第12話 彼女の部屋の上の住人は先輩です

 みちるがリスカをした日から、一週間以上が過ぎた。ぶっちゃけ言うと、みちるの腕に傷痕が残らないか心配していたけど、それも無さそうで安心した。


「みちる~。腕!傷痕にならなくて良かったね」

「うん…。 てか、暇」

「じゃあ、どこかに遊びに行く?」


 みちるは嬉しそうな顔で「うん!!」と返事をすると、念入りメイクを始めた。真剣な表情で一生懸命メイクをしているみちるが可愛い。


「みちるはメイクなんてしなくても十分なのに。 すっぴんはすっぴんでかなり可愛いし」


 俺がそう言うと照れくさそうに、でも嬉しそうに「そんな事ないよ…」って、首を横に振る仕草が可愛い。


 仕草も__

 メイク前のあどけない可愛さも__

 メイク後の美人って感じの顔も全部大好きだ__


 ああ……

 ずっと、ずっと、こんな状態が続けばいいのに。


 みちるのメイクが終わると、玄関に向かい靴を履く。そして、外に出ると手を繋いで2人仲良くアパートの駐車場を通って道路に向かう。いいな。この感じ。


 そんな風に思っていたら、見覚えのある車が俺達の横で停止した。


「優斗ー!久しぶりー。優斗が俺が住んでるアパートの駐車場から出て来たから…ビックリし……た……」


 相手は、中学時代の先輩で結構仲がいい。

 今でもたまに遊んだり、一緒にスロットをするような仲だ。しかし、どうしたんだ?


 先輩が一瞬だけ、みちるの顔を見て驚いたような表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。つーか、先輩の声上擦ってるし。


 あ。

 みちるが可愛い過ぎるからびびった?

 なんて、思ってしまう俺はバカップル丸出しだろうか?


「お久しぶりです!先輩のアパートって、ここなんですね!一階ですか? 二階ですか?」

「二階だよ」

「二階いいですね!一階だと、外から中が丸見えな気がして窓開けっ放しに出来ないんですよー!!

 あ、何号室ですか? 今度、お邪魔します」

「203号室だよ」


 ん?

 みちるの部屋が103号室だから、その真上って事か?


 もしかして、俺とみちるの喧嘩の声が丸聞こえだったとか……あり得る。とりあえず次会った時にでも、うるさくないか聞いてみよう。


「じゃあ。俺達出掛けるんで、また」

「あぁ…」


 そんな会話を済ませて、バス停に向かい歩く。向かう場所は、前にみちると行ったデパート。


 寂れた小さなゲーセンでプリクラを撮って、ファーストフード店で腹を満たし、みちるの買い物に付き合う。

 これが、俺達のデートのパターンだ。

 本当はもっと違う所に行きたい。

 映画館とか水族館。

 遊園地もいいな。


 でも、そうなると遠出になってしまうから、少しだけ朝早く起きないといけない。でも、みちるは極度の低血圧らしく昼前に起こすと不機嫌になってしまう。


 みちると一緒に出掛けれるのは幸せだけど、もっと恋人同士っぽい事がしたい__


 店の隅っこでみちるの買い物待ちをしながら、そんな事を考えているとポケットの中の携帯がブルブルと震えた。何も考えずにポケットから携帯を取り出し液晶を確認すると、先輩からだ。

 なんだろう?

 やっぱり、喧嘩の声がうるさいって苦情かな?


