビングに移動する。


「あ!優斗!みちるちゃんの体調どう?」

「なんか、大分楽になったみたいだよ」


 母親は、大きな紙袋を俺に手渡しホッとしたような表情を浮かべた。


「これね~、服と下着~!!

 服沢山買って来ちゃった~!!!

 みちるちゃん、どういう服が好きか分からなかったけど、似合いそうなやつ探してたら楽しくなっちゃって!!」

「あ、ありがとうございます」

「みちるちゃん、細くて羨ましい~」

「……」

「元気になったら一緒にショッピング行きたいな~」

「誘ってあげてよ!」

「優斗に服買っても、似たようなものばかり着るからつまんないのよね~…。

 それに、やっぱり女の子の服の方が選ぶの楽しい」


 やたら上機嫌の母親を見てホッとする。

 このまま、ふたりが仲良くなってくれれば嬉しいな。

 

「あのさ…」

「ん?」

「みちるがあんな状態なのは過去に色々あって、精神的に参ってるからなんだ。

 で、みちるが吐いた時……、母さんがが手を握っててくれた事が嬉しかったみたいで泣いてた……。だから、仲良くしてもらえたら嬉しいんだ」


 そう言うと、母親まで涙ぐむ始末だ。


「私も色々あったけど今は幸せって思えるから、みちるちゃんも少しずつ楽になれると思うよ。だから、優斗がみちるちゃんをしっかり守ってあげなさい」

「うん」

「とりあえず今はみちるちゃんの看病をしなさい」


 と母親に言われ、自分の部屋に戻るとトイレから戻って来たみちるが部屋の隅っこで体育座りをしてテレビを見ている。


「そんな隅っこにいないで、ベッドに寝てなよ」

「う、うん。 でも、不安で」


 どこか居心地の悪そうな表情でそう呟くみちるに「何で?」と問い掛ける。


「優斗のお母さんにまで、迷惑掛けちゃった……」

「あー!! 俺の母親は迷惑だなんて思ってないよ」


 そう言っても不安そうな表情をしているみちるに紙袋を手渡す。


「それ、着替え。母さんがさぁ……、みちるに似合いそうな服選んでたら買いすぎたらしい。みちるが元気になったら、一緒に買い物行きたいって騒いでたよ」


 そう言ったら、みちるも喜んでくれるかと思ったのに……

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけだけど、凄まじい形相で俺の事を睨んだ気がした。


「着替えまで買ってくれたんだ……。しかも、こんなに沢山!?」


 さっきの鬼のような表情は気のせいだったのかな?


 嬉しそうな表情で紙袋を開けると中を物色しているみちる。中には今流行りの服が沢山入っている。種類も様々だ。


 みちるは、中から一着の服を取り出すと、


「わぁ、こーいうの着てみたかったけど似合うか心配でなかなか着る勇気なかったんだよね。ねえ、優斗のお母さんって可愛いし、服選ぶのも上手だね。あんな、お母さんがいて羨ましいなぁ……」


 何か思い出したかのように、遠くを見ながら悲しそうな表情を浮かべている。


「家の母親を母親みたく扱いなよ。そしたら、喜ぶよ。みちるちゃん、みちるちゃん、騒いでるから……」

「本当!? 嬉しいな……。

 でも、なんか変な感じで恥ずかしい……」


 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうな表情をしているみちるが可愛くて仕方がない。


 でも、どうしても引っかかってしまう。


「みちる……。 俺の話怒らないで聞いてくれるかな?」


 そう言うと、みちるは何か悟ったような表情をして小さくこくりと頷いた。


「みちるのお金の事なんだけど、理由があってああいう事をしているの?」

「うん……」

「借金かな?」

「そうだよ……。ごめん……」

「謝らなくていいんだよ。 いくらあるの?」


 そう言うと、みちるは困ったような表情を浮かべた。


「整形のローンと金融で200万ちょいかな……」


 200万ちょいか……。

 それなら、払える。


「みちる…。 その借金俺が払うから仕事辞めてくれないかな?俺、頑張って働くし、みちるも普通の仕事したら楽になれると思うんだよ」


 俺がそう説得するとみちるは戸惑いの色を見せた。そして___


「自分で作った借金なのに、それを優斗に払わすなんて出来ない!!」


 そう、言い張る。


「自分が好きな女が他の男と居ると思うとキツイんだよ!!だから、俺がそうしたいんだ!!みちるの為じゃなくて、俺の為だから気にしなくていいから……」


 そう、俺がそうしたいのは自分の為。



 好きな人が他の男に触られているかも知れないのが、許せないんだ。

 それが一番大きな本音なんだよ。


「分かった……。あと1ヶ月だけ待って!

 少しでも、自分で払いたい……。

 それに、デートしかしないから。


 あと1ヶ月か……

 そして、デートのみ。


「嫌だ」って、言いたかったけど……


 1ヶ月でみちるがこういう事を辞めてくれるなら、それでいいって思ってしまったんだ。


 でもさ、この日した会話が全て嘘だったなんて__、この時の俺は知る由もなかったんだ。

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