第13話 彼女に会いに行きます

「ただいま~」


 アパートに帰ると、みちるが不機嫌そうな表情で俺を見ている。


「優斗ー。 帰って来るの遅くない?」

「そう? あ、コンビニで友達に会ったからちょっとだけ喋ってたけど…」

「友達って、女? 男?」


 最初の頃はみちるの束縛が嬉しかったけど、最近はうんざりしてしまう時がある。


「男だよ。 俺、女友達いないし」


 そう言うと、みちるは安心したかのような表情を浮かべ「本当?」って言いながらコンビニの袋からタバコを取り出した。


 そんなみちるを見ていると、先輩が言っていた事を思い出して、今すぐにでも問い詰めたいような衝動に襲われたが、その気持ちをグッとこらえた。


 みちるがパパ活をしている。

 その話を聞いて一週間近くが過ぎた。


 その、わずかな期間で何度も何度もみちるを問い詰めてしまいそうになったが、その言葉をどうにか飲み込み続けた。


「優斗~。 あたし、今日仕事だから…、帰りに弁当買ってくるね」


 みちるは昼過ぎに起きて、それだけ言うと風呂場に向かう。そんな、みちるの後ろ姿を眺めながら『仕事って…何の仕事…?』って、心の中で何度も何度も繰り返す。


 みちるが仕事に行ったら先輩に教えて貰ったサイトからメッセージをしてみよう。

 そうだ。

 それで、先輩が言っていた″みちる″って女に会えば真実が分かる。


 大丈夫。大丈夫。


 色んな事を考えている間にみちるは風呂場から出てきてメイクをすると仕事に出掛けてしまった。


 震える手で先輩に聞いたパパ活サイトを起動すると、みちるを見付けた。

 みちるじゃないと思いたいのに、自分の写真をプロフィールに上げて居てその顔はみちるそのものだ。


 おまけに胸の谷間をアピールした写真。それを見るだけで溜息が出そうだ。顔も身体もまさにみちる。

 でも、その真実を信じたくない俺は誰かがみちるのフリをしているだけだと言い聞かしながら、そのサイト内でみちるに近付く。


『始めまして。

 凄く可愛いですね。食事だけで、時給一万出しますがどうですか?』


 こんな感じで良いのだろうか。パパ活なんてした事無いから適当にメッセージを送る。

 駄目だったら駄目だったで、アカウントを作り直せば良いだけの話。そう、自分に言い聞かせた。


 この人は本当にみちるなのだろうか。なかなか帰ってこない返事を待ちながらそんな事を思う。帰ってこないメッセージに安心して、テレビを見て時間を過ごす。


 昼を過ぎた頃にスマホが震え、内容を確認するとアプリにメッセージ受信一件。メッセージを開いてみる。


『こんにちわ!私も是非お会いしたいです!食事って、昼ですか?夜ですか?

 私はどちらでも構いません!!』


 話し方がみちるとは全然違う。

 本当にみちるなのか?