 そんな風考えてブルーになりながら、メールを開くと、『さっき、優斗の横にいた子。彼女?』と、だけ書かれたメール。


 横にいた子とは、みちるの事だろう。


 だから、『そうです』とメールを返信してから携帯をポケットにしまった。


「ねぇ。優斗」


 ふいに名前を呼ばれ振り返ると、服を数着持ったみちるが俺をジーッと見ている。


「どうした? 買う服決まった?」

「今、何してたの? メールか電話きてた?」

「あ、ああ。 来る時に会った先輩からメールが来てた」

「なんて?」

「いや、対した事じゃないけど…」

「ふーん……」


 みちるは、俺に電話やメールが来るとこう聞いて来るのが癖だ。みちるいわく、俺が浮気してないか心配らしい。


 心配しすぎだろって思うけど、別に浮気する気なんて微塵たりともない俺からしたら、みちるの″ヤキモチやき″な所は気にならない。


 というか、俺なんかの事をこんなに気にしてくれて嬉しい。

 みちるのこんな行動で″自分は愛されてるんだ″って、感じてしまうんだ。


 さっきまで、服ばかりに夢中だと思っていたみちるが何だかんだで俺の事を見ていてくれていたんだと思ってしまう。


 みちるが手に持っていた服を俺に見せて、「どれが、あたしに似合うかな?」

 って聞いて来たから、みちるに似合いそうな服を指差すと、みちるは俺の選んだ服を買ってきた。


 みちると手を繋いでアパートに帰る。

 幸せなはずなのに……

 アパートに戻りぐちゃぐちゃの部屋をみるとテンションが下がる。脱ぎっぱなしの服に、散乱したメイク用品。抜けた髪。


 まぁ、デパートに行くのに急いで準備をしたからぐちゃぐちゃになるのは仕方ないけど。


 当の本人はそれを片付けようともせずに、嬉しそうな表情で片っ端から今日買った服に着替えている。


 ″その前に掃除だろ…………″


 今にも喉から出そうな言葉をグッと飲み込んだ。


「優斗~。この服似合ってる~?優斗はこーいうの好きかなぁ?」


 みちるが楽しそうに、そう問い掛けてくる。

 いかにも、姫系って感じの薄ピンクのワンピースを着たみちるは凄く可愛い。


 顔だって可愛いし……

 スタイルだって完璧だし……

 子供みたいに無邪気に笑う姿も大好きだ……


「うん。 凄く可愛いよ」


 みちるは嬉しそうな表情を浮かべながら次の服に着替えて、同じ問い掛けを繰り返す。

 まるで、ファッションショーだ。


 そんな事を五回程繰り返した後、みちるはワンピースを着たまま布団の上に横になったから、俺は掃除を始める。


「優斗~」

「んっ?」

「タバコ切れちゃった~」

「みちるはタバコ吸い過ぎだよ」


 みちるのタバコの吸い方は半端ない。

 酷い時なんて5分起きに吸っていて、部屋の壁紙は黄色く変色している。


 俺だってタバコを吸ってるし、偉そうな事は言えないけど、健康が心配になってしまうレベルだ。


「だって、イライラするんだもん」


 イライラするって………

 みちるの1日なんて大半が俺と一緒にいる訳だから、そういう風に言われてしまうのは結構シンドイ。


「そっかー。 じゃあ、俺の吸う? それとも、一緒にコンビニ行く?」

「優斗のタバコは美味しくないから嫌。

 でも、なんか体調が悪くてコンビニに行くのはシンドイ」


 ″さっきまで元気だっただろ?″

 また、口から溢れそうになる言葉をグッと飲み込んだ。

 喧嘩は嫌なんだよ。

 その理由は自分が優しいからとか我慢強いからじゃなく、みちると喧嘩するのは面倒くさいし、また別れる事になったら怖いから__


 自分が我慢するしかないという状態だ。


 なのに、みちるに対しての不満ばかりがどんどん膨らんでいく。


「じゃあ、俺。 買いに行ってくる」

「ありがとう。 ついでに酎ハイ頼んでいいかな?」


 明らかに具合が悪そうな雰囲気を出してるのに酒飲む気なのか?