 もし、みちるなのだとしたら聞きたい事が有る。


『どちらでも構いません。

 あの、仲良くなれば食事以外も出来たりします?』

『仲良くなれば!色々有りますよ!』

『どんなのが有るんですか?』

『それは、内緒です!』


 内緒。それを一番知りたかったのに__


『では、今日の夜食事をしましょう。食べたい物とか有りますか?』

『なんでも大丈夫ですよ!好き嫌いないので!』


 あれっ。これは、みちるでは、無いのじゃなかろうか。だって、みちるはかなりの偏食だから。みちるじゃ無かったら、食事だけしてお金を渡してバイバイしよう。


『分かりました。店予約しておきます!何処に迎えに行けば良いですか?』

『〇〇沿いのコーヒー屋さん分かります?』


 以外と家から近い。


『分かります!』

『そこの駐車場に黒のワンピースを着て待ってますので!』

『了解です!』


 そんなやり取りを終えると、シャワーを浴びて、車をレンタルしに行くと実家に戻る。

 一人で居たくないんだよ。だって、今日のみちるの服装は黒のワンピースだからさ。


 本当にみちるが来るのでは無いかと考えただけで気が気じゃない。誰かに相談したいが口に出来る自信も無くただただ時間が過ぎていき家を出ないといけない時間だ。


 車に乗ると目的地の珈琲店に向かう。信じられない事にそこに居たのはみちるだった。

 まだ、俺の存在には気付いてないが、スマホを弄りながらたまにキョロキョロとしている。


 正直、みちると喧嘩はしたくない。

 でも、今はそんな事さえ忘れ、車を駐車場に止めるとみちるの居る場所へ向かい歩いていた。


「みちる?」


 そう問い掛けると、一瞬びっくりした顔でこちらを見たみちる。


「あれ、優斗!?こんな所で、何してるの!?」 

「みちるに会いに来た……」

「……もしかして、あたしを騙した!?」


 タバコに火を付けながら俺を睨み付けているみちるを見て、逆ギレか?なんて冷静に考えてしまう。


「とりあえずご飯食べに行こう……」


 今日、予約を入れていたのは料亭の個室。

 店に着くなりお酒を頼むみちるは、自分がやっている事を悪いと思っていないのだろうか。何も言って来ないが完全に目付きが逝っているみちるに恐怖すら感じる。


 みちるは日本酒を飲み終えると、まばたきすらせずに俺の目をじーっと見て来た。

 その視線はどこか野生的で、獲物として狙われている小動物のような気分になってしまう。


「怒らないから、正直に答えてね」


 な、なにが?

 なんで、俺が説教される側みたくなってるんだ。 


「いやいや、それ俺のセリフ」

「うるさい!!!とりあえず、あたしの質問にちゃんと答えろ!!!」


 こんな状態じゃ、まともに会話するなんて難しいだろう。まずは、意味不明に怒っているみちるを宥めるのが先だ。

 とりあえずはみちるの話を聞こう。


 なんだか、ペースを乱されまくりだなぁ。なんて思いつつみちるの問い掛けにこくりと頷いた。


「優斗はさぁ……。こーいうサイト利用するの、本当に初めて?」

「初めてだよ。ちゃんと説明しとくけど、女遊びをしたくてみちるを呼んだ訳じゃないから」

「ふーん。口だけならなんとでも言えるよね!!今日たまたまここに来たのがあたしだったからこうなってるけど、他の女の子が来たら何してたんだかー?」


 強気な声でそう言っているけど、みちるの瞳は潤んでいる。


 …………

 …………


 ちょっと。

 まさか、こんな状態でヤキモチやいてるの?この子。


「みちるじゃなかったら、お金だけ渡して帰ろうと思ってたよ……」

「ふーん。てかさ、はっきり言うけど!!!

 このまえアパートの駐車場で会った優斗の先輩!! あの人女遊びしてるよ……」


 はい。

 だから、その人(先輩)からみちるがサイト登録しているって聞いた訳で。


 あー、そういや先輩から″俺が教えたって事は彼女には内緒にしてて″って、言われてるんだっけ?


「そうなの?」


 先輩の話はあまり出さない方がいいから、知らないふりをしているとみちるは眉間にシワを寄せた。


「やっぱりさぁ~、女遊びしてる人の友達って、そういうのが好きなのが集まるんだね。 優斗も優斗の先輩も最低」


 いやいやいや。

 それは、関係ないだろ。


「あの先輩は彼女がいる訳じゃないし、別にそれくらいいいだろ」

「あー。そうなんだ。

 彼女がいないのなら、許せる!でも、優斗は彼女がいながら女遊びなんて最低!!!」


 ちよっ!!