「分かった。一応買ってくるけど、具合悪いんだったら今日は酒控えろよ」

「うん。 ありがとう」

「じゃあ、行って来る」


 薄暗くなった外をひとりで歩きながら、出会い始めの頃はこういう買い物も2人で行っていたことを思い出して虚しくなる。


 あの時はまだみちるも片付けとかしてくれていたし。楽しかったな__


 そんな事を思い出しながら、コンビニに入るとみちるに頼まれた物と、スナック菓子を買った。


 あとはアパートに戻るだけ。

 来た道を戻っていると、ポケットの中の携帯が震える。

 みちるからの買って来る物追加電話かなぁ……、なんて思いながら液晶を確認すると先輩からのメールだ。


『今彼女と一緒にいる?』


 なんだろう?

 遊びのお誘いか?


『今、外です。

 もうすぐアパートに帰るけど』


 そう、メールを送信して数秒後に携帯が震える。相手は先輩だ。


「はーい」

「まだ、外だよな?」

「あ……、はい。そうですけど、どうかしましたか?」

「あのさ、言い辛いんだけど………」


 言い辛い話って何だ?

 もしかして、金貸してくれとか?

 でも、先輩ってかなり金持ってたような……


 あ!!!

 もしかして、喧嘩の声がうるさかったとか。


「もしかして、喧嘩の声うるさかったですか? すいません……」

「いや、そうじゃなくて……。彼女の事なんだけど、ほら……。分かってて付き合ってるんだよな?」

「へっ?」

「あ、いや。 やっぱり今はいいや」


 今はいいやって……。そこまで言っといて。


「気になるんですけど」

「じゃあ、俺から聞いたって言わない?」

「はい」

「優斗の彼女パパ活してるぞ__」


 はぁ?


 先輩は″理由があって働いてるんじゃないか?″とか、″借金あるとか!?″なんて喋り続けている。


 いきなり底なし沼に突き落とされて身動きが出来ないまま沈んで行くかのような感覚に捕らわれて、返事をする事すら出来ない。


 みちるがパパ活をしている?

 そんな事は絶対ないって言えたら、楽なのに

 そうかも知れないと思ってしまう自分も存在している。


 それなら、みちるがしょっちゅう仕事を休むのも理解出来るし、みちるがしょっちゅう大量の服や雑貨を買ってるのだって合点がいく。


 それに何より、先輩は嘘をつくような人じゃない。


「優斗。 なんか、ごめん」


 先輩が申し訳なさそうな声で、そう呟いたのを聞いて現実に引き戻される。


「先輩は何で俺の彼女がそういう仕事してるって知ってるんですか?」

「え、いや……。たまに、そういうサイト利用してて……」


 ああ。

 確かに、そんな話していたなぁ……

 でもさ、突然こんな現実を突き付けられても、納得なんて出来ない。

 と、いうか認めたくないんだ。


「先輩。 もしかして、人違いとかじゃないですか?」


 お願いだから………。

 ″ああ、確かに似てるだけだった″とか″冗談だった″って言って笑ってくれよ。


 ″優斗を驚かしただけ″って″たちの悪い冗談だった″って、笑って欲しい。

 なのに……


「いや、間違いなく優斗の彼女だよ。

 気に入って結構会っていたから、間違えない。本当は言うべきか言わないべきか迷ったけど、言った方が優斗の為かと思って」


 聞きたくなかった。

 でも聞いてしまったからには、それが真実なのかが気になってしまう。

 ううん。

 それが、間違いである確率に賭けたいんだ。


「あの。 彼女の登録しているサイト教えて貰っても大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。ところでメモする物ある?」


 あっ……


「ないです」

「じゃあ。 電話切ったらすぐにメールで送るから、彼女にはバレないようにしてね」


 それだけ言うと電話は切れて、すぐにメールが送られてきた。


 メールにはみちるが登録しているサイトと、サイトで使っている名前が”みちる”だと言う事を聞いて絶望的な気分になる。


 ”みちる”って名前はそういう事に使っている名前なのか?


 やっぱり、先輩の言っている事が事実なのか?それとも、たまたまか?


 そんな極端な思いの中を激しく揺れ動きながら、アパートに向かって歩いた。

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