 みちるが本当変なサイトに登録しているのか……

 もし、しているのならその理由がなんなのか……


 それが知りたかっただけなのに、なんでこんな状態になる。


 つーか、何もやましいことなんてしてないのに。先輩の名前は出せない。

 その状態で、どうやって今の状況に至る経緯を説明したらいいんだろうか?


 そう思っても、みちるを納得させる言い分なんて思い付かずに黙り込む事しか出来ない自分が情けない。その間にも、みちるは罵声の言葉を吐き続けている。


 なんなんだよ。


 なんでだよ。


 我慢を続けている間に、自分の中の我慢の糸がプツリと切れた気がした。


「つーか、最低なのはみちるだろ!!俺に黙って、こういう事して」

「こっちには、事情があるの!!」


 謝る事もせずに、いつも言い訳ばっかりのみちる。

 いつも、我慢するのは俺だけという事実にもう疲れたよ……。


 ん?

 もしかしてずっと我慢していた俺も悪いのか?


 みちるは色々と傷付いているみたいだったから、優しくしたかった。でも、それが甘やかす結果になってしまったのかも知れない。


 なら。はっきりと、みちるに直して欲しい所を伝えて、今回の事もしっかり話し合ってみよう。自分が引いていたって、解決なんてしない__


「なんで、逆切れしてる訳?」

「はぁ? 逆切れなんてしてないけど〜」

「あのね。俺は、みちるが仕事行ったり行かなかったりするのが不思議で色々調べてここに来たの!!

 みちるって、すぐ逆切れするからこうやって会いに来た訳。 分かるかな?

 で、部屋の掃除とかもある程度ちゃんとして欲しいの。俺が片付けなかったら、ゴミ屋敷になるよ!?」


 今まで、気を使って言えなかった事を言えるとスッキリするが、この後が怖いって気持ちもある。


 これで、あっさりと「じゃあ、頑張ってみるね」とか「ごめんね」って言葉があって、まともに話し合いをするのが理想なんだけど……


「何で、こそこそと調べるような真似するの!?男なら、正々堂々とあたしに聞けばいいじゃない?

 しかも、何?あたしだって片付けする時もあるし!!大概、片付けしようと思ったら優斗がしてるから任せてるだけ!!それに、そんなに片付けが好きな女と付き合いたいなら、そーいう女探せよ!!」


 みちるは大声でそう叫びながら、バッグを片手に持つて料亭の入り口に向かい歩き始めた。


 ああ、料亭で痴話喧嘩なんて迷惑だよな。

 とりあえず此処を出て、騒いでも問題無い場所に移動しよう。


 料理はまだ途中だったが、清算を済ますと、駐車場に向かう。


「何やってるんだろ。 俺」


 みちるが何をしてるのか、分かったはずなにひとつ解決しない。

 その上、みちるは逆切れした挙げ句、怒って帰ってしまった。


 それなのに、別れたいだなんて思えなくて……

 みちるがこの仕事をしている理由が知りたくて堪らない。


 嘘でもいいから、謝って、借金があるからこういう仕事をするしかないの。なんて、言い訳っぽい事を言ってくれたら俺はそれを信じたのに……


 自分の思考回路が女々し過ぎて嫌になる。


 結局、これ以上みちると言い争う事を考えたらウンザリして実家に戻る。


「あら、優斗!浮かない顔してるけど、みちるちゃんと喧嘩でもしたの!?」

「喧嘩ってか……」


 彼女が怪しい商売をしてると、相談出来たら楽だろう。でも、内容が内容だけに言える訳が無い。


 みちるの部屋にはシングルサイズの布団が一組しかない。しかも、その敷き布団はぺっちゃんこで腰が痛くなる。

 その上、替えのシーツすら無しだ。


 みちるの生活は不思議な事な事だらけで、まるで家事をしたことが今まで無かったような生活っぷりだ。


 みちると一緒にいる事が一番の幸せだったから、細かい事は知らんぷりしてきたけれど、自分の部屋に戻ると居心地の良さを感じて、そのまま眠りについてしまった。


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